小料理屋 桜 21話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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桜子は店が休みの日曜日に雄二のギャラリーに向かった。

その日は雄二が勧めたイラストレーターの個展の最終日でもあった。

ギャラリーは全面ガラス張りになっており、外からも数々の絵を見る事が出来た。

記帳を済ませ、中に入ると新人とは思えない程の人数が入っていた。

他の客と話していた雄二は桜子に気がつくと、

「来てくれたんだ。今日が最終日だから来ないかと思ったよ。

それにしても桜子は店の外でも着物なんだな。」

と、満面の笑みで歩み寄った。その笑顔は桜子の店では見せない笑顔だった。

今日の桜子は黒地にうさぎの柄の小紋を着ていた。

「なんだか普段でも着物を着てないと落ち着かなくって。」

「桜子らしいな。あっ、内山君、ちょっと。」

他の客と談笑をしていた青年を呼ぶと

「こちらこの個展を開いてる内山 直哉さん。こちらは松嶋 桜子さん。」

「はじめまして。堺さんが内山さんの個展は素晴らしいとおっしゃたので来ました。」

内山は照れた様に頭に手をやると、

「堺さんにはお世話になってます。ここまで大きな個展を開かれたのは堺さんのお蔭です。

今日はイングランドで描いたのを中心に出してます。

ごゆっくりどうぞ。」

内山は他の客に呼ばれて桜子から離れて行った。

雄二はギャラリーに並んでいる絵を見ると、

「彼は色んな国に回って絵を描いてるんだ。

それに内山君の絵は桜子の好きな絵だと思って誘ったんだよ。」

「そうね。水彩画で優しいタッチだから私の好きな絵だわ。」

「まぁ、ゆっくり見ていってよ。」

桜子は1点1点絵を見ていたが途中で気がついたのはどの絵にも自転車の絵が

描かれている事だった。

それは昔の風景を思い出す様で来て懐かしい思いをさせた。

その中でも釘づけになったのが、蝋梅の書かれた絵だった。

他の絵と比べると薄いタッチの絵だったが、この絵だったら店に飾っても

季節を感じさせる絵だと思い、雄二を呼んで、

「ねぇ、この絵っていくら位するの。」

「えっとね…。」

絵の下に書いてある数字を見ると、

「8万円だよ。どうしたの?買ってくれるの?」

「まだ決めてない。他の絵も見てから決める。

お店に飾る絵を見てみたくって。でも絵って意外と高いのね。こんなに小さいのに。」

その絵は15cmの正方形の絵だったが、初めて絵を買う桜子には

絵の値段など分からなかった。

1時間程絵を見てはがきなども何枚か買った。

常連客に桜子の店にまた来て欲しいと言う案内を出すのに使う為だった。

一通り見ていたがいたがやっぱり先程の絵が気に入って購入する事に決めた。

「雄二さん、やっぱりこの絵を購入するわ。すぐ持ち帰る事が出来るかしら。」

「もちろんだよ。今日は最終日だからね。」

雄二はキョロキョロとギャラリーを見ると、

「内田君、朗報だよ。」

そう言って内田を呼んだ。

「松嶋さんがこの絵を買ってくれるって。

今日が最終日だから今日、持って帰ってもらってもいいよね。」

内山はパッと表情を明るくすると、

「ありがとうございます。今、準備しますから少々お待ちして頂けますか?」

内山が絵を準備している間に桜子は、

「あの人、きっと伸びる人だと思うわ。次の個展はいつやるの?」

雄二も内山を見ながら、

「今年の末に予定してるよ。」

「そんなに先?」

「絵を描くにはエネルギーが必要なんだ。

今年にまた個展を開けるのは彼の実力かもしれないな。」

内山が絵を包む前に桜子は、

「サインを書いて頂けますか?」

記念になると思って内山にお願いした。

「サインですか?」

「これからあなたはきっと有名なイラストレーターになると思うの。

先にサインを頂けたらきっと記念になるわ。」

その言葉に内山は頭を下げて、

「ありがとうございます。今年の年末にもぜひいらっしゃって下さいね。」

絵の隅にサインを書いて内山は丁寧にその絵を包むを桜子に渡した。

帰り際、桜子は他の客に聞かれない様に雄二にそっと囁いた。

「ちょっと話があるの。時間作れる?」

「構わないよ。俺も昼休みを取ろうと思っていたから。」

「ここのすぐ近く『青山スタンド』ってお店があるの。これ地図。」

前日にインターネットで調べた店の地図を渡すと、

「じゃぁ、待ってるから。」

桜子は内山に挨拶をするとギャラリーから出て行った。