アートマーケットに出店してみます。
来月の10月12日(体育の日)と31日(土)です。
場所は、吉祥寺の井の頭公園。
ここでは毎週末に「手づくり系」フリマが行われてて、にぎわってる様子。
それに参入したいんだけど、売り手が多すぎて参加者を絞り込んでるみたいなのです。
今回は「一日チャレンジ」といって、来年度募集分のプレゼン的仮出店。
ここで売り上げて、役所側のお眼鏡にかなえば、新規参入できる・・・のかな?よくわかんねーけど。
というわけで、管理事務所まで申し込みにいってきました。
さすがはお役人様、律儀で慇懃で、吟味がいちいち細かい。
口元の作り笑いと猜疑のまなざしの対象が面白かったな。
それを無事にパスして、チャレンジ番号を頂戴しました。
「51番」でした。
わーい、野球の背番号と一緒。
いいことありそなヨ・カ・ン。
で、ナンバーズを買って、家路につく。
しかし帰ってみると、ヨメはんがロンドンから帰国してました。
もう少し長く滞在してくるものと思ってたのに。
なかなかこの世の中、そううまく運ぶものではありませんな。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
文章仕事や、考え事に熱中してると、頭が煮え立つ。
そんなときは、本当に頭脳の奥底の一点に没入してるので周囲も見えないし、音も聴こえない。
「無我の境地」と言っていい。
それが終わると、脳がカラになる。
軽くバーンアウト。
なんにも考えられない、機能不全状態。
セミに似てるかも。
やつらは七日間を絶叫し倒し、空っぽになって朽ちる。
だけどオレは人類なので、現世に復帰しなければならない。
空っぽのまんまというわけにいかない。
そんなときは、クールダウンに酒を飲む。
飲めば、回復してくる。
血液が細胞内を走りだすような感覚。
酒無しには生きられないよ。
ありがとう、酒。

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イチローを嫌いなひとは、たぶん「生意気」とか、「ナルシスト」ってところで嫌悪感を感じてるんでしょう。
が、果たしてプレイヤーにとって、そんな些末な要素が価値に影響するものでしょうか?
太宰治や川端康成がどれだけ奇妙なひとだったかという点を勘案して、作品を軽んじるようなもの。
そのパフォーマンスのすばらしさは、人間性や、いわば人付き合いというものとはまったく切り離して考えるべきものです。
「人格者」として尊敬される松井は、メジャーで変節してぼくらをがっかりさせたわけだけれど、果たしてイチローがぼくらをがっかりさせたことがかつて一度でもあったか?と言いたいのです。
でもあるな、たまに本数稼ぐためとしか思えないバントヒットとか・・・
だけどそれをきちんとやってのけて数字にのっけるというところが人間離れしてて、ぼくらはぐうの音も出せないわけです。
さて、冒頭の「生意気」とか「ナルシスト」の件ですが、彼のインタビューを聞いてると、その批判が的を射てないことがわかります。
生意気やナルシストというのは、「当人の勘違い」の産物です。
イチローは、少しも勘違いしてない。
彼は感性が特殊なだけで、そして尋常ならざる境地に実際に到達してしまってるので、ぼくらにその立場の意味が理解できないだけなのです。
ぼくら凡百の人間には、もちろん理解などしようもありません。
なぜなら彼は、古今東西この世に存在した人類の中で、最も野球がうまい人物なのだから。
「最もうまい」という点に納得できないなら、「最高の記録を残し」「最高の記憶を残した」人物と言いかえることもできます。
それはすなわち、「唯我独尊」を口にしても誰にも文句を言わせない高みに存在してる、ということです。
伝説として今後100年語り継がれるお方様。
だから、あのインタビューはしょうがないの。
あきらめてください。
ところで、ぼくの好きなイチローの言葉に、「引退するのは、腹の出たとき」というのがあるんですが、これもすごい思想です。
本当に、本当に、イチローはほんっとーに、変人なのですよ。
そして、そのついでに、大天才なのです。
だから、しょうがないのです。
あきらめて、見守りましょう。

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「乱暴」という報道用語(ひょっとして法曹界用語?)は、きちんと「レイプ」と表現するべきでしょう。
この使い分けは、被害者に対する配慮なんだろうけど、加害者に対する酌量のようにも聞こえます。
言葉ひとつで、軽~い罪を犯したかの印象に濁してしまう効果がありますね。
れっきとした強姦なんだから、きちんとそれを認識させなさい。
そして、こういった性暴力犯罪者には、「チンコ切り落とし刑」を適用していただきたい。
この手の乱暴者(法曹界用語)は斬首刑に処してもかまわないくらいの人間なんだから、そっちの(つまりムスコさんの)首を落とすくらいぜんぜんかまわないと思います。
被害者が生涯負い目に感じるような犯罪をしでかしたのだから、その対価として、自分の首無しチンコを見るたびに生涯後悔しつづけてもらいたい。
そのように思うんであります。
オレが政権獲ったらそうするね、うん。

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どうも解せないのが、この左についてる「アクセス状況」のカウントね。
一日に95人が見てくれてるのはわかるけど、閲覧が696回って、ほんとなのか・・・?
一人あたり、一日に7回見てくれてるってこと?
それとも、猛烈なファンがいて、その人物がひとりで600回近く見てるとか?
あるいは、gooさんが気を使ってくれて、「ポイント三倍の日」とかあったりして?
画像でも貼っ付けてあれば、出たり入ったりするからカウントが上がる可能性もあるんだけど、文章だけのこの乾いたページでこの数字っていったい・・・
なにしろ、解せんのですよ。

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親友がいない・・・
と、別に悩んでるわけでもないんだけど、いないねー、親友。
ひとりだけいたんだけど、死んじまったし。
それ以来、つるむ友だちがいない。
携帯持ってないからかな?
それとも、内気なの?オレって。
あ、短気?
ここんとこ10年くらいはひとりだねえ・・・
ま、ひとりで行動する方が気が楽でいいんだけど。
つるむのは苦手だしなあ。
ましてや集団行動には適応できない。
ほっといてくれー、って走りだしたくなるもんな。
ひとりでいいや。
そう開き直れば、けっこうのんびり過ごせるし。
それにしても、あの歳で死ぬかね・・・
これからが楽しいのにねえ。
さ、今夜もひとりで酒場にいくか。

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場末の立ち飲み酒場で飲んでたら、隣にO.J.シンプソンみたいな黒人の大男がきたので、話しかけてみる。
「よお、どこからだい?」(ヨタヨタの英語)
「サクラメントさ」
「おお、L.A.の近くじゃねーか。コービィは最高だ」
「ふぁっく。レイカーズは好かねーんだ」
ぬぼーっとして、無口で、取りつく島がないのだが、ちょっと孤独感を漂わせてて、ほっとけないのだ。
「そういやおめー、マジック・ジョンソンにそっくりじゃねーか」
「オレはサクラメントなのさ」
「同じカリフォルニアじゃねーか」
名前を「ケン」という。
「おお、ケンか。日本のアニメを知ってるか?あたたたたー、みたいなやつ」
「『ホクトノケン』なら知ってるぜ。テレビで観てたからな」
「じゃ、歌も知ってるな?『ユー・アー・シャーック!』」
「シャック、ノー。shock 。レイカーズは好かねーっつってんだろーが」
と言いつつ、くすくすと肩を揺らして笑ってくれる。
つまり、シャックとは、レイカーズの名選手のシャキール・オニールのことなのだ。
ちょっといかす会話だろ?
こうして、場末酒場の夜は更けていくのだった。

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それにしても「小沢ガールズ」のレベルの高さときたら。(容貌の)
小泉チルドレンの女性陣が完全に色あせてましたな。
小池さんにしても、片山さんにしても、化粧がきつすぎるような・・・
比して民主党の女の子たちには、ナチュラルメイクがよく似合います。
つか、普通にきれいなひとが、政治をやるようになったのね。
「政治を」つよりか「選挙を」だけど。
やはり刺客として送り出すには、どんどん水準を上げていかなきゃならんのね。(容貌の)
次回の選挙では、いったいどういうことになってるんでしょうか?
あの女の子たちに差し向ける、新たな刺客のレベルたるや・・・
来夏の参院選が早くも待ち遠しかったり。
つか、どこ見て投票しとんねん、つ話なんだけど。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
選挙、いきました?
ぼくは小選挙区と比例区、別の党に入れてみました。
ぼくは選挙になると、台風の前日みたいにドキドキするのです。
競馬の結果を知るみたいに楽しいものね、選挙速報。
さて今回の選挙の結果、「政権交代」が行われるわけですが、これは「政権選択」の選挙じゃありませんでしたね。
よく言われてることですが、これは自民党政権にあきれた世論が示した拒絶反応です。
前回の総選挙では、小泉さん個人が圧倒的な好感度で自民党を絶対的第一党に押し上げたわけですが、今回の選挙は逆に、国民の自民党への圧倒的嫌悪感が野党を相対的に押し上げただけです。
前回は「ポジティブ投票」だったけど、今回は「ネガティブ(後ろ向き)投票」だったわけです。
選挙民は、ただ反対票を投じたにすぎません。
日本国民は、きっとこう思い悩んだはず。
「くたびれ果てた党だけど、引き続きまかせてみるか?」
「あやうい党だけど、一度ためしてみるか?」
んで、あやうい党のほうをためしてみることになりました、と。
そっちの意見が圧倒的だったのには、いろいろな訳がありそうです。
まず「4年前の自分の間抜けな判断に鉄槌」です。
これは「裏切られた感」と表裏一体をなすもので、雰囲気でもってあの党にすべてを任せてしまった後悔と反省でしょう。
また4年後に、同じ後悔を覚えてなきゃいいんですが。
それから、待ちに待たされた「焦らされ感」。
「はよせいや」「まだか」「まだなのか」なんて待たされ方をしてるうちに、なにがあっても政権党に煮え湯を飲まさないではいられない、という怨嗟が生じてしまいました、怖いね。
つまりまあ、民主党に期待して、なんて考え方じゃなく、自民党をこらしめたい、という後ろ向きなマインドになってしまったのですね。
自民党のCMで、アップになった麻生さんの他党の悪口ばかり言うダミ声を聞かされるたび、人々の心が離れてしまった、という些末な要素も積み重なりすぎました。
それが逆に、民主党の実体を隠すという効果ももたらし、皮肉にも相手に追い風を送る結果になったのですね。
というわけで今回、国民は政権選択をしたわけではなく、「やがて一度はためさなきゃならない」民主党政権というものを、このタイミングでためしてみようという判断をしたわけです。
つまり、本気で国を負託する決意ではない。
この試みは、おそらくかなりの確率で、そして大きな規模で失敗に終わると予想されるのですが、それは新しい世界を構築するためのコストと心得るべきでしょう。
とにかく二度か三度は好きに予算編成をさせてみないことには、民主党の力ってものを計りようにありません。
その結果と、過去50年間の自民党の実力とを天秤にかけた上で、ようやく「政権選択」という明晰な審判が行われるのでした。
それは4年後のこと。
そのとき、民主党が成熟してリアルな党に、自民党がヤスリにかけられてまっとうな党に、お互い成長してるといいですね。

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生きるって、大変だ。
三度のメシよりも手首を切るのが先決(鮮血ではない)、という女の子が工房にたまにやってくる。
パニック障害だか、鬱だか、とにかくやっかいな精神の闇に取り憑かれてるのだ。
病気さえ発症しなければとてもいい子なのだけど、とにかく会えば、手首が新しい傷でズタズタになってるのだった。
こないだなどは手首に飽き足らず、首筋に残った生傷を見せてくれる。
発作的に頸動脈を切ろうとした、というのだな。
救急車やパトカーから消防車まで出動させたらしい。
おいおいほんとに死んじまったらどうするんだい、と笑いながら言ってやると、死のうとしてやってるんですけど、と笑いながら返してくる。
こうしたほがらかな会話を続けてるうちに(根はシリアスな芝居なのだが)彼女はやがて安定し、心を落ち着かせて帰ってゆくのだった。
その彼女が7月半ばに交通事故に遭って足を折り、そのおかげでバイトにいけなくなり、ようやく復帰しようとした矢先にシフトの関係でクビになり、またまた面倒なことになったぞ、と思ってたのだけれど。
さっき電話をくれた。
一晩泣いたけど、刃物は手にしなかった、と。
バイトのクビに納得するのは苦渋の極みだが、そのバイト先にはとてもよくしてもらったし、店長さんにお礼を言ってスッキリと受け入れた、と。
本来なら、大きめのカッターを手首にあてて10回往復させるべき場面。
よく我慢したもんだ。
リストカットという行為には、「わかって」という叫びの代わりの見せびらかしという側面もあるんだけど、彼女の場合は、本当に自分の気が狂ってしまわないために行う防衛行動という意味合いが濃厚。
そして今回思いとどまれたのは、彼女にその防衛行動が必要なくなったのだ、と解釈したい。
つまり、治ってきてるのだ。
世間はきびしいね、と意地悪なくすぐりを入れてやっても、私にも甘えがあった、などと殊勝なことを言う。
ちょっと気分が悪いだけで遅刻したり、休んだり、社会ってそんなものじゃなかったのだ、悪いのは私だったのだ、と驚くべき生意気を漏らす。
しかもしかも、電話で話を聞いてくれてありがとう、などとオレへの配慮まで口にする。
すごい、すごい、なんという進歩。
彼女は内向きをやめて前向きになり、ひとの立場に身を置けるようになり、ものがスッキリと見えるようになり、つまり心の闇から抜け出しつつあるにちがいない。
このまますこやかに、何事もなかったかのように、社会にもどっていってくれそうな気がして、ちょっとうれしかったな。
以上、報告でした。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園