小料理屋 桜 49話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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雄二は佐々木にパリ行の事をどう説明すればいいのか考えながら

桜子の店の2階にあるこじんまりとした桜子の部屋へ向かった。

手には白い小さな袋があった。

外階段から桜子の部屋に行くと料理の匂いがする。

そう言えば食事を作って待っていると言っていた様な気がした。

チャイムを押して到着した事を告げる。

桜子は普段は着物姿だが、定休日という事もあり長い髪をポニーテールにして

ブルースカイのワンピース姿だった。

「いらっしゃい。どうしたの?相談って。」

「あぁ…。」

いつまでも部屋の外に雄二を立たせてる訳にもいかず、

「とにかく上がって。食事もちょうど出来たの。」

桜子の部屋に入るのはこれで2回目になる。

1度目にこの部屋に入った時は詳しく部屋の様子を見ていなかったが、

よくよく見てみると着物ダンスが2つと最低限度の食器、電化製品があるだけで

女性の部屋にしては殺風景だった。

雄二がキョロキョロと部屋を見て、

「あんまり物を置いてないんだな。」

そんな感想を呟いた。

「物を置くのが苦手なの。一人暮らしだからこのままで十分よ。

話は後で聞くから食事にしない?冷めちゃうもの。」

雄二と桜子は小さなダイニングテーブルに向かい合う形で座ると食事を始めた。

「それで、なぁに?相談って。」

「…。」

また桜子を置いてパリに行くかどうか迷っていたので、最初はどう話せばいいのか分からなかった。

「飯、食ったら話すよ。」

桜子もいつもより元気がない雄二には気がついたがそれ以上は何も言わなかった。

食事も終わり、洗い物をしてる間雄二はテレビを見ている様だったが、

本当は見ている様で頭には入っていない様に思えた。

桜子は雄二と桜子の為にコーヒーを持ってきて灰皿も持ってきた。

「はい、灰皿。煙草吸うでしょ?」

「サンキュー。」

「私も吸っていい?」

桜子が煙草を吸うのは意外だった。

「桜子って煙草吸うんだったっけ。」

「2~3年前からね。」

引き出しからメンソールの煙草を出して桜子も煙草に火をつけた。

「それで話って何?」

「あのさ…。言いにくいんだけど、パリに行ってた時に知り合った画廊の人が

来週から1ヶ月間、絵の収集とかいろんな画家やイラストレーターと連絡を取るらしんだ。」

そこまで言われると桜子は雄二が言いたい事がなんとなくわかった気がしてきた。

「…。雄二さんも行くの?」

桜子からの問いに雄二は黙っている。その時床に吸いかけの煙草の吸殻が落ちた。

それを拾って、ポツリと、

「行きたいんでしょ?」

その時初めて、桜子の顔を見た。その表情は暗くはなく、微笑んでいた。

「結婚は伸ばせるしお父さん達にも報告してなから。」

「桜子。入籍だけでもしないか?来週にパリに行くかもしれないから慌ただしいけど。

まだパリに行くかどうか決めてもいないし。それとこれ…。」

雄二が出したのは小さなケースに入っている指輪だった。

「そんなにいいもんじゃないけど、一応婚約指輪。」

雄二の口調は照れている少年の様だった。

「ありがとう。ね、雄二さんからはめてくれる?」

桜子の左手をゆっくりと掴むと薬指に指輪をはめた。

「綺麗ね。」

その後に何故か桜子は笑っていた。

「そう言えば康之さんからももらったわ。売っちゃったけど。」

「桜子は俺がパリに行くの反対じゃないの?」

「雄二さんのやりたい事だもの。応援するしかないわ。

もう大学生の頃みたいに黙って行っちゃう訳じゃぁないもの。」

桜子が賛成してもまだ雄二はパリに行く事を迷っていた。