小料理屋 桜 60話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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病院へ搬出される時、救急隊員に父親の靴も持ってくる様に言われた。

何故靴など必要なのだろうと不審に思った桜子に、隊員が説明した。

「病院へ行って意識などが回復した場合、そのまま帰る様に言われます。

今は入院させる事はよっぽどの事がない限りできませんから。

裸足で帰る訳もいきませんし。」

「わかりました。」

桜子は玄関に置いてあった父の靴をビニール袋に入れて雄二と一緒に救急車に乗った。

その間に父は指に酸素計を取り付けられたり、心拍数を図る為に色々な物が胸に貼られた。

他の隊員は受け入れてくれる病院を携帯電話で確認していたが

なかなか受け入れてくれる病院はない様だった。

4件断られ、5件目の病院からようやく受け入れ可と言われたがすでに救急車を呼んで

30分が経っていた。その時間は桜子にとっては程遠い時間で終わりの見えない時間だった。

救急病院の搬送口には医師が2人と看護師が4人待っていた。

救急隊員が桜子から聞いた、知り得る限りの父親の情報を医師に教える。

それと4件断られてる間に変化した父親の状態も説明した。

医師は慌てる風でもなく、冷静に、

「とにかくMRIを撮りましょう。それとレントゲン。」

そして桜子の顔を見て、

「娘さん…。ですか?」

「はい。」

医師の視線はチラリと雄二に向けられたが、雄二に関しては何も言わず、

桜子を診察室へ促した。

「あの、先生。彼にも同席してもらってもいいでしょうか。」

「そちらの方は?」

「婚約者です。」

桜子の口から『婚約者』という言葉が出た事に雄二は軽い驚きを覚えた様だったが、

「彼女、一人じゃ不安だと思うのでいいですか?」

雄二からも同席を求めた。

カーテンだけで仕切られたその診察室は殺風景で患者に安心感を抱かせる程の

工夫はされておらず、機械的にレントゲンを見るモニターの光だけがその場を明るくさせていた。

「お父さんはいつからあの状態なんですか?」

「わかりません。でも2~3日前から連絡が取れませんでした。

彼…。堺さんに言われて様子を見に行ったら台所で倒れてました。」

医師はボールペンで頭を掻きながら、

「救急隊員の報告によりますと、取り込まれてなかった新聞紙が3日分あったそうです。

ですから倒れたのはその辺りでしょうね。

検査結果を見ないと何とも言えませんが、もしかしたら脳梗塞かもしれません。

何か持病はお持ちでしたか?」

言われてみれば会社を定年退職した時、最後の定期検診で心臓に不整脈があったと

笑いながら言ってた様な気がする。

「確かな記憶じゃないんですけど、心臓に不整脈があるみたな事を言ってました。」

その言葉に医師は眉間に皺を寄せた。

「それは…。あまりいい状況じゃないですね。」

その時、看護師がレントゲン写真とMRIの写真を持ってきた。

それをジッと見ていた医師は桜子に椅子ごと向かい合うと、

「覚悟をしておいた方がいいかもしれません。他にご親族がいらっしゃるなら

呼んでおいた方がいい。」

その言葉で父がいかに深刻な状況かが分かった。