江崎の自宅で待っていた麻子は気が気ではなかった。
(大丈夫かしら)
昨日の美千代の件もある。それだけは避けたい事だった。
1時間後、江崎は帰ってきた。
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
思わず駆け寄ってしまった。
「大丈夫…。だった?」
麻子の心配そうな顔を見て、江崎は何も言わず少し微笑んだだけだった。
そして仕事部屋に行くとパソコンを立ち上げ、持ち帰った仕事の続きをした。
その後ろ姿を見て、一瞬不安になったが外見上何事もなかった様なのでそれだけは安心した。
だが、江崎は本当に苦しい時には、それらしい表情をしない男性の様な気がしてきた。
先程、黙って笑った顔が少し影がある様に思えたからだ。
江崎が仕事をしている間、麻子はする事がなく困ってしまった。
まめな男には見えないが綺麗すぎる程、部屋は綺麗に掃除されている。
大きな窓には指紋が一つもついてなかった。
指紋が付く度にいちいち掃除をしている江崎の姿は想像できなかったが。
パソコンを消した音がして麻子は振り向いた。
江崎が伸びをしながらリビングに戻ってきた。
「やっぱり仕事は会社でするもんだな。中島がいないとわからない事が多い。」
「コーヒー、入れましょうか?」
「あぁ、頼む。」
コーヒーを入れてる麻子の後ろ姿に江崎は声をかけた。
「麻子。」
初めて名前で呼ばれて麻子は持っていたマグカップを落としそうになった。
「って、呼んでもいいか?」
「…。はい。」
「お前もその口調なんとかしろよ。」
「そのうちに…。慣れてくると思うから…。」
「そうか。」
ソファで麻子からコーヒーを受け取り、麻子も隣に座った。
その麻子の肩を抱きなから、
「大丈夫だ。何も心配しなくていい。」
ただそれだけ言ってコーヒーを飲んだ。
その日、江崎は自宅にあった酒のほとんどを捨てた。
取って置いたのは今日買ってきたウィスキーと実家の姉が送った焼酎だけだった。