麻子も渉も江崎の次の言葉を待っていた。
江崎は煙草をもみ消すと、
「行くよ。」
ポツリと呟いた。
「そう…。麻子さんは?」
「良かったら私も行きます。」
「麻子には来てもらいたいと思ったんだ。」
その手を握りしめた。
「じゃぁ急いだ方がいいわね。」
渉は伝票を取ると立ち上がった。
「ねぇちゃん、ここはいいよ。親父の事で結構金かかってんだろ?」
「…。ありがと。」
病院は空港から30分程の所にあった。
「この辺も変わったな…。」
運転は姉に任せ、江崎と麻子は後部座敷に座っていた。
「そりゃそうよ。あんたが家飛び出してから何年経ってると思ってるの?」
「10年…。かな。」
「隆弘さん、そんなに帰ってなかったの?」
「私はお正月位帰ってきなさいって言ってたんだけどね。」
多少荒い運転で渉が答えた。
そして白い大きな建物の前で止まると、
「私、ちょっと駐車してくる。待合所で待ってて。」
一旦、江崎達を病院の正面玄関で降ろすと、駐車場に車を走らせた。
「大きい病院なのね。」
「この病院がなくなったら、過疎化は進むだろうな。」
そこへ渉が江崎達の元に駆け寄った。
「お待たせ。」
「あの…。お花とかお見舞いの物何も持ってきてないんですけど…。」
「いいの。もうそんな事分からなくなってるから。」
渉は正面入り口から待合所をすり抜け、奥にあるエレベーターのボタンを押した。
「前に聞いた時はICUに入ってるって聞いたけど…。」
「相変わらずよ。先生がここまで持ちこたえてるのは奇跡だっておっしゃってたわ。」
ICUの前で名前と関係を書くと、中に入って行った。
江崎の父親は一番手前のベットに眠っていた。
「ここが一番ナースステーションに近いの。」
十何年かぶりに江崎は無表情で父親と対面した。
久しぶりに見る父親は以前思っていたより小さくなった気がした。
腕には何本ものチューブが点滴で刺さっていた。
誰かの気配で気が付いたのか父親が目を開けた。
渉が、父親の耳元で
「お父さん、隆弘よ。分かる?」
大きな声で言ったが何の反応もなかった。
「おふくろを捨てたあんたの果てはこれか。」
父親は誰だかわからない様な視線を江崎に向けた。
何か言いたげだったが、それは言葉にならなかった。
「顔は見たんだ。もういいだろ?」
そう言ってICU室から出て行ってしまった。
麻子は江崎の父親と渉、ICUを出て行った江崎を交互に見ると、走って江崎の元へ行った。
「何か、声をかけてあげれない?」
「あの様子見てわかるだろ。誰が誰だかも分っちゃいねぇ。無駄足だったな。」
先程のエレベーターに戻ろうとするのを渉が止めた。
「今、あんたの事呼んでる。行ってあげて。」
麻子は江崎の袖を掴む手に力を込めた。