小料理屋 桜 68話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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「親父さんが亡くなったなら結婚はどうするの?今年は喪中になるだろ?」

「えぇ。来年になっちゃいますね。でもいいんです。

喪が明けてから式を挙げてもきっと喜んでくれると思うから。

それに雄二さんはパリに絵の買いつけがあるから、お互い忙しいし。」

大森のおちょこに喜久泉を注ぎながら、雄二と桜子の未来の話をした。

「なんだ。結婚が決まったのにパリに行くのか?」

「えぇ。ギャラリーを開くのに必要な勉強をしてもらった方が今、パリに行ってるんです。

僕も一緒に行って僕のギャラリーに絵を展示してくれる様な人を見聞してくるつもりです。」

「桜ちゃんが寂しくなっちゃうじゃないか。親父さんを亡くしたばっかりなのに。」

桜子はう巻き卵を大森に出しながら、

「私は大丈夫です。彼には彼の仕事があるのだから。

それに一生行く訳じゃないし、1ヶ月位で帰って来るらしいから。」

そう言っても表情は寂しそうだった。

桜子の表情を見て雄二は身体ごと大森に向けると頭を下げた。

「俺がパリに行ってる間にこの店に来て頂けませんか?

大森さんが来て下さったら桜子も寂しくないと思うんです。」

「それはもちろん構わないよ。でも早めに帰って来てやってよな。」

「はい。」

開店したのも11時過ぎだったので、大森はう巻き卵を一口で頬張ると、

「じゃ、今日は遅くから来たから帰るよ。」

桜子に5千円札を渡して帰っていった。

大森が使っていた食器を洗いながら、

「雄二さん、今日はどうする?」

「どうするって?」

「えっと…。雄二さんのうちに帰るか…うちにこのまま…。」

その先を言わず桜子は下を向いてしまった。

その赤らめた表情を見て雄二は少し笑いながら、

「今から帰るにも終電が終わってるよ。今日は泊まってく。」

「…。うん。」


店じまいも済ませると、

「ちょっと待っててね。着物から着替えちゃうから。」

「うん。」

5分程過ぎてから桜子には珍しく、ジーンズを履いた桜子が店に降りてきた。

「お待たせ。」

2階に上がろうとした桜子の手を雄二がつかんだ。

振り返りながら、

「どうしたの?」

「いや…。上で話すよ。」

何の話か怪訝に思ったが手を繋いだまま二人は2階の桜子の部屋に入ると

雄二にいきなり抱きしめられた。

「ど、どうしたの?」

雄二は桜子を抱きしめたまま、

「本当に俺、パリに行ってもいいのか?」

桜子の本音としてはもう少し先に行って欲しかったが、

「雄二さんの仕事だもの。しょうがないわ。」

抱きしめた手をほどくと、

「本当にごめん。大学の時といい、今回の事といい。親父さんが亡くなったばっかりなのに。」

桜子は雄二の手を取ると、

「大丈夫。不思議な事なんだけど、父さんがまだうちにいる様な感じがするの。

どこかで私の事を見ててくれてるのかもしれないわね。

でも早く帰ってきてね。」

握りしめていた手を雄二の首に回して桜子は雄二に抱き付いた。