小料理屋 桜 3話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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しばらく荒木と美穂は話していたが、段々と緊張もほぐれてきたのか

笑顔で話す様になってきた。

その笑顔を見ていた北村は、

「俺も今日は美穂ちゃんと同伴しようかな。

最近、そんなきらびやかなところに行ってないから。」

と言いだした。美穂は、

「いいんですか?」

クラブとは客を多く呼んだ方がノルマ達成にもなるし、

これで顧客になってくれたら給料も上がる。

荒木だけでも十分と思っていた美穂にとっては棚から牡丹餅だった。

それを聞いた桜子は笑いながら、

「あらあら。そうしたらここにはお客さんが誰もいなくなっちゃうわ。

でも美穂ちゃんにとってはいい事だしね。」

北村の後に毎日の様に通ってる客がいたので、北村が帰る事は全く心配してなかった。

「美穂ちゃん、今度もし同伴出勤があったらぜひ来て下さいね。」

「はい。おかみさんのお料理も美味しいしまた来ます。」

北村もコートを羽織って、

「じゃぁまた来るよ。今度はとことんおかみさんと飲みたいからね。」

「僕ももうそろそろ時間なんでこれで失礼します。」

3人が帰る支度をして会計を済ませると、

「また来て下さいね。」

と嫌な顔も見せず笑顔で店の外まで見送った。

3人が帰ったあと、洗い物をしていると次はほぼ毎日来ている大森が来た。

「う~、さみっ。」

「いらっしゃい。」

大森は桜子が大学生の頃に叔母の手伝いでこの店でバイトをしていた時からの

付き合いでほとんどの客が桜子の事を『おかみさん』と呼ぶのだが

大森は『桜ちゃん』と呼んでいた。

「あれ?今日は誰も来てないの?」

「さっきまで北村さんと荒木さんがいらっしゃってましたよ。」

大森は席に座ると、カウンターに並べてある料理を見て、

「これ、美味しそうだね。これと、これと、これ。つまみで。」

「はい。お飲み物はどうされますか?」

「熱燗にして欲しいな。こないだ飲んだ真澄は美味しかった。まだある?」

桜子は大森が注文した料理を小皿に移しながら、

「ございますよ。じゃぁ先におつまみをお出ししますね。」

大森が言った料理は、鶏肉のささみで作ったごま味噌和え、里芋の照り煮、

カブを塩昆布で和えた物だった。

桜子は日本酒の真澄を熱燗にして大森のおちょこに注いだ。

「桜ちゃんも年末年始も休みなしで大変だろう。」

「うちにいても一人正月ですから。お店に出てた方がいいんです。」

20代前半の頃1度は結婚したが、夫の浮気で桜子は離婚をしていた。

この事は何人かいる常連でも大森しか知らない。

「桜ちゃんは再婚とか考えてないのかい?」

「…。いい人がいたらね。大森さん、紹介して下さいよ。」

「桜ちゃんはかわすのが上手いなぁ。」

桜子は微笑むだけでそれ以上は何も言わなかった。

大森は一口飲むと、

「僕の知り合いの息子さんなんだけど、いい人がいるよ。

どうだい?お見合いでもしてみたら?」

大森の為に新しいつまみを作っていた桜子は顔を上げて大森を見た。

「お見合い?」

「そう。」

作りあげたもう一つのつまみ、レタスとアボカドのおひたしを大森に渡すと、

「私には結婚は向いてないみたい。だからせっかくのお見合いのお誘いですけど

出来ません。」

「そっか。桜ちゃん、一杯付き合ってよ。」

「はい。」

大森は自分の熱燗を桜子に注いだ。

「でも、考えてみて。桜ちゃんもまだ30歳なんだからいいご縁があるかもしれないから。」

そう言って手酌で酒を注ぐとそれを飲み干した。