映画雑誌を見ながらアイスコーヒーを飲んでると、もうコーヒーを飲み終えてた。
でもあと20分あるかなぁ…。またアイスコーヒーを頼むのもパンフレット代とかかかって
お金がもったいないし。どうしよう。煙草でも吸ってようかな。
そう思いながら雑誌に視線を戻すと私のテーブルにケーキとアイスコーヒーが置かれた。
置かれたケーキとコーヒーを見てそれから置いてくれた人を見ると徳永君だった。
「俺、今休憩中なんです。本当はここで働いてる人は飲食店に行っちゃダメなんですけど
私服に着替えて、来ちゃいました。」
「いいの?そんな事して。」
「飲食店に行っちゃダメって言うのは建て前でスタッフが食事に来たり
お茶したりしてるんですよ。」
徳永君は自分のアイスコーヒーを飲むと、
「結局、今日観る映画はどれにしたんですか?」
「徳永君お勧めの『公安』にした。ここのマスターも面白かったって言ってたし。」
徳永君は満面の笑みでまるで私を彼女の様に見ると、
「良かった。来週の映画もチェックしておきますね。明日、新作の試写会があるんです。」
「私、映画の仕事に就いたかったな。こうやって仕事とはいえ試写会が観れるんだから。」
読みかけてた雑誌をバックにしまうと私は徳永君が持ってきてくれたブルーベリーのケーキを
口に運んだ。
「このケーキとコーヒー代は私が出すから。」
思いもよらない出費が痛かったけど徳永君は目を丸くして
「いいですよ。僕が食べてもらいたかっただけだから。」
「でも…。」
「いつも来て下さってるお礼です。」
これ以上、払う払わないで話すのもかえって失礼だと思って、
「じゃぁご馳走になります。」
私はおどけて頭を下げた。
「近藤さんはなんで映画の仕事に就かなかったんですか?こんなに映画が好きなのに。」
「好きだけじゃ就職出来ないのよ。徳永君も知ってるでしょ?アルバイトとはいえ
映画の仕事にありつけるのが難しいのは。」
「確かにそうですね。」
ここまで良くしてくれてるから私の秘密を教えてもいいかなって思った。
「本当はね、高校生の時に映画館のバイトをしてたの。それで映画にハマっちゃってね。
でも就職となると難しかった。だから派遣の仕事をしてるの。」
「近藤さんって派遣なんですか?」
「そうよ。」
意外な事を聞いたみたいに徳永君は前のめりになった。
「でも派遣の仕事っていつ切られるかわかんないじゃないですか。」
「派遣でもいい事があるのよ。こうやって定時には帰れるし、お給料もスキルを上げれば
良くなる。だから映画関係の仕事を諦めて派遣に登録したの。」
言いずらそうに徳永君は黙ってたけど、しばらくして思いもよらない事を言った。
「俺の姉貴が映画関係の仕事をしてるんです。」
「へぇ。姉弟そろって映画好きなのね。」
「姉貴に頼んで近藤さんを姉貴が勤めてる会社に入れてもらいましょうか?」
それはまさに棚から牡丹餅だったけど、私は丁重に断った。
「コネで出来る仕事じゃないわ。せっかくだけど遠慮しとく。ありがとうね。」
腕時計を見ると公開まであと15分を切ってた。
「ごめん、徳永君。せっかくおごってもらったけど映画が始まっちゃう。行かなきゃ。」
私は残りのケーキとアイスコーヒーを慌ただしく胃に収めると立ち上がった。
その時、徳永君に手を掴まれた。
「何?」
「こないだ言ってたパンフレットを見せてもらうのどうなりました?」
女性一人暮らしの家に簡単に男性を入れるわけにはいかない。
さりげなく、
「ごめんね。私の部屋、映画の文献やオフィシャルブックで散らかってるの。
そんな部屋見せられないわ。」
「そうですか…。」
徳永君は落ち込んじゃったけど本当に上映時間に間に合わなくなっちゃう。
「ケーキありがとう。また来るから。」
自分でも下手な言い訳ってわかってたけど、徳永君をうちに入れる訳にはいかない。
私より年下とはいえ男の人だもの。