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しばらく雄二の腕を強く握っていたが、振り向く形で雄二の顔を見た桜子の表情は笑顔だった。
「そうよね。雄二さんと康之さんは違うもの。そんな事を考えた私の方が悪かった。」
「いや。康之との事を考えないで俺が悪かった。」
お互いは誤り合うと拭き出して笑ってしまった。
「バカみたい。どっちが悪いって訳じゃないのに。」
「そうだな。」
雄二はそう言って桜子を再び抱きしめた。
抱きしめながら、
「来週の火曜日は店を臨時閉店にする。その日に行かない?」
「桜子の店を閉める事はないよ。俺がその日に客が少ないって言ってた水曜日に予定を合わせるよ。」
「大丈夫?仕事。」
桜子は雄二の仕事の邪魔だけはしたくなかった。
「打ち合わせの日程を変えてもらえばいいから。」
桜子を安心させるように笑った。
その日、雄二は桜子の自宅に泊まっていった。
と、言っても何があった訳でもなく、夜通し大学時代の話をした。
「ねぇ、パリではどこに住んでたの?」
先日買った白ワイン「ブラックタワー」を出して飲みながら話していた。
「フランスにあるパリ国際学生都市日本館ってとこに申し込んで寮を探したんだ。」
つまみのチーズを口に運びながらパリでの生活を話していた。
「桜子は?イギリスに行ったんだろ?」
「寮も留学の学校も父さんが探してくれた。今思うと随分楽をして留学したわね。」
「楽しかった?イギリス留学。」
その時、今まで明るく話していた桜子の表情が曇った。
「私は…。雄二さんがいなくなっちゃってからすぐにイギリスに行ったから…。
毎日、パリに行こうかって迷ってたわ。」
雄二はワインを飲むワイングラスの手を止め、桜子の顔を見た。
しばらく黙って、
「ごめん。」
ワイングラスに入っているワインの淡い黄色を見つめながら呟いた。
黙ってしまった雄二の手を取って、
「もういいの。きっとあの時雄二さんも私に言ってからパリに向かうか言わないで行くか
迷ったと今ならわかるから。それに私達、結婚をするんでしょ?」
雄二がいなくなった数年間でもしかしたら桜子は強い女性になったのかもしれない。
「今度、ちゃんと父さんに話すから。大丈夫よ。きっと大丈夫。」
「…。親父さん、俺の事許さないと思うよ。」
桜子は何も言えなくなってしまった。
パリに雄二が行ってしまった時の父親の憤慨様は落ち込んでいる桜子でさえ
驚いてしまったのだから。