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大森は3杯、五目ご飯を平らげると満足気に煙草を出した。
1度、店を禁煙にしようかと考えたが叔母の美由紀から
「煙草とお酒を一緒に楽しみたい人がいるのだからそれは辞めときなさい。」
と忠告されていたので今のところ、店は禁煙ではなかった。
よくよく考えると禁煙の酒を飲む場所があるだろうか。
今日はもしかしたら忙しい日かもしれない。
6個しかないカウンター席のうち3つが埋まってるのだから。
3人にそれぞれ不平等にならない様に話しかけ
つまみの準備もする。
「堺さん、この個展いつまでやってるの?」
つまみに出された、小松菜の煮びたしを口に運びながら
「今週の日曜日まで。個展をやってる時は俺もいるから。」
日曜日までなら店が休みの日曜に行けるかもしれない。
雄二が勧めるイラストレーターも気になったが、雄二の画廊も気になっていた。
桜子と雄二の会話を聞いていた大森は勘違いしたらしく、
「何々、堺君絵でもかいてるの?」
と聞いて来た。それに対して雄二は苦笑しながら、
「違いますよ。画廊をしてるんです、表参道で。それで今注目されてる
イラストレーターの個展があるんで、桜子を招待しただけです。
あちらの方にも招待状はお渡ししました。」
そう言って北村の方を見た。村木も北村の方を見てから再度雄二に、
「なんだ~そう言う事か。僕も見に行きたいから招待状もらえる?
そのイラストレーターの人も気になるけど堺君の持ってる画廊も気になるから。」
雄二はバックを見たが先程、北村に渡したのが最後だったらしい。
「すみません。さっきので切らしたみたいです。桜子に預けときますから。」
「だったら私がもらったのを大森さんに渡せばいいのよ。
雄二さん、ここのところ2日に一回はいらっしゃるから、その時また頂けますか?」
「わかった。」
今、思えば表参道に同潤会アパートがあった頃、そこでおこなわれていた
個展に雄二とよく見に行った事があった。
桜子は純粋に美術を楽しむ為に見に行っていたが、
雄二は大学の時から自分も個展を開けるような事がしたかったのかもしれない。
「そうだ。桜ちゃん。桜ちゃんの都合が良かったら一緒に行かない?」
大森が注意深く升酒の酒を飲みながら個展に行く事を誘った。
「私…ですか?」
「ほら、桜ちゃんの着物姿はここで見るけど昼間も着物って訳じゃないだろ?
大学生の時だって着物姿で手伝ってた訳じゃないし。」
大森はそう言ってたが、最近の桜子は昼間でも着物でいる事が多かった。
その方が姿勢も良くなるし、帯の閉め方も毎日練習しないと色々バリエーションがあるので
昼間も着ていた方が楽だった。
それにせっかく大森が誘ってくれたのだが桜子は雄二と二人っきりで話したい事もあった。
以前「やり直さないか」と言ったその真意を知りたかった。
「私は行けるか分からないから…。大森さんは奥様と行かれたrどうですか?」
桜子から一緒に行く事を拒否されても、その奥にある桜子の心情を思って
大森もそれ以上は誘って来なかった。
「そっか。じゃぁかみさんと行くかな。」
「ごめんなさいね。」
「いや、いいんだよ。桜ちゃんが忙しいのは知ってるから。」
雄二には桜子が大森の誘いを断ったが、個展に来る自信があった。
それは招待状を渡した時の桜子の表情を見ればわかる事だった。