小料理屋 桜 5話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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ようやく元気を取り戻し、大森と絵里が談笑していると

次は絵里と同じ歳程の男性が入ってきた。

引き戸が開く音で振り向いた絵里は、

「俊郎君…。」

と呟いた。

「やっぱりここか。探したよ。」

大森は日本酒片手にからかう様に、

「絵里ちゃんの彼氏かい?」

と笑った。だがその笑いに絵里は答える事もなく、先程まで大森と談笑していたのが嘘の様に

下を向いてしまった。

「どこ行ってたんだよ、1週間も大学に顔も見せなくて。しかもアパートにもいなかったし。」

「そうなの?」

桜子の問いにも答えようとしない。それどころか、バックから財布を出して

5千円札をカウンターに置くと、

「私、帰ります。」

と席を立ち上がろうとした。

大森はその絵里の腕を掴むと、

「ちゃんと説明しないと桜ちゃんにも失礼だよ。どういう事?」

絵里が『俊郎』と呼んだ男性と桜子を交互に見て絵里は立ち上がろうとした腰を

再び席に戻した。

その隣に俊郎も座り、絵里の手を握った。

「ずっと言ってたじゃないか。あの子とはなんともないって。」

「絵里ちゃん、この方と喧嘩でもしたの?」

しばらく握られてる手を見ていた絵里は小さくうなずた。

「こないだ見ちゃったんです。俊郎君と彩音ちゃんが一緒に仲良さそうに歩いてるの。

だから俊郎君に会いたくなくって。」

「それは彩音ちゃんが彼氏の誕生日プレゼントを選ぶのを手伝って欲しいって

言ってたから一緒に買い物をしただけだよ。何回も言わせないでくれ。」

桜子は黙って俊郎にビールを出すと、

「絵里ちゃん。俊郎さんの言ってる事を信じてあげたら?」

「…。」

絵里は桜子の言葉に困惑している様だった。

「でも…。」

「私は俊郎さんが嘘を言ってるとは思えないんだけど。」

俊郎を見ながら俊郎が言った事をフォローした。

「とにかく帰ろう。ここで話すのも長くなりそうだから。」

絵里は黙ってうなずいた。バックを持って、

「俊郎君と話し合ってまた来ます。すみませんでした、ご迷惑をおかけして。」

と頭を下げた。帰ろうとした絵里に桜子は声をかけた。

「相談があったらまた来てね。私で役に立つか分からないけど。」

「ありがとうございます。」

二人が帰ったあとポツリと桜子は呟いた。

「大丈夫かしら、あの二人。」

大森は手酌をしながら、

「あの年頃だと、ちょっとした誤解が大きな喧嘩になる事もある。

大丈夫だよ。あの男の子も誠意がある様な子だからね。

きっと絵里ちゃんも頭では分かってるんだよ。自分の誤解だって。」

「そうですね。」

桜子と大森で飲んでいた時、引き戸が開かれた音がした。

「いらっしゃいま…。」

桜子はその入ってきた男性を見て言葉を失った。

それは大学時代に付き合っていた雄二だったからだった。

小料理屋 桜 6話