つぼみの咲く頃 2話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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「2階の梅の間になります。だいぶ皆様お揃いですよ。」
「ありがとう。」

 私と歩美が梅の間に入るとすでにお酒を酌み交わしている懐かしい顔ぶれがいた。

「歩美ー! 秋穂ー! こっち、こっち!」

 梅の間入口にいた私達に早速声をかけたのは、同級生の市井沙織だ。彼女は卒業後に私立中学に進学したのだが、今でも交流は続いている。

「久しぶり。もう、そんなに飲んでるの?」
「うんー、結構進んじゃってぇ……エヘッ。」

 沙織の前には、空のジョッキが3つ並んでいた。周りの女子は可愛くカクテルやサワーを飲んでいるのだが、子供の頃から豪快な彼女にはビールが似合う気がする。

「ほら、秋穂。何飲むー? 歩美も!」
「沙織~、もう飲み過ぎっ!」

 上機嫌な沙織に促されながら、私と歩美はメニューを覗き込んだ。全国展開しているチェーン店の居酒屋なので仕方が無いのだが、東京のメニューと全く変わらないメニューに少しだけため息がこぼれた。

 メニューを見る気にもなれず話し込み始めた歩美と沙織から離れて部屋の隅っこに座るとビール片手の男の子が座って来た。

……矢島君? そう思いながら黙って彼を見つめていると、

「お前、柴田?」
「う、うん。」

 ちょっと戸惑いながら答えると、矢島君と思われる目の前の男の子は笑顔になって、

「俺、俺だよ。矢島 透。柴田ってば毎回、同窓会に来なかったから今回も来ないかと思ったよ。」

 小学生の頃と比べるとだいぶん大人びた矢島君に、

「私、もうそろそろ就活が始まるの。だから参加できるのが最後かと思って……。」

 その時、一杯のグラスが私の目の前に差し出された。

「秋穂はお酒弱かったよね。だからジントニックにしたんだけどこれで良かった?」
「うん、ありがとう。」

 歩美にお酒を選んでくれた事に感謝の言葉を伝えてると、もう目の前に矢島君の姿は無かった。

「あれ?矢島君は?」

 キョロキョロ回りを見渡しても彼の姿は無かった。

「池田先生が来たみたいだから迎えに行ったみたいよ。」

 やっぱり幹事だから私だけに構ってられないんだろうな。

「ねぇ、秋穂と歩美は会いたい人いる?」

 沙織が4杯目の生ビールを飲みながら、聞いてきた。それに対し、私と歩美は顔を見合わせるとフフッと笑いあった。

「やっぱり、私は先生かなあ。……隣のクラスの男子に嫌がらせされていた時に助けてもらったし。優しかったし、カッコよかったし……ね。」

 そう言うと、歩美はカシスオレンジをゴクリと飲み干した。心なしか頬がポッと赤い気がする。もしかすると、歩美にとって、池田先生が初恋の相手だったのだろうか。

「秋穂は?」
「えっ、私? ……皆かな。」
「特に、とかは?」

 その沙織からの問いに私は戸惑ってしまった。頭の中で小学生の時から特に親しい友達と言えば歩美位だった。でも次の瞬間、頭に浮かんだのは矢島君の顔だった彼は運動神経も抜群で、頭も良かったから当時からも女子に人気があったと思う。

(矢島君……なんて答えたら絶対からかわれるよね)

 どう答えようかと迷っていると会場の前列から手を叩く音がした。皆の視線が一斉にそちらに注がれる。

「は~い、ちゅ~も~く!俺達の恩師でもある池田先生の登場です。」

  背の高い先生は10年近く経った今でも若々しく、時の流れを感じさせなかった。チラリと歩美の方を見ると、そんなに飲んでないはずなのに頬がチークを塗り 過ぎた様に赤かった。……やっぱり歩美の初恋の人って池田先生なのかなぁ。そんな事を考えてたら池田先生は元児童だった同級生に囲まれていた。

「歩美、先生の所に行ってきたら?」
「えっ!」

 ジントニックのグラスを傾けながら、歩美の腕を促すように軽くつつくと、歩美は一層と頬を赤く染める。

「先生……私のこと覚えてるかなあ……。」

 不安気にポツリと零す歩美の背中を撫でながら、私は「大丈夫だよ」と、励まし続けた。

「……秋穂、行ってくるね。」

 そして、歩美は意を決した様に言うと、元児童が席に戻って一息ついている池田先生の元へ向かった。

「先生、ご無沙汰しています……」
「お! 歩美じゃないか。元気だったか?」
「は、はいっ!」

 嬉しそうな歩美と、昔と全然変わらない池田先生を見つめながら、私は再びグラスを傾けた。頬杖をしながら歩美と池田先生を見てると、隣に誰かが座った気配がした。そちらの方に視線を移すとそこにいたのは矢島君だった。

「柴田、あんまり飲まないんだな。」

 さっき歩美から渡されたジントニックはまだ半分近くにしかなっていなかった。

「……うん。私、お酒に弱いから。矢島君はもうそのビール何杯目?」
「これ? 多分7杯目。ところで柴田って東京の大学行ってるんだって?」

 そんな情報、誰から得たのだろう。矢島君は幹事だから色々な人と話して聞いたのかもしれない。私は矢島君が隣にいるってだけで意識してしまって喉がカラカラになってしまった。手元にあったジントニックを一口飲むと、ちょっとさっきから気になってた事を聞いてみた。

「矢島君は今、彼女とかいないの?」
「今はいないなぁ。医学部って意外と忙しくって付き合い始めても長続きしないんだよ。柴田は? 彼氏とかいないの?」

その問いに対する答えは一つしかなかった。

「私もフリー。彼氏は欲しいんだけどね。」

 すると矢島君は体ごと私の方を見ると、

「じゃぁさ、携バンとメアド交換しない?同じ東京にいるんだからさ。」

 突然の申し出に私は戸惑ってしまった。周りをチラッと見渡すと、皆それぞれの会話に夢中になっている。私と矢島君が話していることには、誰も気にかけていないようだ。沙織に至っては、ジョッキ片手に自ら男子の輪に入り込んでいる。

「う、うん……いいよ。」
「やった! じゃ……。」

 互いにスマホを取り出し、こっそりと連絡先を交換する。

【矢島 透  登録されました】

 その名前を見ると、胸がキュッと熱くなった。もしかすると、私も歩美の様に頬が赤くなっているのかもしれない。

「柴田の連絡先……よし、登録したぞ。LINEも登録されていると思うし、いつでも連絡して。」
「あ、うん。矢島君も、良かったら……。」
「うん、連絡する。」

 そう言うと、矢島君は小学生の頃と変わらない優しい笑顔を向けた。きっと、私はこの笑顔に恋をしたのだと思う。

「矢島~! こっち来いよ~。」
「今行くー! じゃ、柴田。またな。」
「うん……また……。」

 仲の良かった男子に呼ばれると、矢島君は私の隣から静かに離れた。そして、入れ替わるかのように歩美が戻って来たのだ。

「あ~きほ。矢島君と何話してたの?」

 さっき確認した時は誰も私達の事は見ていないと思ったけど、池田先生と話していた歩美は見ていたんだ。私は下を向いて、小さな声で、

「べ、別に……。」
「別にって何よ~。あやし~。」

 歩美は新しい飲み物、カシスフィズを持っていた。

「池田先生とは何話してたの?」

 私は話を逸らす様に別の話題を持ってきた。

「色々。昔、男子にからかわれてた時助けてもらった事とか、今の職場の事とか。でもね~」

 そこまで言うと歩美は下を向いて黙ってしまった。

「でもって、どうしたの?」
「池田先生、去年結婚しちゃったんだって……。」
「……そっか。」

 それだけ言うと私は歩美の背を撫でた。しばらく歩美は背をなられるがままに下を向いていたけど、顔を上げちょっと無理をしているかの様に明るくなると、

「よしっ、今日は飲むぞ~。」

 さっきまで飲んでいたカシスフィズを一気に飲み干すと、飲み物が陳列されてる所から両手にグラスを持ってきてガブガブと飲んでいった。

「歩美、飲み過ぎだよ。」
「いいの、今日が私の失恋記念日なんだから。」

……やっぱり歩美の初恋の人は池田先生だったんだなぁ。それを思うと次々とグラスを空にしている歩美を止める事は出来なかった。