小料理屋 桜 4話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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桜子がお見合いに消極的と判断した大森はそれ以上勧める事を辞め

話題を変えた。

「でも早いなぁ。桜ちゃんに初めて会ったのが10年位前だから

懐かしいよ。美由紀さんは元気かい?」

美由紀とは以前ここの店を出していた叔母の名前だった。

「元気ですよ。今は町内会のコーラス部に入ってるみたいです。」

「やっぱりここは酒を飲む場所だから、酔っぱらって喧嘩になった客もいるじゃない。

そんな時、喧嘩は外でしてくれって啖呵切ったのはすごかったなぁ。」

普段は温厚な叔母も客同士が喧嘩を始めたら、店から追い出して

塩を振った事もあった。

「だけど桜ちゃんが怒った事ってあんまりないよね。客が喧嘩を始めても

にっこり笑って追い出すんだから。本当に温厚な人が怒った時の

笑顔ってなんだか怖いんだよね。」

「女性には色んな顔があるんですよ。大森さんも気を付けた方がいいですよ。」

ちょっと意地の悪い笑みを浮かべながら大森に次の熱燗を用意した。

「そうなの?ちょっと怖いなぁ。それより僕ばっかり飲んでないで桜ちゃんも飲みなよ。」

「いいんですか?」

「一人でカウンターで飲んでるってのも寂しいものだよ。

僕に付き合ってくれれば楽しい酒になるだろ?」

大森は自分の目の前にあったとっくりを桜子に差し出した。

「じゃぁ、ご馳走になります。」

カウンターの後ろにある戸棚からおちょこを取って大森に酒を注いでもらった。

「うん、やっぱり男一人で飲むよりも桜ちゃんと飲んでる時の方が楽しいな。

桜ちゃんはいつも着物だけどそれは美由紀さんから譲ってもらったの?」

「今日着ているの母が作ってくれた着物ですけど、色々と譲ってもらってます。

美由紀さんにも着付けの練習とかをしてもらってとても助かってます。

前は銀行員でしたからね。着物は縁がなかったですから。」

大森と話していると引き戸が勢いよく開いた。

「あら、絵里ちゃん。どうしたの?今日は用事があるって言ってたじゃない。」

「聞いてよ桜子さん。今日、女子会だったんだけど、すっぽかされたんだよ。

寒い中、待合場所に1時間も待ったのに。あっ大森さんこんばんわ。」

怒りで頭に血が上ってる様な絵里を見て大森が、

「まぁまぁ、そんなに興奮しないで。代わりに俺と飲まないか?」

「だってすっぽかれたんですよ。これが怒らずにいられます?」

そう言いながらも絵里は大森の隣の席に座った。

「桜子さん、黒龍あります?冷やで。それと大き目のグラス。」

日本酒の黒龍とグラスを絵里に渡すと、絵里はグラスに黒龍を並々と注いで

1合を一気に飲み干してしまった。

「あ~、すっきりした。お酒飲んじゃったらおつまみも欲しくなっちゃった。」

絵里はカウンターに並んでる料理を見ると、

「この、しらすのレタス巻と揚げなす頂けますか?」

豪快な飲みっぷりに感心した大森が、

「若い子はいいね。1合をいっぺんに飲めちゃうんだから。

でもお酒って言うのは楽しみながらゆっくり飲む物だよ。」

「はぁい。でも酷いとは思いません?せっかく時間作ったのに。」

どうしてもドタキャンした友人が許せないらしい。

「連絡は取れなかったのかい?携帯に電話してみるとか。」

絵里はバックの中から携帯を出すと、

「あっ!」

と驚いている様だった。

「携帯の電源、切ってました。」

何やら携帯を操作してまたしても、

「あっ!」

「どうしたの?」

「メールで今日の女子会に行けないってメールが入ってます。」

どうやら絵里の友人は今日の女子会に行けないと連絡をしてあったが

絵里がそれを確認してなかったらしい。

「な~んだ。すっぽかされたんじゃないだ。これは絵里ちゃんのミスだね。」

「そうみたいです…。」

すっかり意気消沈した絵里に大森が桜子からおちょこをもらって

飲んでいた酒を注いでやった。

「まぁ、こういう事もあるよ。気にしない気にしない。」

「はぁ。」

そんな絵里の姿を見ていると桜子はまるで妹の様だと思った。