麻子は涙を拭くと笑顔で、
「でも、もう待つのは辞める。今月いっぱいであのマンション解約してくる。
だって、ここには私を待っててくれる人がいるんだもの。」
それを聞いて江崎は微笑みながら、麻子を抱きしめた。
「俺にもそれは言える事だよ。俺は麻子がここにいるから帰ってくるんだ。ここは俺達の家だ。」
麻子は江崎に抱き付く手を強くする事でその気持ちを受け止めた事を示した。
時間はすでに12時を回っており、日付が変わっていた。
それは二人にとって何かが変わったかの様な象徴の様にも思えた。
「来週だな。お前の誕生日。」
「そうね…。」
「二人でお兄さんの墓参りに行こうか。」
「…。うん。」
マンションの解約は本来ならば二か月前に申告しなくてはならなかったが、
大家に頼み、今月中に引っ越す事を許してもらった。
その分お金はかかったが…。
未来へのお金と思えば安いものだった。半額は江崎が出してくれた。
麻子は家具や家電をほとんどリサイクルに出してしまったが、まだ新人の園田などに
生活に足りないものを譲った。それは麻子も安心したし園田達にとってもほぼ無料で
家電などが手に入り、助かった。
麻子の誕生日の27日。
二人は有給を取って、麻子の兄の墓参りに行った。
麻子の実家は東京にあったが墓自体は埼玉にあった。
JR湘南新宿ラインと西武池袋線を乗り継いで
兄の墓の前に来た時、目の前には大きな湖が広がっていた。
「へぇ…。こんな所に湖があるなんてな。」
「いい所でしょ?ちょっと歩けば自然公園もあるの。」
「じゃぁ、あとで行ってみるか。」
「うん。」
二人は墓の周りを掃除して花を供え、線香に火をつけた。
その時、二人の男女がやってきた事に麻子が気が付いた。
「お父さん…。お母さん…。」
その言葉に江崎の背も自然と伸びた。
予想はしていたが、本当に麻子の両親に会うのはやはり緊張した。
「麻子も来てたのね。」
「うん…。忘れられない日だから。」
「あなたの誕生日でもあるんだからしょうがないわ。」
母親らしき女性は穏やかな目で、今や一人となった自分の娘の事を見つめた。
その視線は江崎に移り、江崎は黙って頭を下げた。
母親の方も黙って頭を下げたが、麻子が両者を気遣ってお互いを紹介した。
「こちら、江崎 隆弘さん。今お付き合いしてるの。江崎さん、こっちの二人が私の両親。」
「江崎です。よろしくお願いします。」
「麻子の母です。麻子がいつもお世話になってるみたいで…。」
「いえ…。そんな…。」
「お父さんも黙ってないで…。」
「付き合い始めてどれくらいなんだ。」
「えっと…。二か月位…。かな。」
「どんな仕事してるんだ。」
「私と同じ会社の先輩でもあるの。」
「ふん、会社の女に手を出したって訳か。」
「お父さん、いい加減にして。」
母親が父親の面接方式の質問攻めを止めさせた。
どこの父親も娘に彼氏が出来ると面白くないらしい。