「ただいま。ごめんなさい。遅くなっちゃって。」
すでに焼酎を開け飲み始めてた男性陣に麻子は謝った。
「遅かったじゃねぇか。心配するだろ。」
「まぁまぁ、小林だって仕事があるんだし、謝ってんだからいいじゃねぇか。
早くも亭主関白か?流行らねぇぞ、いまどきそんなの。」
「そんなんじゃねぇ。」
麻子は寝室に駆け込み、普段着に着替えるとキッチンに立った。
「おつまみになる様なのでいいのよね。」
「悪いな、小林。」
江崎は黙って飲んでいる。
ほんの10分程で卵焼きと枝豆が出てきた。
その後はホウレンソウのお浸し、豚肉のアスパラまき…。次々と出てくる。
その手際の良さに中島は感心したが、江崎はいつもの事なので何も言わなかった。
何品か作った後で麻子もエプロンをほどいて、二人の輪に入った。
「どうしたの?中島さんをまたうちに呼ぶなんて。」
「別に…。こないだおごってもらったから、食事に誘っただけ。」
「そう。」
「あれ?その指輪…。」
会社では右手にしてあった指輪が、今は左手の薬指にしてある事に気づいたのは中島だった。
「あぁ…。これですか?会社とプライベートはわけたくて。」
「ふ~ん。」
さっきから黙ったまま飲んでいる江崎は、本当は言いたい事があったのだが、
実は言い出せずにいた。
それは先日渡した指輪と違う指輪をもう一つ用意していた事だった。
中島と飲んでる時に渡してしまおうと、非常に他力本願な事だった。
仕事でもプライベートでも強気な江崎だったが、麻子の事に関するとどうしたらいいのか分からなくなる。
遠慮がちに麻子が焼酎のレモン割りを飲んでた手を止めて江崎の袖を引っ張った。
「どうしたんだよ。」
「あのね…。中島さんがいるから言えるのかもしれないけど…。」
「何々?俺でも役立つことってあんの?」
麻子は黙ってうなずいた。
「今度の休みか隆弘さんが都合がいい日でいいから…。私の実家に行かない?」
その言葉に素早く中島は江崎と麻子の表情を見比べた。
麻子はうつむいてるし、江崎はグラスを持ったままその麻子を見つめていた。
(これで決まったな)
そう思っていた中島だったが、江崎は麻子から視線をそらすと
「まだ、早いんじゃないか?俺達付き合ってどれくらいだよ。」
「えっと…。三か月経つか経たないか位。」
「俺はいいかもしれないけど、お前が俺に幻滅する日が来るかもしれない…。」
麻子の顔を見ないで江崎は呟いた。
「おいっ、そんな言い方!」
中島が江崎の肩を持ってゆすった。
「やめて!」
その中島を止めたのは麻子だった。
「ごめんなさい。いいんです。私が早とちりしてただけなの…。
私、先に寝るから…。食器とかはそのままにしてて。」
そう言うと寝室に入ってしまい、中から鍵がかかった音がした。
「江崎!さっきのは酷いんじゃないか?お前だって結婚の事考えてたんだろ?
その証拠にポケットに入ってるのは何だよ。」
「分かってる!」
そう言うとゆっくりと指輪のケースを出した。
それを見て、
「ちゃんと準備してんじゃねぇか。なんで小林に対してあんな態度取るんだよ。」
「…。しょせん俺は親父の血を引いてるって事さ。」
「お前と親父さんは関係ないだろう。」
「…。」
「お前がいつまでもそんな態度だと、他の連中に取られるぞ。」
「…。」
「そんなに怖いか。家庭を持つことが。だけど小林とだったら今の所うまくいってきてるじゃねぇか。」
「先の事はわからない。」
「そんな事言ってたら何も出来ない。前みたいな生活に戻りたいのか?
お前がやってる事はめちゃくちゃだぞ。」
江崎は手に持っていた指輪のケースをグッと握りしめた。
「頭じゃわかってるんだよ…。頭では。」
そんな江崎を中島はただ見ている事しか出来きなかった。