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雄二と談笑していた内山が思い出した様に、
「あっ、おかみさん、これ。」
内山が桜子に渡したのは桜の絵が描かれたいたはがきだった。
「堺さんにおかみさんの名前が『桜子』って聞いて片づけの合間に描いたんです。
良かったらもらって頂いてもいいですか?」
その絵は桜子が買った絵より華やかな絵だった。
「まぁ、ありがとうございます。」
その絵を見た大森は、
「君って絶対、いい絵描きさんになるよ。この絵を見るとほっこりするから。」
「ありがとうございます。でもまだまだ未熟者です。
大森さんもぜひ次の個展に来て下さいね。」
「もちろん行くよ。次の個展も楽しみだな。」
雄二と内山の会話を聞いてた桜子は、
(次の個展の時は雄二さんとどんな関係になっているのだろう)
と考えていた。
その考えを振り切る様に、
「大森さん、おつまみどうなさいますか?」
「そうだねぇ。このふらふき大根おいしそうだね。それをもらえる?」
小皿にふろふき大根と大根の上に白みそだれを乗せて大森に渡した。
「俺もそれもらおうかな。」
人は他人が食べている物を見るとおいしそうに見えるらしい。
内山も、
「僕もお願い出来ますか?」
昨晩、少し多めに作っていて良かったと思いながら雄二と内山に出した。
「ところでさ、内山君はどこで絵の勉強をしたの?」
「パリです。偶然、パリの画廊で堺さんと知り合ってからお世話になってます。」
そう言えば雄二はパリに留学たのだった。
パリの留学の事をぼんやりと考えていたら内山は、
「それにしてもこのつまみ、美味しいですね。」
その声にハッとして、
「ありがとうございます。これって叔母から教えてもらったんですよ。」
何故叔母から料理を教えてもらったのかを不思議に思っていた内山に大森が、
「桜ちゃんは叔母さんからこの店を引き継いだんだよ。
大学生の頃もアルバイトでここで働いていたしね。
そこで前のおかみから料理を教えてもらってるんじゃないかな?」
「そうなんですか。そう言えばここのお店の名前も『桜』ですもんね。
じゃぁ、大学を卒業してから前のおかみからお店を引き継いだんですね。」
大森は内山の言った事にくっくっくと笑った。
「違うよ。前は銀行員だったんだ。でもバイトをしてた時
働きも良かったし、お客さんも増えたしね。
やっぱり若い女性の方が男どもはいいかもしれないな。
別に前のおかみが悪いって訳じゃないよ。
働きぶりを見て桜ちゃんに受け継いでもらおうと思ったかもしれないね。」
「へぇ…。そうなんですか。」
大森と内山が話していると、
「内山君、もうあと1時間で新幹線の時間だよ。今日は短い時間だったけど
また次の個展の時に来ないか?」
内山は腕時計を見ると
「あっ、そうだ。次は愛媛で個展をするんです。
今日みたいにたくさんのお客さんが来て下さるといいんですけど。」
「大丈夫よ。内山さんの絵って素敵ですもの。きっとたくさん来て下さるわ。」
雄二は財布を出して、
「バタバタだったけど、また来るよ。」
雄二と内山の分を支払しようとしたら、
「ここは割り勘にしませんか?個展でもお世話になったし、こんな素敵なお店を
紹介して下さったのだから。」
そして少し笑うと、
「今に見てて下さい。全国区で知られるイラストレーターになってみますから。
その時、ご馳走になります。」
自分の財布を出しながら割り勘にする事を伝えた。
雄二も大人なので、ここで自分が払うと突っぱねる事もせず、
「じゃぁそうしようか。桜子、割り勘って出来る?」
桜子は伝票を見ながら、
「今計算するわね。ちょっと待ってて。」
会計の計算をしながら内山はきっとファンが増えるだろうと確信した。
だいたいが、画廊の人間が食事代を払うと言うのに
内山は自分も払うと言った。それは内山の性格なのだろうと思った。
この様な人間にはファンが付きやすい。それはたまにギャラリーに行ってた
桜子にはなんとなくわかった。