アイスコーヒーのおかわりを持ってきて再びソファに座った江崎は、ためらいながら、
「おふくろが死んでしまった時には親父はもうアルコールなしじゃ生きられない様な男になっちまった。」
「じゃぁ…。今お父さんはどうなさってるの?」
「姉貴が結婚してから姉貴夫婦が面倒見てる。俺もあのアル中の男の面倒を見るのは大変って
分かってるから、出来るだけ姉貴に仕送りをしてる。」
江崎は姉夫婦に少しでも多く仕送りが出来る様にあえて、難しい仕事を引き受けたり
残業までして仕事をしてたりしていた。
「だからだったのね。よく仕事で帰りがおそくなってたの。」
「あぁ。まぁそれだけじゃないけどさ。
…。俺ってさ麻子と付き合うまでは女関係が酷かっただろ?」
「それについてはノーコメントにしとくわ。」
麻子は微笑みながら昔の江崎の事を許してくれた。
「それってさ…。人のせいにするのは簡単だからこんな言い方したくないんだけど、
親父を見てたからかもしれない。おふくろが大変な時にアルコールで現実から逃れようとしてたんだ。
だから、男も女もタイミングが狂えば、別れはすぐにやってくると思ってた…。」
「今は違うの?」
江崎は持っていたアイスコーヒーの入ってるグラスをテーブルの上に置くと、
改めて麻子の顔を見て、
「お前に会ったからだよ。お前さ美千代の事覚えてる?」
「美千代さん?」
「前にうちでナイフ出してきた女。」
「あぁ。」
「あいつにも悪い事をしたと今なら思う。あいつだけじゃねぇ。他の女達に対してもだ。
それってお前が真正面から『あんな付き合い方は卑怯だ』みたいな事言ってくれたから
目が覚めたんだよ。」
「…。」
「だから…。だから俺にはお前しかいないんだ。
ちっちぇ男かもしれないけど、お前が一人でいる時呟いてる奴の事が気になってしょうがないんだ。
もしかしたらお前の中にはそいつがいて、俺は眼中にないんじゃないかって。」
しばらく黙っていた麻子はアイスコーヒーが入っているグラスを見ていた。
グラスに水滴がついてきて、麻子は一回グラスを丁寧に拭いた。
それは江崎が持っていたグラスも同じ事をした。
江崎は麻子が口を開くのを待った。
「ごめんなさい。」
その言葉で、
(やっぱり俺はあいつの何者でもなかったんだ)
と落胆した。だが次の言葉はその思いをひっくり返すのに十分だった。
「『ようちゃん』ってね、私の二つ年上の兄の事なの。」
「えっ?」
「もう亡くなったけど。」
「お前兄貴がいるなんて言ってなかったじゃないか。」
「ようちゃん…。洋介っていうんだけど、お兄ちゃんが死んじゃったのを認めたくなかったのかもしれない。
でもどうしても思い出しちゃうの。だってお兄ちゃんが亡くなったのは私の誕生日だから。
あの部屋も元々はお兄ちゃんが使ってた部屋だったの。
あそこにいればいつか帰ってきてくれる様な気がして…。
でも帰ってくるなんてあり得ないっていうのも分かってた。だって死んじゃったんだもん。」
「なんで亡くなったんだ?」
「お兄ちゃんが付き合っていた女の人を好きになった、お兄ちゃんの親友の人に刺されたの。
まぁ、三角関係って事だけど。私、お兄ちゃんっ子だったから…。」
そこまで言うとバックを引き寄せ、中からハンカチをだし目元を抑えた。
江崎はそんな過去があるなんて想像もしなかった。
麻子に兄がいた事を秋口達は知ってるんだろうか。