「いや…。これは俺の問題なんだ。俺がきちんとけじめをつける。」
「でも…。」
「大丈夫だ。お前に迷惑はかけない。」
そう言って麻子が入れてくれたコーヒーを静かに飲んだ。
「それと。」
「えっ?」
「会社の連中に俺達の事をわざわざ隠す事もないと思う。
悪い事をしてる訳…。も、あるかもしれないけど。」
「どういう意味ですか?」
「社長命令だったんだよ。お前に誰も手ぇ出すなって。」
「はぁ。」
だからだったのか…。皆親切にはしてくれてたが、何の誘いもなかったのは。
あまり気にした事もなかったが。
麻子が正面でコーヒーを飲んでいるのを見つめながら恵美の事を考えた。
あいつは割り切って付き合ってる。あいつならあっさり別れてくれる気はするが…。
『女というのはそういう生き物』
麻子が言ってた言葉で恵美も例外ではない気がしてきた。
「今日、泊まっていくだろ?」
江崎に一週間分の荷物を持ってくる様に言われた時から、そんな事を言われる気はしていた。
「はい。」
「俺、ちょっと人と会ってくるから。待っててくれ。」
ぼんやりと、
(誰かと別れてくるんだろうか)
そんな事を考えながら、うなずいた。
江崎はタクシーをひろうと恵美の自宅へ行った。
電話をしなくてもこの時間に恵美がいるであろうことはなんとなく、長年の付き合いでわかっていた。
インターフォンを押し、返事を待つ。
「はい。」
「俺。」
「今、開けるわ。合鍵持ってるんだからそれで入ればいいのに。」
何人かの女性と付き合っていたが合鍵を持っていたのは恵美だけだった。
出かける途中だったのか、テーブルには化粧道具が並んでいた。
それと江崎が気にしたのは大きな旅行用バック。
「どっか行く予定だったのか?」
「えぇ。今日からニューヨーク勤務に出発する事になってたの。」
恵美は外資系の会社に勤めており、その中でも優れた営業だと噂で聞いていた。
「そうか。」
「驚かないのね。別れでも言いに来た?」
「…。」
「そうなのね。あなたが鍵を使えば入れるマンションなのにわざわざ、
インターフォンで確認してきたんですもの。なんとなくそんな気がしてたわ。」
「お前は俺を恨まねぇの?」
「そういう付き合いだったでしょ?」
恵美は最後の仕上げに髪を後ろでとめると、振り返り江崎に手を差し伸べた。
「鍵。もう必要ないわね。」
江崎はポケットに入っていた鍵を恵美に返した。
「でも、私みたいにあっさり皆が別れてくれるとは思わない方がいいわよ。
新しい恋人にも気を付けてあげるのね。じゃぁ、私飛行機の時間があるから。あなたも出て頂戴。」
エントランスでタクシーを呼んでもらい恵美は最後の別れになるのにも関わらず
いつでも会えるかの様にタクシーに乗り込んで去って行った。
それを見送った江崎は半分ホッとしたのと半分、これから他の女性とどんな風に別れるべきか考えた。