つぼみの咲く頃 4話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

「つぼみの咲く頃」1話から読む方はこちらから

翌朝、先に起きたのは私だった。隣の布団では歩美がまだ眠っていた。時計を見るとまだ朝の6時。普段着に着替えてキッチンに行くとおばさんはすでに起きており私に笑顔を向けながら、

「あら、秋穂ちゃん。早いのね。まだ寝ててよかったのに。」
「お酒を飲んだ次の日って早く起きちゃうんです。」
「そうなの。コーヒーでも飲む? 歩美は?」

 私にコーヒーを入れてくれながら、おばさんは歩美の事を気にしていた。普段はあんなにお酒を飲まないって昨日言ってたから気になるのかもしれない。マグカップに入っているコーヒーを受け取りながら、

「6時ですからね。まだ眠ってます。」

 おばさんが入れてくれたブラックのコーヒーを一口飲みながら答えた。その後、千葉のローカル番組を見ていると、ふと前に住んでいた家の風景が頭を過った。家族3人で住んでいた、小学校近くの白い一軒家。今もあるのだろうか――

「おばさん、歩美が起きてくるまで、少し散歩に行ってきます。」
「あら、そう。気を付けてね。朝ご飯、用意しておくからね。」
「ありがとうございます。行ってきます。」

 おばさんに見送られながら玄関をそっと開けると、早朝の澄んだ風が頬をふわりと撫でる。まだ静かな住宅街を歩いていると、小鳥のさえずりや木々が揺れる音が耳に響き、遠くの方から電車の音が聞こえた。

 私が前に住んでいた家は歩美の自宅から歩いて15分程の所にあった。まだ朝早いという事もあって登校している子供達もおらず、静かな朝だった。昔の記憶をたどって昔の我が家まで行くとそこは平地になっていた。

「あれ……確かここだったと思うんだけどな。」

 道を間違ったと思ったら、自宅前にあったお地蔵さまが残っていた。

「……やっぱりここだ。家、無くなっちゃったんだ。」

 小学生の頃は歩美が私を迎えに来てくれたんだっけ。フラッシュバックの様にまだ背の低い私と歩美が、小学校に走って行く姿が目に浮かんだ。そして、私はその幻を追うかのように、六年間歩いた通学路を一歩一歩、進んで行く。

「おはよ~、秋穂ちゃん、歩美ちゃん。」
「柴田さん、岡川さん、おはよう。」

 途中、沙織と矢島君が合流し、4人で小学校へ向かう。無口な矢島君の隣で、昨日観たドラマの話や好きな男の子の話など、キャッキャと楽しそうに話す女子3人。

「ねぇ、飯島君って知ってる? 1組の子なんだけど、すごくかっこいいんだよ!」
「えー! そうなの?? 見てみたーい。」

 幻の中の私は純粋な笑顔を浮かべていた。この笑顔は、今の私にも作れるのだろうか。大学での私はサークルにも入っておらず、特に親しい友人もいなかった。きっと大学でも浮いている存在なのかもしれない。

  幻の様な幼い頃の私を追いかけて小学校に着くと、木造だった校舎がコンクリートになっていた。よく男子が木造の階段の手すりを滑り台替わりにして先生に怒 られていたものだった。その光景を思い出し私は一人、クスリと笑った。その時後ろから声をかけられた。声の主は池田先生だった。

「柴田? どうしたんだ。こんな朝早く。」
「先生こそ。あれから異動とかなかったんですか?」

 池田先生は校門の鍵を開けながら、

「一回は異動になったんだけどな。元に戻って来たよ。それより、まだ児童も来ない時間だから、校内を少し見て行くか? まぁ、柴田が通ってた頃とは大違いだけどな。」
「いいんですか?」
「今日は僕が早番なんだ。他の先生方もまだ来ないから構わないよ。」

 先に校舎の方へ歩いて行く池田先生の後ろを追いかける様に、私は小走りで付いて行った。

「児童数も少なくなってな。今は各学年に2クラスしか無いんだ。」

  入学式の朝、私は真新しいランドセルと『1年3組 しばたあきほ』と書かれた名札を身に着け、校門前で写真を撮ったのを覚えている。その後、緊張しながら 入った昇降口からは懐かしい木の香りはせず、ピカピカに磨き上げられたクリーム色の廊下に朝日が乱反射していた。廊下の奥から注ぎ込む強い光に、思わず目 を細める。

「全然、違いますね……。」
「俺も去年、戻って来た時にびっくりしたよ。まあ、老朽化と耐震性の問題で建て替えたらしいけどな……。」

 他にも、図書室、図工室、理科室、音楽室などを見て回ったが、10年の歳月は懐かしさを感じさせることは無く、代わりに寂しさだけを感じさせられたような気がした。
 
「どうだ、だいぶん変わっただろう。」

 いつの間にか私の後ろにいた池田先生が少し寂しそうに呟いた。でもすぐに笑顔になると、

「でも変わってない所もあるんだぞ。ちょっとグラウンドに出てみろ。」

 私は池田先生の後ろをついて行くとそこには葉っぱが一枚もついていない桜の木が並んでいた。先生はウロウロと探す様に桜の列を見て行くと、

「あった、あった。お前も見てみろよ。」

 言葉通り先生の立っている桜の木の前に立つと、小学校の卒業式の時に植林した桜の木が青空めがけて高く、高く伸びていた。横には「2005年 卒業生一同」と書いてある板があった。

「これを見た時は俺も感動したなぁ。」
「随分、高くなってますね。」
「これでも低い方なんだ。まだまだ伸びるぞ。また改めて来て見ると感嘆も増すだろうな。」

 まだ細い桜の木の幹を触るとさっきまでの寂しさを感じた代わりに時期の早い春の匂いがした気がした。腕時計を見ると7時半。もうそろそろ他の先生方も登校してくるだろう。

「先生、今日は校内を見せて下さってありがとうございました。」

 すると、先生は私の頭をポンポンと叩くと、

「また来るといい。僕もしばらくは異動はないと思うから。」
「はい。じゃぁ失礼します。」

 池田先生に見送られながら私は小学校を後にした。