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雄二に言われて急に不安は大きくなった。
以前、店で北村が突然倒れたこともあったし、
常連とまではいかない客が会社帰りに桜子の店に向かってる途中で心不全で亡くなった事もあった。
「私、今から帰る。今日は店を閉めるから申し訳ないんだけど終わりにしていい?」
急激に顔色が悪くなった桜子を見て雄二も腰を上げた。
「俺も行くよ。何もないに越した事はないけど、一応ね。」
「ありがとう。」
いつもだったら店を閉める時は客が使った食器などを洗ってから明日の準備をするのだが、
もしもの事がある。洗い物もせずにいつものタクシー会社に電話をして1台、準備をしてもらった。
電車で帰れる距離なのだが万が一の事を考えてタクシーを使った。
こういう時は嫌な予感ばかりが一人走りする。
のれんを降ろして店の前でタクシーを待っていたが、3分もしないでタクシーは到着した。
実家の住所を言って雄二と乗り込んだタクシーの中で桜子は落ち着かなかった。
その手を雄二が握った。
「ごめん、俺が余計な事を言ったから桜子を不安にさせてしまったのかもしれない。」
「いいの。何事もなかったらそれでいいんだし。」
10分程タクシーを走らせて桜子の実家の前に停まった。
桜子は1000円札を運転手に渡すと、
「おつりはいいですから。」
慌ただしく実家の玄関に走った。後ろからも雄二がついてくる気配がする。
インターフォンを鳴らしても父親は出てこなかった。
それどころかポストには何冊もの新聞が差し込まれているままだった。
桜子は実家の鍵を出すと鍵で玄関を開けようとした。
だが、不安で手が震えてしまい鍵をチャリンと音を立てて落としてしまった。
桜子より落ち着いている雄二が鍵を拾い上げ、玄関を開けた。
室内は真っ暗で誰もいない様な雰囲気だった。
「お父さん!お父さん!」
家中の部屋を駆け足で見て回っていた桜子の足が止まった。
雄二が桜子の後ろに立つと、そこには倒れている父親の姿があった。
ほぼ悲鳴の様な声で、
「お父さん!」と倒れてる父親のそばに座ると桜子は父親を揺さぶった。
雄二もそばに寄り口元に手をやった。
「大丈夫だ。息はしてる。とにかく救急車を呼ぼう。」
桜子は震える手で110番通報をした。
電話の向こうでは場所や父親の容体を聞かれてる様だった。
何回も連絡をしときながら、反応がなかったのに実家に様子を見に来なかった事を
心の底から後悔した。
程なく救急車が来て薄いブルーの介護服を着ている救急隊員が部屋に入ってきた。
「通報をして下さった松嶋さんですね。」
そう桜子に確認しながら他の隊員が父親の目をライトで照らしてるのが見える。
「通院されてる病院や、希望してる病院はありますか?」
そこで初めて最近の父の健康状態を知らなかった事に気がついた。
自分はなんて親不孝なんだろう。