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そして、すっかり酔いが回ってしまった歩美を介抱している間に、同窓会は終わりに近づいていた。
「今日はありがとうございました。また、同窓会をしましょう!」
幹事である矢島君の挨拶で、同窓会は終了。各々で二次会に向かう人や、誰とも喋らずに帰った人もいた。残った人達を見渡すが、もう名前すら思い出せない同級生もいる。
「先生~、二次会行きましょうよぉ~。」
その時、クラスでも目立つグループの女子に囲まれた池田先生の姿が見えた。その様子を、歩美がじっと見つめている。
「ごめん、先生、奥さんが待っているから……もうすぐ、子供が産まれるんだ。だから、今日は早く帰るよ。」
「そうなんですかあ~。」
その言葉を聞いた女子たちは、随分と残念そうな顔をしていた。もちろん、私の隣にいる歩美も例外ではない。
「……秋穂、帰ろ……。」
「そうだね……。」
千鳥足の歩美を支えながら、やっと店の外へ出ると、柳葉君とベッタリくっ付いている沙織と出会った。柳葉君は矢島君と並んで、クラスでも特に人気があった男子だ。どうやら、この後2人きりで飲み直すらしい。
「秋穂、歩美、また連絡するね~。」
すっかり酔いが回って上機嫌の沙織を見送ると、ふと隣にいる歩美に視線を移した。もう、今にも泣きそうな顔をしている。
「……何よ。皆して幸せしちゃって。」
ろれつの回らない口調で呟いた歩美はポロポロと涙をこぼした。私は歩美にハンカチを渡すと、
「ね、もう帰ろ。」
「うん。」
その時、私を呼び止めた矢島君の声がした。
「ちょっと待ってって。」
私は矢島君に駆け寄ると、
「柴田、今日は岡川ん家に泊まってくの?」
「うん、終電おわっちゃったからね。明日は午後から講義があるから午前中のうちに帰るけど。矢島君はどうするの?」
「俺は二次会に参加してから実家に帰る。で、明日のうちに帰ろうと思ってる。」
「そっか。幹事だもんね。気を付けてね。バイバイ。」
すっかり酔いが回って通りに座り込んでいた歩美を立たせると、体の力を全部私に預けるから結構重い。それを見ていた矢島君が私達の方へ駆け寄って、
「柴田だったら重いだろ? 俺が岡川ん家まで連れて行くよ。」
「でも二次会は?」
幹事の矢島君が抜けたりしても大丈夫なのだろうか。
「二次会の場所は知ってるし、皆勝手に飲み始めるよ。」
「そう……ありがとう。」
矢島君と一緒に千鳥足の歩美を支えながら、静まり返った商店街を歩く。シャッターが全て降りた商店街は、遠くの方から聞こえる笑い声や足音が反響し、時折、孤独さを感じた。
東京に行ってからも、何度かこの感覚を味わったことがある。中でも、東京へ引っ越してきた数日間は、夜も眠らない大都会にも関わらず、一人ぼっちでコンクリートジャングルに迷い込んだ気がしたのだ。
東京出身の父は、「秋穂の進学と東京本社異動が重なったから、家族で帰って来れて良かった」と言い、私たちの故郷である千葉出身の母も、「こんな便利な街だなんて知らなかった」と、上機嫌だった。
だけど、千葉の田舎で育った私の周りには友達もおらず孤独感が増すだけだった。矢島君が東京の大学に行っているのなら、連絡を取って会うのもいいかもしれない。そんな事を考えながら二人で歩美の実家に着いた。着いた時にはすっかり歩美はぐっすり寝てしまっている。
「ありがとう。」
私がお礼を言うと矢島君は頭を掻きながら、
「酔った勢いで言っちゃうんだけど、小学生の時の初恋の相手って柴田だったんだ。」
笑いながら言うと、
「だからって今付き合いたいって訳じゃないんだよ。昔の話だから。」
私はどう答えようと考えてると、歩美の実家の扉が開いておばさんが出てきた。
「あらあら。秋穂ちゃん、ごめんなさいね。いつもこんなに飲まないのに。」
私と矢島君の間に気まずい雰囲気が流れるなか、おばさんがそれに気づかない様に、
「矢島君? 矢島君じゃないの。久しぶりね。送ってくれてありがとう。」
「い、いえ。じゃ。柴田、明日帰るから。連絡待ってるな。」
「うん。送るの手伝ってくれてありがとう。おやすみ。」
なんとなくギクシャクしたまま私と矢島君は別れたけど、半分小走りで二次会の会場に行く矢島君の背を見送り続けてた。
「……あきほ……。」
その後、布団が2組敷かれた歩美の部屋で横になっていると、隣で寝ている歩美がポツリと呟いた。
「起きた?」
「うーん……また、寝るかな……眠くなかったから、コンビニにお酒を買いに行きたかったけど……。」
頬を赤く染めたまま、歩美はクルリとこちらを向いた。どうやら恋の火照りから、アルコールの熱にすっかり変わってしまったようだ。
「ダメだよ、もう飲んだら。」
「飲まないよぉ……フフッ……ねぇ、秋穂……。」
歩美は目を閉じたまま、そっと唇を動かす。
「……秋穂は、幸せになってよ……。」
私もクルリと体を歩美の方へ向けて、
「歩美も幸せにならなきゃダメだよ。」
と、囁いた。でもその囁きに対して返事は無く、聞こえてきたのは歩美の静かな寝息だった。