どれぐらいあの男の子は怒られてただろう。
今日の高杉さんは特に機嫌が悪かったらしく、お説教がいつもより長かった。
突然、男の子はグラス用の布を放りだすと高杉さんに襲い掛かった。
「黙って聞いてりゃ、そこまで言う必要あんのかよ!あんた、そこまで偉いのかよ!」
高杉さんはこんな風に襲い掛かられた事がなかったらしく、男の子に殴られるままになっていた。
それを男性スタッフが止めに入る。
「落ち着け!この人はこういう人なんだ。」
「こんな事して辞めさせらるのはお前だぞ。」
皆が男の子をなだめていた。
でも襲い掛かられた高杉さんには誰も見向きもしなかった。
しばらくすると高杉さんはフラフラと立ち上がり、
「お前の処分は後で言う。覚えてろよ。」と、言って事務所に入ってしまった。
かなり殴られてたから、今日店に出る事は出来ないだろうな。
顔にあざがいっぱいあった。
私は意を決してホテルの支配人の所に行く事にした。
開店まであと1時間ある。支配人と話すには十分な時間だ。
支配人室の扉をノックして部屋に入った。
「あれ?君は確か…。」
「フレンチで働いてる、大久保 佳那です。」
「そうそう。覚えてるよ。大勢の中で契約社員になった位だからね。」
支配人が穏やかそうな人で良かった。
「あの、お話があるんですけど。」
私がそれだけ言っただけなのに支配人は私の気持ちが分かったのか私にソファに座る様に勧めた。
「フレンチの君が来るっていう事は高杉君の事だね。」
「何でわかったんですか?」
「君以外でも来てる従業員がいるからだよ。」
「じゃぁ、高杉さんが皆に接してる態度などはご存知なんですね。」
「もちろん。僕も彼には手を焼いているんだよ。」
「じゃぁ、なんで辞めさせないんですか?どんどん慣れている人が辞めていって
新人ばっかりの店になってます。これではお客様に十分な接客が出来ません。」
「こう言っては卑怯な言い方かもしれないけど、彼は人脈があってね。
それでここの店をご利用して下さるお客様がいるんだよ。」
「でも、フレンチのお客様は激減してます。」
「今はね。」
「どういう事ですか?」
「そのうち高杉君がお客様を呼んでくれるよ。絶対にね。」
人材より、売上か…。
「今のままでは先程も言いましたが、お客様に対して失礼な態度を取ってしまう事が
起こり得ます。そうなってからでは遅いと思います。」
支配人は黙って私の話を聞いてくれたけど、その後も沈黙だった。
「あの…。」
「君位だよ。ここのホテルの事を考えてくれてたのは。
他の皆は高杉君の悪口を言って終わりだったからね。
どうだい?契約社員じゃなくて、ちゃんとした社員にはならないか?
君ならこのホテルの事を考えながら仕事をしてくれるみたいだし。」
いきなりの就職決定かもの言葉に私の方がびっくりしてしまった。