9時過ぎに出勤してきた秋口は渡部から、麻子が昨日倒れて江崎の自宅にいる事を聞かされた。
「江崎んとこに?」
「彼女の自宅を知らなかったと言ってますけどね。」
「ふ~ん。」
秋口はニヤニヤしながらデスクに座り、カバンから書類等を出した。
いつも、最後に出社してくるのは中島だった。
会社自体はフレックスだったが、そのフレックスの時間ギリギリに出勤してくる。
相変わらず髪はボサボサで首の後ろに手をやりながら会社に入ってくる。
「あれ?小林は?」
「休み。」
「なんで江崎が知ってんだよ。」
「俺ん家にいるから。」
それを聞いた中島は座りかけてた腰を上げ、
「お前ん家~‼」
と、大袈裟に叫んだ。
「何だよ、とうとう惚れたか。小林に。」
「馬鹿、大声だすな。単に昨日会社で倒れて
あいつの自宅を知らなかったから、うちに連れてっただけだ。」
「ふ~ん。」
「何だよ。」
「べっつに~。」
そう言うと自分のパソコンを立ち上げ、仕事の続きを始めた。
だが、先程中島が大声で叫んだお蔭で、
数少ない社員全員に麻子が江崎の自宅にいる事が知れ渡ってしまった。
「マジ?お前ん家にいるの?」
「手ぇ出してないだろうな。」
「江崎は女には手が早いからなぁ。」
散々ないいわれ様だった。
江崎は煙草の火をつけずただ咥えたまま、無視を決め込んだ。
煙草を口に咥えていれば喋らずに済む。
午前中は麻子との事を色々と聞かれたが、江崎が無視をしてる以上他の社員も
自分達の仕事があり、江崎と麻子との事を聞くのを諦めた。
昼になり、一番下の園田が昼食の出前を聞いてきた時、
「俺、今日はパス。半休にしてもらうから。」
そう言って渡部に帰ってもいいか尋ねた。
「小林の事が気になるんで上がってもいいですか?」
黙って江崎を見ていた渡部だったが、
「そうだな。病人一人は気になるしな。」
遠回りな返答で昼で上がる事を許可してくれた。
中島に仕事の事を少し話すと、
「じゃぁ俺、今日は帰るから。わりぃ。」
「オッケー。」
中島はカップラーメンのふたを開けながら答えた。
簡単な仕事の引き継ぎをするだけでわかり合える
江崎と中島はこの会社でもツートップでいいコンビだった。
帰り際、渡部の元に再び寄り、
「昨日は慌てて忘れてたんですけど、コーヒーカップとか割れてたの…。」
「今朝、俺が片づけておいた。」
「すみません。じゃぁ。」
そう言うとあらかじめ電話でタクシーを呼んでいたのだろう。
すでに会社前には江崎がいつも使うタクシー会社のタクシーが来ており
行先も告げずに車は発車した。
それだけ江崎はこのタクシー会社でもいい顧客と言う事だろう。