二人で一人 53話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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麻子も渉も江崎の次の言葉を待っていた。


江崎は煙草をもみ消すと、


「行くよ。」


ポツリと呟いた。


「そう…。麻子さんは?」


「良かったら私も行きます。」


「麻子には来てもらいたいと思ったんだ。」


その手を握りしめた。


「じゃぁ急いだ方がいいわね。」


渉は伝票を取ると立ち上がった。


「ねぇちゃん、ここはいいよ。親父の事で結構金かかってんだろ?」


「…。ありがと。」



病院は空港から30分程の所にあった。


「この辺も変わったな…。」


運転は姉に任せ、江崎と麻子は後部座敷に座っていた。


「そりゃそうよ。あんたが家飛び出してから何年経ってると思ってるの?」


「10年…。かな。」


「隆弘さん、そんなに帰ってなかったの?」


「私はお正月位帰ってきなさいって言ってたんだけどね。」


多少荒い運転で渉が答えた。


そして白い大きな建物の前で止まると、


「私、ちょっと駐車してくる。待合所で待ってて。」


一旦、江崎達を病院の正面玄関で降ろすと、駐車場に車を走らせた。


「大きい病院なのね。」


「この病院がなくなったら、過疎化は進むだろうな。」


そこへ渉が江崎達の元に駆け寄った。


「お待たせ。」


「あの…。お花とかお見舞いの物何も持ってきてないんですけど…。」


「いいの。もうそんな事分からなくなってるから。」


渉は正面入り口から待合所をすり抜け、奥にあるエレベーターのボタンを押した。


「前に聞いた時はICUに入ってるって聞いたけど…。」


「相変わらずよ。先生がここまで持ちこたえてるのは奇跡だっておっしゃってたわ。」


ICUの前で名前と関係を書くと、中に入って行った。


江崎の父親は一番手前のベットに眠っていた。


「ここが一番ナースステーションに近いの。」


十何年かぶりに江崎は無表情で父親と対面した。


久しぶりに見る父親は以前思っていたより小さくなった気がした。


腕には何本ものチューブが点滴で刺さっていた。


誰かの気配で気が付いたのか父親が目を開けた。


渉が、父親の耳元で


「お父さん、隆弘よ。分かる?」


大きな声で言ったが何の反応もなかった。


「おふくろを捨てたあんたの果てはこれか。」


父親は誰だかわからない様な視線を江崎に向けた。


何か言いたげだったが、それは言葉にならなかった。


「顔は見たんだ。もういいだろ?」


そう言ってICU室から出て行ってしまった。


麻子は江崎の父親と渉、ICUを出て行った江崎を交互に見ると、走って江崎の元へ行った。


「何か、声をかけてあげれない?」


「あの様子見てわかるだろ。誰が誰だかも分っちゃいねぇ。無駄足だったな。」


先程のエレベーターに戻ろうとするのを渉が止めた。


「今、あんたの事呼んでる。行ってあげて。」


麻子は江崎の袖を掴む手に力を込めた。