■「内定への一言」バックナンバー編


「マクドナルドは、ハンバーガー屋ではない」

(マクドナルド創業者レイ・クロック)



赤坂を主な生息地とし、日夜あの近辺に出没している僕は、「キンコーズ、ベローチェ、ブックオフ」がないと生きていけません。


天神と比べ、人が少ない割にスペースが広く、ゆったりとした雰囲気のお店が多い赤坂・大名地区は、僕のように時間が自由な仕事をしている人間には、うってつけの場所です。

「ベローチェプロントスターバックスマック」と、世代層や客層が違う店を移動しながら、お客さんの会話を聞きつつ作業をしていると、色々なアイデアが浮かんできます。しかも、4店回ったとしても、1,000円前後しかかかりません。


仮に30日間通い続けても、「3万円」。オフィスを借りるより格段に安く、電気代も家賃も水道料金も、全て「商品」の中に込められているなんて、原価計算と引越の好きな僕には見逃せないスポットです。FUNのメインの活動である「FUNゼミ」も、来週からは毎週土曜に、赤坂で行うようになります。


その赤坂で、1日に2回以上利用するお店といえば、「キンコーズ」です。東京に遊びに行った時、有楽町に「ビジネスコンビニエンス」と書いたコピーショップがあって、「なんと便利な店だ!」と感激


のち、経済誌の記者として630社を取材しましたが、その記念すべき初取材先が、九州では博多駅筑紫口にオープンした、「キンコーズ」でした。大学街のコピーショップから、全世界に展開するコピーフランチャイズを創業したポール・オーファラのエピソードを知り、「福岡にもできればいいのに」と悔しい思いで東京から帰ってきたからです。今では、フェデックス(Federal Express)に買収されてしまいましたが。

そのキンコーズから、ベローチェに行こうと信号を渡ると、目の前にはマックがあります。マックは先ごろ、「エビちゃん」を起用し、エビバーガーを大ヒットさせましたが、僕はこのモデルさんを、恥ずかしながら最近知りました。


株価価格戦略には興味があったものの、僕の中では「マック」と言えば、エビちゃんよりも「藤田田(デンと発音して下さい)」なので、これは、勉強不足だと感じました。


さて、そのマクドナルドと言えば、世界で初めて「フランチャイズ」を発明した会社です。日本にも昔から「家元」という制度があり、これもフランチャイズなので、アメリカが世界初だというのは悔しいですが、マックほど組織的・戦略的に手掛けた会社は、確かに同社以前には存在しません。


今では、世界中のカトリック教会を超える面積の不動産を持ち、アメリカでは米国陸軍に次ぐ雇用主となり、「マクドナルド」はアメリカ文化の象徴となっています。

そのマックを創業したのが、レイ・クロックです。ミキサーのセールスマンとして奮闘していた彼は、ある日、老夫婦が経営するハンバーガーショップの仕組みに驚き、大金を投じてお店を買収しました。

「おいしかったから?」

違います。「ものすごい産業になる!」と直感したからです。彼の伝説的な経営手法は、「マクドナルド~わが豊穣の人材~」(徳岡孝夫訳・プレジデント社絶版)に詳しく紹介されています。

そのマクドナルドは、「一体、何のお店でしょう?」と聞いたら、地球上の9割の人は、「ハンバーガー屋だろ」と答えるでしょう。FUNでは、ほとんどの学生さんが読んだ「金持ち父さん貧乏父さん」(ロバート・キヨサキ/筑摩書房)でも、レイ・クロックが大学生に授業をする場面が紹介されています。

レイ・クロックがある日、アメリカのある大学で講義を行うことになりました。レイは学生たちに尋ねます。

「君たちは、私が何の商売をしているか、知っているかい?」

ある学生は、「ふざけないで下さいよ」と言いました。

ある学生は、「レイ、あなたがハンバーガーショップを経営していることくらい、誰でも知っていますよ」と言いました。

レイは笑いながら「違うね」と言った後、答えます。

「私のビジネスは、不動産業だ」。

呆気に取られた学生たちを前に、レイはマクドナルドの持つ仕組みを説明し、学生たちは得難い勉強ができましたというエピソードです。


仮に、今、そこに「6畳(3坪)」の部屋があるとしましょう。

決して大きくないこのスペース、もし「ワンルームマンション」として運用すると?

学生が住むなら、大体「月に5万」くらいでしょう。これを「30日」で割れば、「約1,670円」。家にいるのが「10時間」なら、一人暮らしの皆さんは毎時間、大家さんに「170円」を支払っている計算ですね。

ならば、「ビジネスホテル」は?

「1泊5,000円」として、すごいことですが「30日満室」だと、「5,000×30日=15万円」です。あらら。なんと、同じ「30日」なのに、ワンルームマンションの「3倍」の値段になってしまいました。

じゃあ、「マック」なら?

500円のハッピーセット」が、仮に1日「100個」売れたとしましょう。すると、「500×100人=5万円」です。なんと!たった1日で、ワンルームマンションと同じ売上になってしまいました。これが30日続くと、「50,000×30日=150万円」にもなってしまいます。

ほぼ同じスペースで、ワンルームマンションの「30倍」。ビジネスホテルなら「10倍」。恐るべし、マクドナルド。しかも、マックの商品は「ハッピーセット」だけじゃなく、来客数も「1日100人」どころではありません。


これだけの集客力と収益力を持つ商品なら、それを扱う店を自分も経営したいと、「テナント取得料金は自分で出してもいい」と思う人が、世界中で出てくるでしょう。


大きな金額である「不動産購入代金」を負担させてまで、つまり、「自分のお店を営業する権利」を買わせてまでも、ビジネスをさせたくなってしまう商品が、たまたま「ハンバーガー」だっただけの話だったんですね。


ハンバーガーは「人集め」の手段で、同社ではトレイを使った広告収入やライセンス収入もあるため、正確には、「広告のついでにハンバーガーも提供している」と見てよいでしょう。


このように、本部は「テナント料」と「売上の一部」という資産収入を手に入れ、ブランドやノウハウを貸し出す、というのが、フランチャイズの仕組みです。あまりにうまくできたシステムなので、開始10年くらいは、「マクドナルドはネズミ講だ!」というクレームや悪い噂が消えなかったそうです。


しかし、今の日本でも、夜中まで電気が付いていて元気がいいお店は、ほとんどがフランチャイズ(FC)です。「直営かFCか」というのは、飲食店の経営者が規模拡大を図る時に直面する悩みですが、FCのメリットは、「雇用」ではなく「提携」にあります。


「頑張るほど儲かる」という、人間の欲求の基本に、よくマッチした仕組みです。もちろん直営にも、命令しやすく帰属意識が強い、というメリットがあります。


さて、マクドナルドが「ハンバーガー屋」ではなく、「不動産会社」なら、こっちにも分かりやすい話があるぞ、ということで、FUNでは1年生の頃から教えている話があります。


それは、「エプソンはプリンタ製造・販売会社じゃないぞ。リース会社だ」という話です。学生さんは「え?この人おかしいんじゃないか?」という顔をします。

しかし

あなたが就活を迎え、「エントリーシートとかいう書類をプリントアウトしなきゃ」と、ベスト電器で「通常29,800円」のエプソンのプリンタを、「14,000円」という特価で買ったとします。「印刷って楽しいな」と、あなたはネットの様々なページを、どんどんプリントしていきました。そして数日後、プリンタに「赤いランプ」が点滅します。


「あ!インクが切れてきた」と気付いたあなたは、家電販売店に行って、「1,400円のインク」を、黒とカラーの2つ、合わせて「2,800円」分買いました。「インクって、けっこう高いなぁ」と思いはしたものの、また満タンのインクが来て、あなたは会社情報や業務案内のページを、またいっぱいプリントしまたもや点滅。こういうことが、5回(10個分)繰り返されました。ということは?


インクの値段は、「1個=1,400円」。ならば、それを10個買ったということは、「1,400×10個=14,000円」という計算になります。あなたは、「あれ?どっかで見覚えのある数字だな」と思いました。そう。それは、「プリンタ本体の値段」と同じ値段だったのです。


つまり、小さな金額と思っていてインクを買っていても、それが「10個(14,000円)」を超えた時点で、エプソンは、あなたにとって、「メーカー」から「リース会社」に変身してしまったのでした。


なぜ「リース」かと言えば、あなたは「プリンタ」というハードを使い、「インク」というソフトを購入することで、機械が壊れるか新品に買い換えるまで、継続的に「インク代」を支払い続けるからです。


従って、「インク代」というのは、「プリンタ」という固定資産(というには少額ですが)を使用するための、「リース(賃借)料」と考えられます。


耳を澄まして下さい。聞こえますか?全国の学生さんが企業のページをプリントするたびに、エプソンの預金口座に小銭が振り込まれる、「チャリン」という音が。もう誰も、「プリンタ」は買っていません。しかし、エプソンの口座には、半永久的にインク代が振り込まれ続けるのです。


FUNでは3年前から、どの業界もこうして「財務」や「企業戦略」、「会計」を重視した教え方をしています。だから、FUNの学生なら「エプソンはプリンタ会社じゃない」、「マックはハンバーガー屋じゃない」というのは常識ですが、新しく入部される方は、「何の意味だ?」と戸惑うようです。


読者の皆さんも、よかったら友達に「マックって何の会社?」とか、「エプソンって何の会社?」と聞いてみて下さい。「不動産会社やろ」とか、「リース会社」という答えが返ってきたら、その人は、本メルマガの読者である可能性があります。


もし、「エビちゃんかわいいね」とか、「うち、キャノンやけど」という答えが返ってきたら、心の中で「ふふっ」と笑って、「そうだね」と言ってあげましょう。プリンタを買う時は、先にインク代を見てから買いましょうね。


目に見える商品だけが、その企業の商品ではありません。携帯電話会社が、比較的新しい機種を「1円」とか「100円」で販売するのは、電話はタダ同然で販売しても、「通話料収入」という「インク代」が欲しいからです。


シャープペンの芯、CD-R、ガソリン、コンタクトレンズも、仕組みは同じ「歩留まり(累積・継続収入)」です。


キャッシュフローを観察すれば、企業は「消費者の視点しか持っていない学生」には見えない、本当の姿を見せてくれます。ちなみに、先週から呼びかけ、応募者が30人を超えた「学生アルバイト」も、これと同じ仕組みを持っています。


会計を知れば、企業の本当の狙いが見えてきます。そして、経営者と発想のチャンネルが合い、心と言葉が通じるようになってきます。そういうのが、「業界研究」という作業です。

■「内定への一言」バックナンバー編


「社会福祉と経済の不思議な出会い」(十八・六・ニ八)





わが国の少子化の特徴


先週読んだ新聞記事に、「二十三世紀には日本人の数は数千人に」というものがあった。

良い見出しの条件である「ギャップ」効果に、私も記事を詳しく読んでみた。なにせ、「人口が数千人」というショッキングなニュースである。二十三世紀といえば、当然私はこの世にいないが、その数には目を疑った。


このニュースは、既に懸念されて久しい「出生率」の分析で、それが一・三を割り込むと人口の純粋な「拡大再生産」機能が失われ、時間の経過に任せて絶対数が減るという少子高齢化の基本的統計の最新版だった。



「増税」を唱えれば、有力政党の候補者でも落選していた数年前と比べ、今では「少子化対策の増税ならやむをえない」と、世論も納得するわが国の喫緊の問題が、少子化だとされている。


しかし、いずれの国でも歴史上、人口減少が自然に続いたケースはない。人口構造が一巡し、少なく豊かな世代が親の代になると、人口は自然増に転じるのが世の習いである。


ところが、そんな歴史の事実に気を配る余裕がないのが、わが国の実情だ。なぜならわが国の少子化は、上の世代と比較した場合の相対的現象であることから、必然的に「財政負担」と関連付けて議論されるからである。



わが国の議論の出発点は、「このままだと、将来の子供たちは兄弟ゲンカもできないぞ」という人情的な心配ではない。


「このままだと、将来の年金制度が崩壊するぞ」とか、「このままだと、将来の子供たちの家計負担が増大するぞ」という経済的な心配なのだ。


従って、出生を待望されている赤ちゃんたちは、「生産力」として期待されている面が強い。期待が高じて、たくさんの赤ちゃんを授かった家庭には補助金を出したり、出産費用を部分的に肩代わりするような自治体もあるという。


我々日本人は極端な妄想が好きなので、あくまで「試算」としてはじき出しただけの数値であっても、いざその数字を見てしまうと、極端な措置を取らないと落ち着かなくなるのだろう。



福祉や医療は本当に「外部不経済」か

そんな現在を「遠い未来」として描き、貧しかった日本を発展させようと、兄弟や家族と力を合わせ、明日の日本のために全てを捧げてきた方々は、今は「高齢者」となっている。



戦争や病気、栄養不足で多大な苦労を背負いながら、若い頃の質素倹約、粗食の美徳を貫いて生きてきたお年寄りの方々は、我々若者よりも健康である場合もある。


それが、ただ頑張って生きてきただけなのに、息子の世代が借金漬けの国を作り上げたため、孫の世代に子供が減ってしまい、相対的に「多い人たち」になってしまった。人間は、六十歳や七十歳の状態で生まれることなど不可能なのに、後から生まれた世代が少なかったために、「高齢者が多い」と言われているのだから、いい迷惑だろう。


年を取れば、病院や福祉施設のお世話になる機会も増える。労働に従事する体力はなくなるので、趣味や余暇を楽しむのが生きがいになり、経済統計では、このような方々は子供、主婦と合わせて「従属人口」とされる。


「労働人口」たる父親が養う対象(収入に従属する人々)、ということだ。ただ、高齢者が子供や主婦と違うのは、子供は将来的に、また主婦はいざという時に労働を提供して収入を作ることができるのに対し、高齢者は「出超」、つまり「出るしかない」ということだ。


生産しないのに消費する、働かないのに人の世話になる。さらには、時々体調を崩し、ひどい時には入院してしまうというのが、「純・従属人口」とされる理由だ。

これは、人間の一生を考えると、中年で死ななければ必ず発生する時間で、昔はそういうお年寄りを家族が支え、一生の苦労に恩返ししようと感謝して接していた(らしい)のに、今の日本人は気持ちに余裕がないのだろうか。

私は経済学部の学生だったが、病人を治療する医療、生産しない老人のお世話をする福祉、相手が「自然」であることから収入が得られない環境破壊や公害などを総称して「外部不経済」と呼ぶことを知り、驚いた記憶がある。
「国家や地域の経済活動に参加していない、金を食うだけの余剰部門」という意味である。

要するに、まともに働いて「ピッチ上で戦っているプレーヤー」が父親を中心とする社会人なら、ケガや故障、実力不足、あるいは反則で「ピッチ外で待機しているだけの選手」は不経済な存在だ、というのだ。


手っ取り早く順位や効果が分かる統計が好きで、戦前は外貨保有高、戦後は一貫してGNP至上主義を標榜してきたわが国には、この「サッカー式の経済観察」は、確かになじみやすかっただろう。

それにしても、不経済。つまり「無駄」である。私は学生時代、「自分が将来年を取った時、こんな呼び方で総称されてはたまったものじゃないな」と感じた記憶がある。


もっとも、今では低生産の「悪くない外部不経済」としてのフリーターという新たな余剰部門も誕生、定着し、政府を悩ませているが。


働けるのに働かない若者、働く人を支え、育てる主婦も時々世論に批判されるが、高齢者への批判は、私は個人的に祖父母にかわいがられたこともあって、時々我慢できなくなる。


だいたい、国家財政に迷惑をかけようと思って生きてきたわけでもなく、国のためを思って税金を納め、次世代を産み育て、国民としての務めを果たしてきた人たちを「不経済」扱いするのは、それこそ不敬罪に値する言動ではなかろうか。


老人が頑固だとか、融通が利かないとか、世話がやけるというのは、いつの時代も同じことだ。昔の人たちは、それを知って軽くあしらいながらも、心の中では尊敬の気持ちを持って接していただろうに、今の世論では軽々しく「老害」とか「老人駆除」という言葉を使い、自分がもし老人だったらと思うと恐ろしい社会になってしまった。



少子高齢化だから成り立つ新事業

現在の日本社会を覆うのは、まるで「子供が産めないのは、父親の低収入と祖父母の負担が原因だ」と言わんばかりの世論だが、今の人口構造をよく観察してみると、面白い形で裁定取引が成り立つことが分かる。

事業の基本は「困っている人」を見つけ、その「悩み」を解決することだ。今の日本で誰が何に困っているかと言えば、たとえば少子高齢化と聞いて「我々に関係がある」と思う人々であれば、「子供が減って困っている」という保育園と、「老人が多くて困っている」という家庭だろう。


一方は少なさを、もう一方は多さを悩んでいるのだ。そして、この二者の共通点は、「体力がないからあまり動けない」ということだ。


私はそこで、数年前から次のような事業を考えてきた。「地域のお年寄りをローテーション化して、保育園の先生になってもらう」という事業だ。今の保育園は、昔より月謝が高い。


少子化だから割高にせねば経営が持たない事情もあるだろうが、もう一つの理由は「ただ預かるだけ」では差別化できず、英会話や茶道、水泳などの習い事もセットになっているからだ。

職員や施設の収入を維持するため、今の子供たちは5歳になるかならないかのうちに、既に忙しい生活を送っているわけだが、これで本当に忙しくなるのは父親で、大学の学費はおろか、保育園の月謝ですら頭が痛いという若い夫婦も多い。


しかし、かわいい子供のためには仕方がないので、あと十数年、我慢するというわけだ。親として立派な姿だが、並大抵の苦労ではないだろうし、「子育て=金がかかる」という印象が強まるのも無理はない。


では、その保育園の先生が、「近所のおじいちゃんやおばあちゃん」だったらどうだろうか。二世代を育て、人生経験も知識も豊富で、赤ちゃんに対する忍耐力や愛情も強く、子供が大好きなお年寄りなら、年金収入もあるので保育園の先生を正式な職業とする必要もなく、一日三、四時間のパート労働でもよい。


子供にはゲームやキャラクター物で遊ぶよりも、昔の遊びを覚えて友達をいっぱい作ってほしいと願う親は多いだろうが、お年寄りならそれができる。民謡を歌って聞かせたり、童話を読み聞かせたりすることもできる。


そんなことで、「あと少し」の現金収入が入るなら、お年寄りの方々も喜ぶだろうし、月謝が半分か三分の一になれば、親も嬉しい。さらに、人生経験豊富な方々から面倒を見てもらえれば、母親も安心して働けるだろう。


もちろん、大切な子育てだけに適格者を選ぶことも大事だが、これだけでも現在の家庭が抱えている育児負担の増大、老後の収入の減少、幼児教育の安全低下、地域コミュニティの減少、という諸問題の解決に、かなり貢献できるのではないだろうか。


老人は経済的尺度で見れば「生産しない過剰在庫」かもしれないが、中には未来の日本を憂い、昔ほどの体力はなくても、小さな子供たちに自分の経験や知識を伝えたい、と思っておられる元気なお年寄りもたくさんいる。


そんな方々の経験や知識まで、本当の過剰在庫にしてしまい、地域で活用せずに「あらあら、おじいちゃんは寝ていて下さい」と言っているようでは、本当に寝たきりになってしまう。


それに、戦後の「祖父母に会うのは盆と正月だけ。有り難いのはお年玉をもらう時だけ」という冷たい社会が失った地域のつながりも、人間本来の姿に根ざした健全な形で再建できるのではないだろうか。


幼い頃、おじいちゃん、おばあちゃんの大きな手で頭を撫でてもらった、というような温かい思い出に裏付けられない「介護」や「福祉」といった言葉など、単なる抽象論、技術論でしかないだろう。


そんな社会が高齢化を迎える頃を予測して、三十年も前に書かれた山本七平氏のある本には、「敬老の日」が「軽老(老人を軽んじる)」となり、果ては「刑老(老人が刑務所に入る)」となるだろう、と書かれている。


たとえ老人ホームを不動産事業化し、若者をヘルパーに育てて「アウトソーシング」でうまく解決できたとしても、そこに人間の愛情が通わないシステムが健全に機能するはずがない。

私は企業経営者で、福祉のことは何も分からないが、博多区のある病院で社会福祉士として働く高校の同級生と話していると、病院や福祉施設には、本当に経済観念が希薄だといつも感じる。


彼女の話では、職員の中には「営利目的でないこと」を誇る者もいるそうだが、それは要するに「他人のカネ」で成り立っているだけの話で、誇るべき性質の話ではない。「非営利」でも、自分の拠出金で運営できなければ、営利以下である。暴利を目的とするのはいただけないが、利益を目的にせねば、一体誰が家庭を支え、経済を活性化させるというのだ。

「利益目的はダメだ」と言う人間ほど、他人の利益を食いつぶして生きているものだが、そういう人に限って利益を批判し、「儲かっていないこと」を誇るという奇妙な精神構造を持ちやすい。


まるで、「夫婦やカップルは過剰欲望主義者で、もてないことこそ素晴らしいのだ。一人の人間が一番レベルが高いのだ」とでも言っているような倒錯した心理だ。


「もてないこと」を認めない人間がカップルを恨むように、稼げない人間は稼ぐ者を批判して自尊心を満たす。経済の勉強を始めた友人にこの点を話すと、「病院とか福祉施設は、まさにその通り」とのことだった。


付け加えて、「いい人が多いんだけど、お金のことは院長も含めてさっぱりかな」とも言っていた。さらには、「寄付」や「援助」を期待するのが当たり前で、「組織を経営する」という概念が全く問題にされず、「福祉はお金を生んではいけない」、「福祉は奉仕だ」という観念が根強いということだ。


私は記者時代、異業種交流会で彼女と話すまで、「福祉の人間には経済のことは分からんだろう」と決め付けていたし、彼女も彼女で、「経営者はお金のことばかりで、思いやりなんてない」と決め付けていたらしい。


それが、話してみると意外な接点が見つかり、それをクローズアップすると新たなビジネスチャンスが生まれたのだから、異なる分野で働く人の意見ほど、参考にしてみるものだ。


今回ご紹介した仮説は、事業としてはトントンの利益しか期待できないだろうが、それ以上にお年寄りや一般家庭に対するメリットが大きいだろうから、私は三十五歳くらいから手がけてみようと思っている。


もっとも、FUNから「そういう事業なら、ぜひやってみたい!」という学生が出てくれば、私はベンチャーキャピタルになって「FUN保育園」を応援し、ベビーシッターにでもなれたら、と思っている。


日本社会が失った家族愛、郷土愛、人間愛を復興させるには、少子高齢化こそ絶好のチャンスだというのが、私の意見である。

■「内定への一言」バックナンバー編


「ヒマ潰しは、最も多忙な仕事である」(CN・パーキンソン)




10人もいたらいいかな」と思って、先日呼びかけた「学生アルバイト」に、たった1日で、なんと33人から問い合わせが。さらに、さっき早速来た返信には、「何ですか、この収入は!こんな働き方を知ったら、明日にでもバイトをやめてしまいそうです」という言葉が。


今のバイトは、別にやめなくてもいいんですよ。僕が作った仕事は、時間も場所も収入も自由なので。知りたい方は、いつでも資料を送るので、「バイトに興味があります(要氏名)」と書いたメールを送って下さいね。



さて、昨日も「黄色い看板」に引かれて、気の向くままに行ってしまいました。どこへ?「プミス」?いえいえ、もちろん「ブックオフ」です。現在、ブックオフでは「春の買取キャンペーン」をやっていて、知る人ぞ知る名著が、「ほんと?」という金額で売っているのです。ということで、春風に吹かれながら、愛車タクトで今泉店に行ってきました。

うぉあるある

なんと、左の一番奥には、あの伝説の名著「人生と財産」本田静六・日本経営合理化協会」の豪華装丁版(定価14,800円)と、伝説的ディーラーが書いた「おカネの法則」大竹慎一・日本経営合理化協会)の初版本(定価16,800円)が、こともあろうにそれぞれ、「4,800円」と、「6,800円」で売っているではありませんか。


2冊で「11,600円」。古本にしては高いですが、もう、見つからないだろうなぁ(僕は同じ豪華装丁版を合計7,800円で買いましたが)金融業界に進む人は、迷わず買う価値がありますよ。


しかも、右の一番奥の「半額ビジネス書」のコーナーには、FUNで大人気で、長い間品切れになっている「人生を変える8020の法則」リチャード・コッチ/TBSブリタニカ)が、これもなんと、「850円」で売っていました。


6日のブックオフツアーの「リハーサル(何やそれ)」として、ちょっと一人で視察に行ってこようかなとか言うと、福岡女子大のNさんや福大のM君が許してくれないと思うので、あと5日だけ、ガマンします。


ということで、昨日は僕が大好きな「パーキンソンの法則」の続編を買いました。1960年初版の「はだかの経営者」は持っていたのですが、それはどちらかというと「個人編」で、僕は「組織編」をずっと探し求めていたのです。で、「これか!」と即買って、近くのベローチェにもぐりこみ、第1章を開くと、そこにあった言葉は

「ヒマ潰しは、最も多忙な仕事である」。


さすが、大英帝国の全ての組織や、東インド会社、他国の行政組織、企業を数万件観察して、あらゆる組織の法則を数式化した政治学者。抜群の要約だと感じました。


本書では、主に「なぜ、公務員は自己増殖を繰り返すのか」を扱っており、行政組織が延命を図るべく、腐敗と無用の増長を繰り返すプロセスが、事細かに描かれています。


現代日本にも通じる「増税と言い訳のスパイラル」が、見事に解明されていて、なんとすごい洞察力だろうかと、またまた感動しました。


それにしても、「ヒマ潰しは、最も多忙な仕事である」とは、言い得て妙です。僕は前作を訳した福島正光さんの、やや古風で学者っぽい翻訳文がお気に入りだったのですが、新版を訳した藤島さんも、素晴らしい翻訳力だと感じました。

「ヒマ潰し」を仕事だと思っている人は、まずいないでしょう。それは、仕事の合間をぬってなされる「怠慢」であり、目的が見つからない時の「一時的な休息」であったり、時間的余裕ができた時の「気晴らし」だったりします。


しかし、組織というのは「目的と仕事」を持つ人間集団であることを考える時、それを構成する人員は、「この組織に貢献するであろう素質」を見込まれて、構成員(社員、組合員)などの資格を付与されているはずです。だから、各自の知識や能力をうまく組み合わせ、目的を段階的に達成していくのが、本来の組織の目標のはずです。

それが、そうはならないのが、組織の不思議です。人が集まれば集まるほど、組織内の人間は、「意思確認」や「相互調整」に時間を取られるようになります。そしていつしか、組織の中には、「外部(顧客・社会)に貢献する」という本来の目的を忘れ、「内部(部課・上司)の機嫌を取る」というふうに、目的を履き違える人間が多数出てきます。



パーキンソンは、英国海軍や東インド会社、英国政府、フランス政府、途上国の内閣などの組織を対象に、政治スキャンダル、戦争、紛争、政策の変化、大事業の終了、といった「イベント」の前後の人員数と、成し遂げた仕事の間に「関数」を設定しています。


それは、実に驚くべき数字です。なんと、行政組織に限っては、戦争や政変などが勃発しようが、終わろうが、「職員数」だけは延々と増え続け、彼が導いた数式によれば、「公務員の大半は、ヒマ潰しという仕事をやっている」という結果が出たそうです。

彼が皮肉交じりに描く「役人の特徴」とは、

ライバルを嫌い、部下を増やすことを好む
本心は「昇進」なのに、「国民のために」と言うのが好き
時間、人員、予算を「節約する」のではなく、「増幅」させたがる

という、あまりに有名なものです。もちろん、ことごとく、民間企業とは逆です。


例えば、僕の弟は長崎で、従業員58人を率い、年商6億の建設会社を経営しています。 測量士補だった頃、「民間の工事を取らなければ、建設会社はやっていけない」と悟り、昨年、施工管理技師1級の国家資格を取得して、27歳で社長になってからは、会社を優良企業に改革しましたが、弟に聞いた「役人の実態」も、パーキンソンの指摘とぴったり一致します。


例えば、誰でも知っている「年末」と「年度末」の道路工事。なぜ、まだきれいな道路を、ああやって毎年掘り返さないといけないんでしょうか。


例えば、実例と比べてきわめて小額ですが、今年の「福岡県の道路舗装工事の予算」が、「10億円」だとします。4月に県に配分されたこの予算は、「競争入札」により、ちょうど1年で使いきるよう、県内の建設会社に工事が発注されます。それが、たまたま県内の建設会社が他の仕事で忙しく、年の暮れも近い「11月」になっても、まだ「5億円」の予算が余っていたとしましょう。


「余る」というのは、個人の家計や企業で考えれば、喜ぶべきことであり、重視すべきことです。月初に「10万円」のバイト代が入って、月末に「5万円」が残っていたら、誰でも「けっこう貯金したぞ」と思うでしょう。


「やばい、5万円も余ってる!」と焦って、「今持っている服」をもう1着買ったり、「先週見た映画」をまた見るような出費を繰り返し、「よし、今月もバイト代を全額使いきったぞ!」とは、思わないはずです。それが、健全な経済感覚というものでしょう。


しかし、「公務員」の世界では、この考え方は「非常識」なのです。役人たる者、請求した予算は、期限までに使い切ってしまわねばなりません。何が何でも「10億円」を最後まで無駄なく使い切り、年度末(3月)を迎える頃には「全額使い切りました!」と言えてこそ、一人前の公務員です。


だから、「この道路は、つい最近舗装した」というのも、関係ありません。「水道管は大丈夫か?」などと妙な配慮を見せて、税金をばらまかないと、お金はなくなってくれません。


そして、歳末に満を持して「わが課では、年度予算が足りないことが判明したため、来年度はさらなる予算の増額と、職員の増員が必要なものと思われます!」と官庁に請求(概算請求)し。「余計な仕事を維持・存続させるため、より多くの税金の分け前を取り、より多くの職員を増やした」という課長が、「立派な役人」として、昇進していくのです。


役人の給料は「税金」です。法律に則って、強制的に徴収できる「売上」なのですから、金銭感覚が非常識で当然です。一体どこの社長が、顧客に法律を適用して「この商品を買え。買わないと訴えるぞ」と言うでしょうか。もし、そうやって買わせることができれば、笑いが止まらないでしょう。


もちろん、民間においては、そういう非常識なことは起こりえないので、社長さんたちは日々、「どうやったら気持ち良く買っていただき、満足していただけるだろうか」と考えているわけですが。


もっとも、弟が言うには、公共工事は「雇用対策」としては、職業訓練予算よりも質がいいから、一概に減らせとは思わないようでした。「あのおっさんたちは、訓練してもどうせ働かんよ。それより、単純労働の方がいいやろ。肉体労働ほど楽なものはない」ということです。


僕の祖父は大蔵省(現:財務省)で、叔父は労働省(現:厚生労働省)の役人で、母方の祖父は福岡県庁の公務員だったため、母は音大を卒業してからは、自分でピアノ教室を作りました。


そして、僕が幼い頃から、「国家公務員は忙しいけど、地方公務員はヒマ。公務員だけには、絶対にならないで」とよく僕に言っていました。さらに、「地方公務員は、50歳以上じゃないと採用しないようにすればいい。どうせ同じ仕事ばっかりやるんだし、いい年した若い人間が、何も昼間から、ボケッと口開けてヒマ潰してる必要はない」と言っていました。


・住宅購入、出産、育児、進学が必要な世代(2040代)を公務員として採用するから、税金が増える。

50歳を過ぎても体は動くし、今はコンピュータもあるんだから、高齢者の現金収入として、「1日4時間」くらいの労働で交代させれば、年金対策にもなる。

・原則、審議や高度な技術が必要な部門以外は、若者は地方公務員応募禁止にして、自分で仕事を作らせるべきだ。

と、一家庭の母親にしては優れた経済観察を披露し、「地方公務員は年寄りにさせろ」論を唱えています。僕が総理大臣なら、公務員試験には、ぜひ「逆・年齢制限」を設けたいところです。


春日市役所に勤める僕の小学校時代の同級生・Y君に、ある日の夕方、6時半頃に電話をかけると、「カコーン!」という音。なんとそれは、「ボーリング場の音」だったのです。さらには、それは「二次会」でした。いやはや、同級生だけにいつもどぎついことを言い合っていますが、「7時前で、すでに二次会か。すげぇ、さすがは公務員」と感じました。


子供の頃から、「金持ち父さん」型の発想を持った母に育てられた僕は、「公務員キラー」として頑張っています。今まで、「公務員試験を考えている」という友人・知人を30人以上、方向転換させ、民間企業に就職させました。「税金を食う側」の人間を、「税金を納める側」にコンバートさせた、ということです。

日本で一番就業人口が多い業界は、建設業界の「650万人」です。次は公務員で、国家・地方合わせて「570万人」います。合わせて、約「1,200万人」。わが国の人口は「1億2,000万人」ですが、労働人口は「6,300万人」なので、道行くおじさんに声をかければ、「5人に1人(20%)」は、税金を主な収入源とする「建設業界の人か公務員」という計算です。この比率は、地方に行くほど高まります。


そして、この「20%」という比率は、所得税や消費税、固定資産税、自動車税、たばこ税といった、個人負担の税金の平均値と、ほぼ一致するではありませんか。法人税とかは、ここでは加えませんが。そのくらいの大まかな比率くらいは、大学を出ていない僕でも計算できます。


積算と測量のプロである弟は、もっと詳しく計算していました。そして、組織論と数学の専門家であるパーキンソンは、それをさらに鋭く数式化しています。

ということで、全ての人がそうだと言うつもりはありませんが、組織の原理が「社会主義発想」に近い「官庁」や「役所」では、

・1人でやれることを、3~5人でやる
・他人の税金なので、使途を考えずにぶち込む
・あれこれ理由を付けて、余計な部署とヒマ人を存続させるという事態が、半永久的に続くことになります。


そしてこの原理は、企業内の「事務職」でも適用されるというのが、パーキンソンの指摘です。彼は「無意味な膨張」と「不慣れな協力」を防ぐため、様々な例を挙げて組織改革の提案をしています。それらを現代風に翻訳すると、まさに「アウトソーシングしなさい」と言っているのと同じだと、読み終えてから気付きました。


また、個人であれ、作業が目標に向かって進んでいない間は、「ヒマ潰し」という仕事をしている、ということになります。進んでなければ、その時間は確実に、明日の作業を圧迫するわけです。

「他の仕事ができないほど、ヒマ潰しという仕事は忙しいのだ。彼らは作業の量ではなく、下手な時間と金の使い方によって、自らを苦しめている」

という事実こそ、彼があらゆる組織の肥大化から発見した原理でした。ゆえに、彼は一流のレトリックで、ヒマ潰しを「最も多忙な仕事」と言ったのでしょう。


「何によって忙しいか」、「どう忙しいか」で、人柄も未来も見えてきます。「5月病」とは、怠け者がそう指摘されると安心するだけの言葉ですが、私たちは必要なことで忙しく、かつ、忙しさ自体も質的に成長させ、毎日に達成の手応えを感じる生活を送りたいものですね。