光は上杉さんを労わる様に、
「悪かったな。オフの日の夜中に。家族に何か言われなかったか?
車の運転もキツかっただろう。」
スーツを受け取りながら上杉さんの顔を見た。
上杉さんは銀縁の眼鏡を整えながら、
「私は江川さんのマネージャーですから…。気になさらないで下さい。
それより、お急ぎなんでしょう。
私に構わず早くスーツに着替えて下さい。」
私は芸能人とマネージャーとの間柄を感じてしまった。
あまり光に無関心だと思っていた上杉さんがここまでしたのに、
すこし意外に思ってしまった。光は母に向かって、
「すみません、お父さんのお部屋をお借りしてもいいでしょうか。
すぐ終わります。」
母は光を見ずに、
「どうぞご自由に。」
しばらくすると、スーツ姿の光がやってきた。
スーツ姿はコンサートで見たことがあるけど、あんな派手なスーツではなく、
なんと言うかリクルートスーツに近かった。そしてなんと、母の前で土下座し、
「お母さん、いえ、今はお母さんと呼ばせて下さい。
お母さん、友梨香さんと結婚させて下さい。」
眠気覚ましのコーヒーを飲んでいた私は手が止まってしまった。
唖然と2人を見ていると母は光を睨む様に見つめ、
「さっき私が言った事、覚えていらっしゃる?
友梨香は守れるの?と聞いて貴方は1人では無理だけど
2人で生きていくっておっしゃったわね。」
「はい。」
「2人で1人なのね…。貴方達は。」
母は寂しげに私を見た。
私は自然と頭が下がった。そして自然と涙も出てきた…。