こういう話題を持ち出すのは、わが国の現状のマインドにかんがみて適切なタイミングではないかもしれないけど、書かせてもらいます。
ゆうべNHK教育で(あれは「時論公論」とかかな?)、今回の原発事故のお話をしてました。
そのキャッチが優れて的を射てて、すなわち「『想定外』は予想外」というものだったのですね。
ぼくもまさにその点に注目してたんで、我が意を得たり、と感じました。
つまり、「原発に『想定外』などという言い訳は許されない」という論調です。
考えつくかぎりのあらゆる、すべての、一切の、最悪の、身の毛もよだつほどのところまでを想定して、それに備えとかんかい!ということです。
一発爆ぜたら世界が終わるんだから、これは当然の姿勢です。
ところが、電力会社さんはそうじゃなかったわけです。
「輸送ルートは秘密です」「情報は極秘です」「造りを教えるわけにはいきません」「テロリストの手に渡ったらどうするんですか」「教えられません」
こうして国民は何も知らされないままに、原発はつくりつづけられました。
テレビでは「原発は安全でクリーンなエネルギーです」と毎日流されてました。
国民はなんとなくそのまじないにかかり、保証もないままに「秘密つってんなら、それなりの安全は担保されてるんだろう」とぼんやり思って過ごしてきました。
ところが、聞き分けのいい国民たちが信じてきたものが、ここまでずさんで粗雑なものだったとは。
開発者たちのその剛胆には、はっきりとドギモを抜かれます。
どれだけ甘く見てたの?
ここまでなめてかかってたとは、ほんとに信じがたい気持ちです。
発電所の電源が落ちただけでメルトダウンがはじまるなんて、誰が想像してたでしょうか?
最悪、電気で動かなくなったら、手動で処置できるようにしとくべきでしょ。
「メルトダウンは起こりえない」って、なにを根拠に?
起こったときにどう対処するか、そこまで考えとかないと。
この無能は、万死に値するほどの罪です。
ここまでわが国の科学力・・・いや、発想力、ひいては人間の質が衰禿してたとは、驚くばかりです。
世界中に恥をさらしたニッポン。
だけどこれでちょうどよかったのかもしれません。
不遜な態度を捨て、これからはもう少しマシな「自然とのつき合い方」を模索していこうではありませんか。
その前に、わが国にはこの件をきっちりと片付ける義務があります。
米軍は決して助けてはくれません。
彼らも、自国民を危険な目に遭わせるわけにはいかないのですから。
ぼくら日本国民ひとりひとりが責任を持って、どれだけの対価を支払ってでもやり遂げないと。
原子力は、ぼくらがぬくぬくと過ごすために無理してつくられた「反自然」です。
「便利すぎる社会をつくることこそ、快適の実現」なんて愚かな考えは捨てて、最小限度のものを分け合って、つつましく生きようではありませんか。
それがわが国古来の「わびの思想」ってものでしょうが。
東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園