江崎は自宅マンション前ではタクシーを降りず、近所のコンビニ前でタクシーから降りた。
自宅から会社までは千円札一枚で足りる程の距離だ。
「釣はいいです。」
そのままコンビニに入り、店員に尋ねた。
「すみません、おかゆとか簡単な食事ってありますか?」
「こちらにございます。」
店員に狭い店内を案内され、初めて食事らしい食事を買った。
あとは適当に自分が夜飲む為の酒を一本。ミネラルウォーターを二本手にしてから
考え直し、スポーツドリンクを二本買った。
歩いて自宅マンションまでは5分もかからない。
鍵を開け、自宅に入ると麻子の靴が綺麗に並べてあった。
「小林?」
江崎はまず寝室を覗いた。だがそこに麻子の姿は見えない。
「小林?」
もう一度声をかけるとキッチンから返事が返ってきた。
「お帰りなさい。」
何人かの女性に言われた言葉だったが、麻子が言うと新鮮に感じた。
「何やってんだ。」
「何か食べる物作ろうと思ったんですけど…。何も入ってないんですね。冷蔵庫の中。」
「勝手に人ん家の冷蔵庫ん中見るんじゃねぇ。」
「すみません。」
江崎は先程コンビニで買ったおかゆなどが入っているビニール袋を麻子に突き出すと、
「お前の分の飯。酒は俺のだから。水分はこれで取れ。」
スポーツドリンクを差し出した。
それを受け取りながら、麻子は上目使いに、
「ありがとうございます。」
とだけ小さく答えた。
「あの…。」
「なんだよ。」
「今日、仕事は?」
「病人を一人にさせとく訳にもいかねぇだろ。半休にしてもらった。」
そう言って煙草に火をつけた。
「…。じゃぁ私がここにいるのって渡部さんはご存知なんですね。」
「渡部さんだけじゃねぇ。中島のアホが大声で言いやがって、皆知ってる。」
それを聞いて麻子は頬を赤らめた。
それをごまかす様に後ろを向くと、努めて明るい声で、
「このグラス、お借りしてもいいですか?これ飲みたいんで。」
「そのまま飲めばいいじゃねぇか。」
「男性と女性は違います。」
麻子の言葉で今まで付き合ってきた女性の事を思い出した。
彼女達はペットボトルの飲み物をいちいちグラスに入れ替えてただろうか…。
麻子の一つ一つの行動や言動が、江崎の人生を彩ってきた女性と比べてしまう。
そんな事を考えながら麻子を見ていたら、
麻子が江崎の大きすぎるスウェットに足をひっかけ転びそうになった。
「あぶねっ!」
思わず手で支えてしまい、二人は顔を向き合わせる形になった。
「すっ、すみません…。」
そう言って離れようとした麻子を引き寄せ、江崎は麻子に口づけをした。
最初は抵抗していた麻子だったが、その抵抗もなくなりおずおずと江崎に抱き付いてきた。
江崎は無意識に灰皿を探し、煙草をもみ消した。