本が出版されて、やれやれ、と安堵してる今日この頃。
これで師範も「文化人」の仲間入りです。(「えせ」の)
で、次はといえば、やはり「プロフェッショナル」か「情熱大陸」に出演、という順序になってくるわけですが。
しかしいきなりそこに出てしまっても、顔が知られてない分、視聴率にも若干の影響が及ぶおそれがあるし、そのために番組スタッフたちさんやスポンサーさんに迷惑がかかるのは本意でない。
そこで、とりあえず「趣味悠々」あたりに出て、世間にキャラを売っとこう、という考えに及びました。
趣味悠々は、もちろんNHK教育の看板番組(?)で、タレントさんや素人さんたちが、その道のエキスパートの専門的な講義を受けてひとつの技術をマスターしていく、という、例のお定まり How to 企画です。
ジャズピアノ講座とか、書道講座、あるいはオカリナ入門、というアレね。
んで「ろくろ入門」の講師として、達人と称されるぼくにお呼びがかかるわけです。
ぼくが教える生徒役のタレントさんは・・・誰にしよっかな、なやむ。
ほんとは田中美里さんがよかったんだけど、こないだ「ギター教室」に出てたから、なかなかオファーはしにくいかもしれませんね。
そこで小雪さんを考えたんだけど、こちらは、今やってるドラマでものすごいろくろ技術を披露してるらしい。
生徒が師範よりうまかったりしたらシャレにならないので、この美女もパスすることにしました。
第三の候補としては当然、原沙知絵さんというチョイスになるんだけど、スケジュールがあうといいな。
それがだめなら、あとはどうしようか・・・
と、ここで一昼夜を費やして思い悩み抜いたのです。
誰がいちばんきれいか・・・いや、ぼくの番組に出演すべきか。
そして、たどりついたのです。
なんで忘れてたかなー、まったく、このうっかり者が。
日本芸能史上で最高に美しく、才能にあふれた女優さんを、です。
そのひとの名はね、つみきみほさん。(しってる?あ、しらん?)
来てくれんかなー、ぼくの趣味悠々に。
スタッフよ、命がけでオファーしろ。
何億つんでもかまわんぞ、必ず出演させよ。
つか、その前に、ぼくにオファーを持ってきなさい。
時給550円でかまわん。
いつでもまっているよ。

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友だちの妹さんは、その頃やさぐれてて、周囲からつまはじきにされてたらしいのです。
その彼女が、よくあたる占い師さんのところにいったんですと。
すると会った途端に、占い師さんは驚いた顔で言う。
「あんた、まわりをフェアリーが舞ってるよ」
つまり、妖精に祝福されてお祭りにようになってる、というのです。
すごい表現ですが、ぐれてた彼女はそれで憑き物が落ちたようになり、心やさしきお花屋さんになったそうです。
まじないにでもかかったのかな?
占い師ってのは、未来が見通せるわけでも、相手の心が読めるわけでももちろんないけれど、尋常ならざる洞察眼で被験者の本質を見抜く「異能のひと」です。
あなどれません。
ところでぜんぜん話が違うんですけど。
ぼくが25の頃かなあ。
ある大きなホテルで開催されたパーティにうっかりと出席してしまい、居場所もなくたたずんでたのですよ。
すると向こうから、小さな外国人がワイン片手に近付いてくる。
そしてぼくの前で立ち止まり、英語でむにゃむにゃとなにやら話しかけてきたのです。
え?なに、なに?わかんないんだけど・・・と戸惑ってると、隣にいた秘書みたいなひとが訳してくれる。
「彼は言っています。おまえの目は知性あるオオカミのようだ、と」
どういうこと?あんただれ?と訊いてみる。
それは、日本ヘラルドという映画配給会社の酔っぱらったユダヤ人社長でした。
だったら映画に出してくださらぬか?と振ると、それはできんよ、かっかっか、と小男は笑いつつ去っていきました。
あれはなんだったんだろう?
それにしても、すごいほめ言葉だと思いません?「知性あるオオカミ」。
大げさだけど。
ちょっと思い出したんで、書いてみました。
おわり。

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「松任谷由実と、中島みゆき、竹内まりや。この中のどれかには誰でも一度は絶対にハマるはずなんだけど、どれが好きだった?」
と、おねえなマスターは言うのだが、どれも聴いたことない・・・
「ありえない。そんなひといる?あんたの青春時代、大丈夫?」
そんなこと言ったって、チョイスの幅が片寄りすぎやろ~。
それとも、オレの趣味が特殊なのか?
ついでに、サザンも、ボウイも、尾崎豊も、全然聴いたことない。
「それこそ、ありえる?あんた、大丈夫?」
ひとの趣味はそれぞれなのだ、ほっとけ。
以前にこう訊かれたことがある。
「スピッツとミスチル、どっち派?」
この二組は、オレには同様に聴こえてたのだが、人物によると、ぜんっぜん違うらしい。
ナチュラル系と自己陶酔系、というジャンル分けらしい。
なるほど、それならわかる。
「カジャ・グー・グーとデュラン・デュラン、どっちが好き?」
は、オレたちの世代ではひんぱんに交わされた会話で、これは「思いつきエッセンスぶち込み系」と「精密構築系」というカテゴライズ。
価値観を問うには納得がいく。
オレが最初に買ったのは、恥ずかしいけどスティービー・ワンダーで、ビリー・ジョエル→ポリス→ジャズへと流れていき、日本人の歌うたいさんはまったく範疇外だった。
だけど今、昭和の歌謡を聴いてみると、しみじみとよかったりする。(おねえマスターの趣味なのだ)
もう少しそっちも聴き込んどくべきだったな、と反省してる今日この頃。
だけど冒頭の三人だけは未だに、その良さがよく理解できないのだった。

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タバコが死ぬほどきらいなんです。
・・・言ってしまった。
言ってしまったからには、余さず出しつくしてしまいますね。
ぼくはタバコについては、「マナーよく吸えばよい」とすら思いません。
「吸っていいですか?」と吸っていい場所で周囲の許可を得て吸ったところで、その行為が迷惑であることにいささかの変わりがあるとも思いません。
周囲で迷惑をこうむる人々に、ガマンしてもらう承認を得ただけ。
タバコを吸ったあとのヤニ臭ときたら鼻が曲がりそうだし、その移り臭を自分が漂わせなきゃいけないかと思うと、率直にアタマに来ます。
迷惑のかからない吸い方はただひとつ、誰もいない荒野でひとりきり吸うことですが、それすら環境への負荷がかかってます。
と・・・ここまでいくと嫌煙ヒステリーのシュプレヒコールじみてしまうので、別の話をしましょ。
ぼくは生まれてこのかた、タバコを吸った経験はほぼ皆無なのですが、陶芸の修業時代に「タバコを吸いはじめることにしよう」と試みたことがあります。
「タバコを吸いはじめよう」ではなく、「タバコを吸いはじめる『ことにしよう』」です。
つまり、タバコを吸いはじめると仮定して、その瞬間に禁煙をはじめてみたのです。
タバコに火をつける前に、いきなりタバコをやめたわけね。
そしてその禁煙分を貯金に回し、陶芸の専門書を買うことにしたのです。
結果、驚くべき物量の知性を手に入れることができました。
なにしろ一日にタバコ一箱分を節約するとして、ひと月に9000円分もの書籍を手に入れることができるのです。
陶芸の専門書は、1000円も1800円も3500円も5000円以上もするものもあるので、これは大変ありがたい資金でした。
本当に夢のように、湯水のごとくに本に高額を放出し得た一年です。
一年が過ぎると、ぼくの修行小屋には、120冊もの陶芸書が黒山を築いてました。
わが工房の一角を占める「森魚文庫」は、タバコ基金のおかげで収集することができたのです。
これほどタバコに感謝したことはありません。
・・・さて逆説すれば、タバコを吸う人々は、巷間で言われるように健康と財産と尊敬に加え、一年につき専門書120冊分の知性をもロスしてるということになります。
↑この点については、喫煙者の勝手自由であり、非喫煙者の独善レトリックにすぎませんが。
ただ、円楽さんや筑紫さんのガン死を、きちんと「おろかな」「バカげた」「もったいない死に方だ」と、タバコに結びつけて考えてみた方がいいのでは?とは思います。
内臓が荒れ、お肌が荒れ、体臭がきつくなり、加齢を早め、死期をも早め、それだけならまだしも周囲に迷惑をかけつづけ、ひんしゅくを買う行為をどうしてつづけなければならないのか?心底から理解できません。
タバコ税を上げよう、と政権党は議論をはじめてて、500円に、いや600円に、いっそ1000円に、と喜ぶべき数値がかまびすしいわけですが、実現しねーかな、マジで。
するとですよ、それを機会に禁煙を決断する人物は、理論値では「300円時代の数倍もの財産と知性を手に入れることができる」わけですよ。
いやー、うらやましいです、ぼくもこの時期に禁煙すりゃよかったなー。
で、ぼくがほんとに言いたいのは、シンプルにこの一言です。
「タバコやめろー!」

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無人島に一冊を持っていくなら、サン=テグジュペリの「人間の土地」にしよう。
・・・と以前このブログに書いたのですが、こないだ新聞読んでたら、なんとなんと宮崎駿さんの座右の書もおんなしチョイスでした。
しかも彼も同様に堀口大學氏の訳について言及してて、この考え方のおんなしっぷりにうれしくなってます。
この本は、「星の王子様」を著した作家の、自分の冒険譚を素材にした哲学書みたいなものです。
ヒコーキ乗りらしく、人間界の暮らしっぷりを俯瞰でとらえ、神様の視点で人間の苦悩と精神世界を描いてます。
大傑作というよりは、さまざまなエッセンスをぶち込んで凝縮した、珠玉の知性。
みっしりと、本当に濃密に思想が詰まってて息苦しくなるくらいなんですが、そのおかげで、何度しがんでみても新しい味わい方ができるので、無人島に持っていくにうってつけ。
好みは絶対に割れる、異様な文学ですが、ヒマすぎるひとは読んでみてもいいかも。
ぼくは常にカバンの中に持ち歩き、アホすぎる人間たちに囲まれた電車内で、彼らから隔絶された文字の世界に閉じこもってます。

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大食らいで大酒飲みだけど、苦手なものがある。
「手羽先」と「日本酒」が無理なんだよなー・・・
手羽先は、軟骨が歯に当たるあの感触がだめ。(ひーっ!)
きれいにほぐして、お肉のとこだけ食べさせてくれるやさしいガールフレンドが横にいてくれるようなときにだけ、食しております。
日本酒は、偏見なのか、甘すぎておいしいとは思えない。
思うんだけど、甘みのない焼酎は、料理の後口をさっぱりと流すための「リセット飲料」で、味が濃厚な日本酒は、料理の味や風味をさらに引き立たせるための「飲む料理」としてカテゴライズできるのではなかろか。
日本酒は、西洋では「デザート」みたいに飲まれてるとか聞いたことがあるし。
とにかく、ぼくはビール・焼酎・ジン派なのです。
あと、デザートで思い出したけど、果物は食べないなー。
弁当箱の中で、黄ばんでグシャグシャになってるイメージがある。
きらいだったな、あれは。
新鮮なものを食べられる今になっても、あまり魅力が感じられない。
果物ゼリーとか、大好きなのにね。
やっぱし「ひとがおいしく処理してくれた」ものが好きかな、王様だし。
前世の身分が殿様だもんなあ。(確信)
しょうがないよな。
そのわりに、大好物がキャベツとジャイアントコーンとベビースターラーメン、ってのはどういうことなんだろう?

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胃が丈夫でして。
昔から、痩せの大食らい。
ごはんなら、5合は食べられそう。
学生時代以来、そういうの挑戦してないなあ。(お店まで出向いて挑戦するのではなく、家でご飯を炊いて、自分の限界に挑戦してみるのです)
水も、一回の食事で1リットル飲みます。(「伊藤園の麦茶」だけど)
工房でもお茶を飲みっぱなしだから、一日に4リットル近く飲んでるはず。
とにかく、胃の容量が半端なく大きいみたいです。
これは、子供の頃に「エビオス」という整腸剤をたくさん服用してたからにちがいない、と思ってます。
整腸剤とはいっても、これはビール酵母で、幼いぼくはこの錠剤の味が大好きで、20錠も30錠もポリポリかじって食べてました。
なにしろ一瓶に2000錠も入ってるから、食べ甲斐がありました。
昔から、ビールが好きだったわけですな。
口さびしくなれば、こいつをかじり、胃は丈夫になり、また腹が減り、空腹を満たすために錠剤をかじる・・・の健康スパイラル。
そのおかげで、ついでにビールもたくさん飲めるようになったのでした。
おすすめです、「エビオス」。

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下のヨッパライの文章を読んだら、ひどいことが書いてありますね。
心苦しいんだけど、ま、本音ではあります。
書いた本人は、要は「ノムさんよ、その醜悪を演ぜねば、選手たちを御せられんのか?」ということを言わんとしてるのであります。
もちろん野村監督が、三流は無視、二流は褒める、一流はけなす、という流儀をとってることも知ってます。
ただ、このひとを見ててもちっとも愉快ではないので、その流儀自体が間違ってんじゃねーの?と思ってしまうのです。
なので、こんなこと書いてるオレ自身もノムさんと同じかな?と思いつつ、訂正も削除もしません。
悪しからず、野村監督ファンの方々、許してね。

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楽天の野村監督のことが話題にのぼってますが。
弱いチームをがんばって二位まで引っぱり上げて、自分の引退の花道をかざるべく日本一の座を勝ち取りたい、なるほど。
それを応援したくなるファンの気持ちもわかります。
しかし、ぼくの個人的印象を言わせてください。
ぼくはこの人物を見てて一貫して感じるのは、気分が悪いなー、ってことです。
彼の人気は、ウジウジした言動を面白がろうよ、というマスメディア発信の現象にすぎません。
彼は野球の知識がとてもあって、賢くて、チームを勝たせる方法論を知ってるひとかもしれないけど、このひとのインタビューは聞くに耐えません。
「ぼやき」と称した、悪口のオンパレード。
自分に向けられたぼやき(罵詈)を聞かされた選手本人のモチベーションは、はっきりと下がってると思うのです。
それが例の外国人選手とのトラブルの元凶でしょうし、他の選手たちの言葉尻にもはっきりとドン引きの気配が漂ってます。
その点を嗅げないのが、秀才監督の甘いところ。
誰もが「面と向かってはっきり言えやボケ」と思ってるんじゃないですかね?
この監督は、自分の考えと違う配球で打たれた投手がいるとけちょんけちょんにけなすわけですが、自分の考えと違う配球で打ち取った、つまり褒めるべき例も山とあったはず。
そこに言及しないで失敗をばかりあげつらうのはフェアじゃありません。
この人物の言動は全然面白くないし(つか、面白いですか?本当に価値ある言動をしたことがありますか?)、痛くて見てられない。
「すばらしい監督だ」という意見もあるでしょうが、ぼやき無しにこの知識と方法論を生かすふところがあったなら、今に倍する評価と勝負結果をこのひとは勝ち得てるはずです。
このひとがやめるとそのチームが突然勝ちはじめるのは、「野村が選手を育てたから」というのとは別の理由もあるんじゃないでしょうか?
・・・というところが残念だなあ、と思う点です。
せっかく賢いんだから、もう少し知性をすみずみにまで及ばせればいいのに。
フロントがすすめる通りに、監督業は今季限りにした方がいいでしょう。
このひとは、評論家をしてる姿が一番似合ってるのです。
解説席に座ったこのひとの「野村スコープ」は、ほんとに面白いものね。

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アホ丸出しの営業電話がよくかかってくるんだけど、もう少し日本語を勉強してからかけてきてほしい。
彼らは「おたくはゆきとどいていないので」という断定から入り、「してあげます」的な態度をとるんだけど、余計なお世話やっちゅーねん。
このバカの中の何人かは、HP作成とか、携帯配信とか、SEOとかの話題を、むつかしい言語を用いて引き込もうとする。
あれは営業テクニックなのかな?
「それってなんですか?」と食いつかせたいんだろうか?
とにかく彼らの用いる特殊言語がこちらには理解できないし、それをバカ丸出しの稚拙な日本語で説明しようとするので、言わんとするところがまったく伝わってこない。
それよりも、まずは正確な敬語から学んでほしいわ。
それが営業の第一の基本じゃろが。
彼らの態度には「話させていただいてます」的スタンスが皆無だ。
相手に貴重な時間を割いてもらってる、という一片の認識さえあれば、きっと配慮となって言葉に現れるだろうし、そうすればこちらも(断るにしても)心よく対応できるんだけどな。
でまた、その稚拙な話をよく聞いてみると、とっくにこっちがやってることだったり。
そもそも、うちのHPを見たこともなくて、なんでHP作成などという営業を持ち込んでくるのだろうか?
「うちは自分でできますから」と、たった今かかってきた電話には断りを入れたんだけど、「それで満足してますか?」(「満足されてますか?」ではない)などと失礼なことをいい、「自信ありそうですね」などと高飛車なことを言う、くそガキが。
一度うちのHPを見てくださいよ、と水を向けると、「わかりました。見てから、また電話します」(「拝見してから、また電話させていただきます」ではない)と言って切られた。
今頃うちのHPのクオリティを見て、おしっこをちびってるにちがいない。
ちっとも電話こねーし。
かわいそうになってくらー。
きみたち、今少し人間としての振る舞いを、そして今少しきちんとした日本語を勉強せねば、契約のいっこも獲れないよ。
営業テクニック以前に、今少し「人間性をこそ」磨きたまえ。
さて、驚くべきことに、「うちは結構ですから」という断り方をすると、「はーい」とだけ言って、あるいは極端な例では、無言でガチャンと切る営業さんまでいる。
手間を取らせたエクスキューズくらい表明してから会話を終えなさい。
それが営業としての、言えば人間としての最低限の作法ってものでしょ。
本当に彼らには、会話まるごとのマニュアルというものが必要なんだなあ。
知性がなさすぎて、くたびれる・・・

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