会社に戻ると中島は社長に呼ばれた。
その様子を見ていた江崎は
(さっきの報告だろ)
と、冷めた目で見ていたが、振り返り自分の真後ろの席の麻子にも視線を送った。
(麻子は結婚の事とかどう思ってるんだろう…)
指輪を渡した時は喜んだが、結婚の『け』の字も出さず生活をしていた。
社長に呼ばれた中島は、
「無理ですね。一応押しときましたげど二人ともそんな感じじゃなかったし。
でもこういう問題は勢いってよく言いますから。
あの二人なら大丈夫でしょう。」
社長である佐藤は大きな身体を椅子に沈めると、
「そうか~。でも今、あっちゃんに結婚して抜けられたら困るしなぁ。」
「あの~。」
「何だ。」
「今でこそ少しはプログラムも組めますし、素材作りは一人前です。
でもその前はただの素人でした。なんで小林を入社させたんですか?」
「そうだな…。目、かな。」
中島にとって意外な答えだった。
「『目』ですか…。」
「結構な人数を面接したのは知ってるな。」
「はぁ。」
「皆、それぞれ専門学校卒業してたり、率先力になりそうな奴はたくさんいた。
でもなぁ…。逆に自信過剰な所が見られたんだよ。
だがあっちゃんはそれがなかった。真っ白なキャンバスにこれからITの仕事に足を踏み入れる
覚悟があった。それは目を見ればわかる事だった。…。これじゃ理由にならないかな。」
「いえ。変な事聞いてすみません。」
「いや…。きっとみんなが思ってた事だろうからな。
何か機会があれば教えてやればいい。わざわざ教える必要もないがな。」
「はい。じゃぁ失礼します。」
中島は社長室を出ると自分のデスクに戻った。
「やっぱりさっきの報告だったよ。」
「だろうな。」
「なんて報告したか気になんねぇの?」
「別に。だいたいは想像つくし。」
「お前も来年30だろ?いい加減小林を安心させてやれよ。」
「俺達の問題だ。他人にとやかく言われる覚えはねぇ。」
これ以上話しても結果が出ないと判断し、中島はこの手の話をしなくなった。
8時過ぎに江崎が帰ろうとすると中島に声をかけた。
「今日、うちに来ねぇ?」
「いいのか?」
チラリと麻子の方を見る。
「今日の飯の代わりだ。お前だって一人暮らしなんだから、たまにはまともな飯食え。」
「とか言いつつ、作るのは小林じゃなねぇか。」
「まぁな。」
半数近く帰っていたので、江崎は麻子に、
「いいだろ?」
麻子はうなずくだけだった。
ここまで堂々と話していると、二人が同棲しているのを皆に知られても構わないと思っていた。
「じゃぁ、私、これだけ終わらせたら帰りますから。」
男性陣が帰ったあと、麻子は実家に電話をした。
「あっ、お母さん?こないだはごめんね。うん、今度江崎さんと一緒に帰ろうと思うの。
まだ江崎さんには言ってないけど…。ようやく、私もようちゃんの事吹っ切れたし。
それも江崎さんのお蔭だし。うん、うん。帰る日が決まったらまた連絡するね。
じゃぁ…。身体には気を付けて。またね。」
麻子は江崎からもらった指輪を見て、江崎がこの話をしたらどういうだろうと考えた。
今日のランチでは『結婚はまだ考えてない』みたいな事を言っていたが、
それならば自分はいつまで待てばいいのだろう。
付き合い始めてもうすぐで三か月になる。
その前のただの教育係りと指導を受ける関係は二年続いていた。
それは二人の時間であり、短い時間ではないと思っていた。