「充さんが帰ってくるまで、宗谷岬にでも行って来たら?私の車貸すから。」
「北海道の方って一家に一台じゃなくて家族の分の車があるんですか?」
「そりゃそうよ。冬になったらガソリン代が馬鹿になんないし
交通機関も発達してないけど。ただ、隆弘の運転は荒いわよ。」
「昔程じゃねぇよ。」
渉は江崎達が泊まるホテルまで送ってくれた。
江崎と麻子が荷物を部屋に置いてくると下で渉が待っていた。
「せっかくだからお茶でもしない?」
「後で食事に行くじゃねぇか。」
「女性は女性で聞いてみたい事があるのよ。おごるから。」
三人はホテルの近くにあったCafeに入ると、メニューを見ないうちに渉が勝手に店員を呼んでしまった。
「ねぇちゃん、まだメニュー見てないんだけど…。」
「あっ、ごめんごめん。自分のが決まったからつい。」
「俺も決まってるけど麻子は?」
「じゃぁ、アイスカフェモカで…。」
渉がそれぞれの飲み物を注文すると、正面に座ってる自分の弟である江崎に
「中島君からは聞いてたけど、ようやくあんたも落ち着いたのね。」
「何?ねぇちゃん、中島と連絡取り合ってるんの?」
「…。たまにね。まぁ私の事はいいじゃない。あんた達の事よ。
何で二人ってそんな感じになったの?隆弘は女性にはだらしなかったでしょ。」
「何もそこまで言わなくても…。」
渉の視線の先は麻子だった。
「隆弘さんは私の教育係りをして下ってるんです。それでなんとなく…。」
「『教育係り』て、確か隆弘、あんたIT関連の仕事だったわよね。」
「素人で入ってきた麻子の席が俺の後ろってだけで、教育係りにご指名された。」
おもしろくもなさそうに、江崎は煙草を吸っていた。
その時飲み物が運ばれてきて会話は一旦中断された。
ウェイターが飲み物を置いてる時に麻子の左手に指輪があるのに気が付いた。
渉は左手の指輪を指して、
「麻子さん、それ。隆弘にもらったの?」
「はい。」
「へぇ。隆弘がねぇ。」
と言って江崎の方を見て笑った。
「初めてだったんじゃない?女性にプレゼントを送るなんて。」
「いいだろ、そんな事。」
すっかりふてくされた江崎は横を向いてしまった。
子供時代の上下関係は、この歳になっても変わりないらしい。
横を向いてしまった江崎に今度は口調を変えて、
「本当に会っていかないのね。」
姉の真面目な声に思わず振り返ってしまった。
「お父さんに麻子さんを紹介しなくてもいいのね。悔いは残らないの?」
江崎は煙草の先を黙って見ている。
「隆弘さん…。私とお兄ちゃんみたいになるかもしれないのよ。本当にいいの?」
「麻子さん、お兄さんいるの?」
「はい。いました。」
「『お兄ちゃん』が『いた』って過去形?今は?」
「…。亡くなりました。」
「そう…。ごめんなさいね、失礼な事聞いちゃって。」
「いいんです。」
「…。病院。」
「えっ?」
「病院どこだっけ?」
渉が戸惑いながら、
「上島記念病院よ。」
今、父親が入院してる病院名を教えた。