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11時を過ぎても客が来る気配はなく、外に出ると雨が激しく振っていた。
今日は客は来ないと判断したので12時閉店の店を今日はこれで閉店する事にしようと思った矢先
北村が傘を差しながら小走りで店にやって来るのが見えてきた。
「今日は雨が酷いね。」
肩当たりが濡れている北村の為に桜子はタオルを北村に渡し、
「今日はお客様がいらっしゃらなかったから、店を閉めようと思ってたんですよ。」
「じゃぁギリギリセーフで間に合った訳だ。」
桜子から受けとったタオルで濡れている服の水気を拭きながら北村は笑った。
「あれから体調はどうですか?」
『あれ』とは桜子の店で北村が倒れた事を示していた。
北村は桜子から日本酒の龍馬をもらいながら、
「うん、過労だってさ。しばらく会社を休んで十分休養は取ったよ。
悪かったね。迷惑をかけて。」
「いいえ。あの時北村さんが具合が悪いのに気がつかなかった私も悪いんですから。」
「会社を休んでしばらくうちにいたら最初はかみさんも心配してくれてたけど
段々邪魔者扱いされたよ。」
笑いながら自宅療養の事を話した。
「今日、八百屋さんが来てくれたんですけど、春キャベツを買ったんですよ。
ロールキャベツにするとおいしいって教えてもらったから作ったんですけど
召し上がりますか。」
「そっか。もう春キャベツが出る頃なんだね。じゃぁもらおうかな。」
無駄になるかと思っていたロールキャベツを2つ小皿に移して北村に渡した。
それを一口食べると、
「おかみも料理が上手いねぇ。うちのかみさんなんてこんなの作ってくれないよ。」
それは病院で北村の妻に会った時と違う印象だった。
もしかしたら和食中心の料理を作るのかもしれない。
今日は客が来ないと思っていたので作ったロールキャベツを梓の所に持っていこうと
思っていたから客である北村に食べてもらう事は喜ばしい事だった。
だが昼に昼食として桜子が1個食べたのと北村に2個渡したのでも
残りは7個になってしまう。やはり梓の元へ持っていこうと思った。
「やっぱり雨が降ってるからかな。客は僕だけみたいだね。」
「北村さんだけでも来て下さって嬉しいですよ。」
アスパラガスと筍をごま油で炒めたものをつまみとして北村に渡しながら桜子は笑った。
誰一人として客が来ないより1人とはいえ客が来てくれる事の方が桜子としてもやり甲斐があった。
北村と話していると雄二がびしょ濡れになって店に入ってきた。
「やぁ。」
「雄二さん、びしょ濡れじゃない。傘は持ってなかったの?」
「面倒なんだよ。傘を持つのが。」
「それじゃぁ風邪をひいちゃう。ちょっと待ってて。」
桜子は2階の自分の部屋に上ると前々から雄二にプレゼントしようとして買った
ポロシャツを持ってきた。それを見た北村は、
「あれ?おかみは堺君の着替えまで持ってるの?」
着替えとしてポロシャツを持ってきたのは軽率だったと一瞬思ったが、
濡れたままでいるよりは着替えてもらった方が安心できる。
「えぇ。もうすぐ雄二さんの誕生日ですから。」
「ふ~ん。」
北村はそれ以上追及しなかったが、二人の仲を感づいてるに決まっていた。
その間に雄二は桜子の部屋に行って着替えてきた。
これでは二人が深い仲と思われてもしょうがない。