二人で一人 31話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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次の出勤日、江崎は中島を誘って飲みに出た。


麻子には書類を渡すふりをして、メモに『今日は中島と飲んでくる。先に寝てろよ』とだけ伝えてあった。


麻子はそのメモに素早く目を通すと、すぐにシュレッダーにかけた。


江崎は自分の仕事をさっさと済ませると、麻子にいくつかの指示を渡し


「じゃぁ、俺先に上がるから。お疲れ。」


「お疲れ様でした。」


「中島、行くぞ。」


「ハイハイ、ちょっと待ってよ~。あと10秒。」


「…。俺先に行くから。」


「おいっ。ちょっと待ってくれてもいいだろ。」


「いつもの店な。」


そう言って江崎は秋口や渡部に挨拶してから、振り向きもせずに会社を出た。


それを追う様に中島も会社を出ようとしたが、すぐに麻子の元に戻って小声で、


「あいつと付き合うのも大変だろ?」


と、からかった。


それに対して麻子は微笑むだけだった。


その笑顔がいつもの満面の笑顔じゃない様な気がして中島は胸に引っかかるものを感じつつ


会社を後にし、いつも江崎と飲む居酒屋に行った。


小走りに行ったので、店の前では江崎と合流していた。


「こないだはお前ん家でご馳走になったから、今日はおごるよ。」


中島が笑顔で言いながら店ののれんをくぐった。


席に着き、いつもの焼酎を注文すると後は中島がつまみを適当に注文した。


江崎は『食べる』という事にあまり関心がない。


ほっとけば、つまみなしで飲み続けてしまう。


「うちで飲んだって言ってもつまみを作ったのは麻子だぜ。俺は場所を提供したに過ぎない。」


「それでもさ、食材をお前ん家の物を使った事には変わりないだからさ。


で?話ってなんだよ。小林の事か?」


「まぁな。」


店員から焼酎のボトルと氷、焼酎を割る為の水とグラス二つを受け取ると、


黙って二人分の水割りを作った。


「小林と喧嘩でもしたのか?」


江崎から水割りを受け取りながら、半分からかいながら、半分本当に心配そうに聞いた。


「…。それだったらまだマシだったかもしれない。」


江崎の真剣な顔に中島も冗談事ではないと判断した。


「小林がどうかしたのか?」


「あいつ、たまに夜中に起きて何か呟いてるんだ。」


「なんて?」


「『ようちゃん』。」


「『ようちゃん』?それって男?女?」


「知らねぇ。」


「聞いてないのかよ、小林から。」


「あいつが言いたくない様だから俺は黙ってる。」


江崎は最初の一杯を一気に飲み干すと、次の水割りを作った。


「まぁ、男女間の事ではお前が上って知ってるけどさ、無理にでも聞き出した方がいい時もあるぜ。」


「…。あいつは…。あいつは俺が望んでいるから、うちにいるだけかもしれない。」


「いい事じゃねぇか。」


「問題は俺はあいつの中にいるかって事だよ。」


そう言われてさっきの翳りのある麻子の微笑みを思い出した。


「あのさ…。俺もあいつの事で気になる事があるんだけど。」


江崎は中島の言葉を意外そうに聞いた。


「なんだよ。」


「あいつって基本、いつも笑ってるだろ?でもさ、時々…。なんていうのかなぁ。


『笑わなきゃ』って思って笑ってる時があると思う事があるんだよな。」


それは江崎も感じていた事だった。


もうすぐで麻子の誕生日が来る。その日が近づく度にそんな笑顔をする様になった気がしてきた。