夜中に目を覚ましたのは麻子だった。
江崎を起こさない様にそっとベットから降り、江崎の大き過ぎるTシャツを羽織った。
裸足でリビングに行きキッチンからビール缶を一本取り出した。
ソファに座り、ビール缶を音を立てない様に静かに開ける。
それを一口飲んだ。
その後に大きくため息をついた。
そして満月になっている月を見上げた。
「…。ようちゃん。」
それだけを呟いてまた一口飲む。
ビールが飲みたかった訳ではなく、何か口にしていないと本当の事を叫んでしまいそうで
ビールを選んだにすぎなかった。
手のひらの中でビール缶をコロコロ転がすと、足をたたみソファの隅っこに小さくなって座った。
その姿を江崎は黙って見ていた。
『ようちゃん』
それは男性のあだ名にも、女性のあだ名にも取れるものだった。
(誰だ?)
江崎はそれだけが気になった。
もし男性だったとしたら、麻子の心の中に自分はいないのだろうか…。
麻子は残りのビールを流しに捨ててしまうと、不燃物のごみ箱に音を立てない様に捨てた。
そこで初めて江崎が自分の事を見ている事に気が付いた。
「隆弘さん…。」
「眠れないのか?」
「ちょっと目を覚ましただけ。」
「…。そうか。俺も一本飲もうかな。」
江崎はキッチンに行くと冷蔵庫からビールを出そうとしたが、先程麻子が飲んだので
補充していたのは最後だったらしい。
「…。品切れか。」
「ごめんなさい。私買ってくる。」
着替えて近くのコンビニに行こうとする麻子の手を江崎は取り、
「いいよ。別にビールじゃなくてもいいんだから。」
そう言って中島と飲んだ焼酎の残りを薄い水割りにした。
今、麻子が出て行ったら二度と帰ってこない気がしたのだ。
そんな事は一言も言わなかったが。
目の前にいる麻子は自分の知ってる麻子なのだろうか。
それとも麻子は何かを隠しているのだろうか。
時々見せる寂し気な笑顔が頭から離れなかった。
「麻子、隣に座っててくれないか。」
麻子は黙って江崎の隣に座り肩に頬を乗せた。
その手をギュっと握って、
「何かあったんだったら言えよ。」
それしか言えなかった。たとえ言ったとしても正直に話すとは思っていなかったが。