小料理屋 桜 67話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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久しぶりに開店したのは青森から終電近くだったので

いつもの5時からとはいかず11時過ぎだった。

この時間だと客はこないかもしれないと思っていたが

明日の仕込みも込めつまみは8品程作った。

その間、雄二は黙って桜子が出すつまみのみを食べていたが、

「雄二さん。喪中っていってももうすぐ喪も開けるから父さんの為にも飲んでくれない?

きっと喜んでくれると思うの。」

桜子に言われ、少しだが酒を飲む様になった。

雄二の隣りには陰膳がしてあった。

父の好きだった、かぼちゃの煮物とあさり汁が置いてある。

「俺も親父さんとまた飲みたかったよ。」

「そうね…。」

桜子と雄二が大学時代に付き合っていた頃、彼氏が出来たと雄二を紹介した事があった。

その時父親は喜んで、雄二と飲む事もあった。

きっと娘である桜子が初めて恋人を連れてきたのが嬉しかったのだろう。

雄二が使った食器を下げて結婚の事はどうするのだろうかと問いかけようとした時に

引き戸の鈴が鳴った。入ってきたのは大森だった。

「やぁ。店の前を通り過ぎたら久しぶりにのれんが出てたから。

臨時休業なんてなんかあったのかい?」

桜子は大森の為におしぼりを出しながら父の事を話すべきか考えた。

大森は桜子が大学生の頃から可愛がってくれている。

もちろん父とも面識があった。大森には話しておこうとつまみを小皿に置きながら、

「実は、父が先日亡くなったんです。それで葬儀とか納骨とかで忙しくって。」

「えっ?親父さん、亡くなったの?いつ?」

「1週間程前です。実家が青森にあるので青森まで納骨に行ってきました。」

大森の視線は雄二の隣の席にある陰膳に向けられた。

「だから誰もいないのにつまみが置いてあったんだね。

親父さんは桜ちゃんが作る煮物が好きだったから。

僕も親父さんと飲みたいから一杯くれる?

親父さんが好きだった、喜久泉で。」

桜子が銀行を辞めて今の店を引き継いだすぐの頃は心配をしていたのだろう。

たまにふらっと飲みに来る事があった。

その時、飲んでいたのが青森の地酒『喜久泉』だった。

喜久泉は「幾久しく喜びが続くように」と願いが込められた酒であり、

桜子の店となったこの店が繁盛する様にと父の祈りもあったのかもしれない。