家中の窓を開けっ放しにして、上半身はだかんぼで寝る。
トウモロコシ畑をわたる風がひんやりとした酸素を運んでくれて涼やか。
もう少し暑くなったら、扇風機を稼動させよう。
盛夏には、氷マクラをプラス。
これで熱帯夜も大丈夫。
クーラー?
だって、ないもの。
工房にはさすがに設置したけど、日常生活の場には必要ない。
そのかわりに、扇風機は4台あるんだよ。
リビング、パソコン(+ピアノ)部屋、寝室、脱衣所。
あと、ウチワを二~三本用意するか。
これで夏対策はバッチリだ。
ビールも麦茶も冷えてるし。
豆腐もミョウガもエダマメも。
アイスも葛きりも水ようかんも。
ああ、日本の夏って豊かだなー。

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フェイスブックの仲間たちが口々に「原発反対」を言いはじめてるよ。
政治的な運動でもなんでもなく、ふっつーのひとたちが、ただただ納得できない点を口にする、というこのムーヴメント。
これが大波みたいにうねってくんだねえ。
ほんとにフェイスブックとかってこんなとき、機能するんだね。
ちょっと衝撃、つか、感動だよ。
あんたも遠慮してないで、叫んでみないかー?
ともだちのドン引きが怖い?
いいじゃん、引きたいやつにゃ引かせときゃ。
それと自分の哲学とどっちが大切なの、って問題だよ。
自尊心だけで行動すればいいのさ。
みんな「この国で原発が大爆発した!しかも三つも!」って、ついこないだの出来事を忘れすぎてると思うんだ。
子供がいるひとには特に考えてほしいよ。
「セシウムの半減期は30年!プルトニウムの半減期は2万4千年!」ってこともついでに思い出しといてもらえると助かる。
ちゃんと考えようよ。
ほんっとに行動しなくていいの?いつまでもひとまかせで黙りつづけてんの?ってこと。



ついでだけど、毎週金曜日には午後6時から首相官邸前で原発再稼働反対デモが、来週の16日(月・祝)には大江健三郎さんや坂本龍一さんたちが呼びかける「さよなら原発1000万人アクション」が代々木公園であるよ。
興味のあるひとはのぞいてみてもいいんじゃない?
市井のただただ普通な生活者さんたちが、組織に動員されるわけでもなく、誰に強制されるでもなく、ただただ疑問ひとつで足を運んでくるんだ。
女子も、子連れも、サラリーマンも、肉体労働者も、ガイジンさんも、老夫婦も、ナカヨシ学生たちも、有名人も、無名人も、ただただ「いい未来」を願って集まってくるんだ。
そんな風景をその目で見てごらんって。
ちょっと胸が熱くなるよ。
黙ってらんなくなるよ。

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世の男子のひとり残らずがそうであるようにわが輩もまた母親が大好きなんである。
酔っ払うと「おかーちゃんに電話してー」とよめはんにたのむのは、いざ自分が直接に話すのは照れくさいし億劫であるためなんであって、つまりおかーちゃんの元気を確かめられればそれでよいのである。
そしてよめはんとおかーちゃんが電話で話してるのをはたから見てるのが、しみじみとしあわせなんである。
よめはんが笑顔笑顔で「うん、うん」と相づちを打つのをながめてるのもたのしいし、あっち側でおかーちゃんがほがらかに最近の出来事のあれやこれやをしゃべり散らかしてるのを漏れ聞こえるくぐもった音声で想像するのもうれしいんである。
18で家を出て以来、一年でおかーちゃんに会えるのはせいぜい二度なんで、せめてこういうことをしたいんであった。

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太陽と月は、ほとんど見た目の大きさが同じなもんだから、天球(天にかぶせられたフタみたいなもん)の中でも、このふたつはまあそこそこ近いとこを周回してんだろう、と昔のひとはのんびり感じてたわけ。
だけどギリシャのアリスタルコスってひとは、地球と太陽と月との「距離感」の観測方法を考えついた。
すなわち、半月の日には、太陽は月の90度真横にいるわけだから、月と地球とを結ぶ線と、地球と太陽とを結ぶ線とでできる内角の角度を測れば、三点間の距離の比が求められんじゃね?と。
んで実際に測ってみたらあんた、その角度がほとんど90度に近い(観測値・87度。実際は89、5度だけど)ってことがわかったのだ。
つまり、三点を結ぶとめちゃめちゃつんつんの鋭角な三角形になり、その先っちょに太陽があるわけ。
「とおっ!つか、でかっ!」
太陽はとてつもなく地球と月から離れたところにあって、てことは、めちゃめちゃケタ違いにでけーぞ、と理解したわけだ。
さらにそこから、ひょっとして地球の周りを太陽が回ってるわけじゃなく、巨大な太陽が宇宙の中心で、地球のほうがそれを周回してんじゃね?とピンときた。
このざっくりしたやつが、ほとんど人類最初の地動説めいたものらしいです。
科学的思考がファンタジーをリアル世界に引きずり込むこの手の話って、好きだなー。

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なんで一切の原発の再稼働に反対なんか、っつー話をしますね。
あなた、きっと原発推進には消極的ですよね?
だけど、
「大飯は、動かしてもしょうがないか」
と考えてるわけですよね。
じゃ、次は?
「柏崎刈羽も動かすってか、しょうがないんかな」
その次は?
「浜岡か、ヤバそうだけど、政府が安全っつってんならいいか」
じゃ、いつ反対すんの?
あのね、あなたは沈黙することによって、原発を推進してるのです。
政府と電力会社は、あなたよりも賢いのでした。

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調子にのって、また書いてますが。

原発再稼働容認派のひとに考えてもらいたいのは、「もう一度、どこか国内の原発で福島みたいな破滅的事故が起こったら、それでもなお動かそうって気になりますか?それとも、ついに稼働反対にまわりますか?」ってこと。
二度やらかしても、いやそれでも原発は必要なのだ、と言いきれる信念を持つひとには、ぼくはイチモク置こう(つまり、もうほっとこう)と思います。
だけど「もっかいやらかしたら、考え直すかも」派には、ちょと立ち止まって考えてもらいたい。
かえりみてもらいたい。
常識的には、一度やらかしたらもう懲りるはずだと思うのですよ。
二度目、三度目があっちゃまずいでしょ。
それだけのシリアスな出来事だったんだから。
つか、忘れてないでしょ、一年と三ヶ月前のこと。
あるいはそれを思い出すために、あなたたちには二度目の事故が必要ですか?
それともまさかとは思いますが、もう二度と事故は起きない、なんて考えられるあったかい脳みそを持ってるのかしらん。
お豆腐みたいに始終震えてるこの国の地盤の上では、そして取り巻く長大なプレートのどこがハゼていつ大津波が起こるかわかんないような海洋国家では、もうそれは「起きる」とわかったのですよ。
あの国やこの国はじゃんじゃん新造してるじゃないか、稼動させまくってるじゃないか、といっても、それは事情が違うの。
この国では、だめなの。
二度目は、あるの。
だから、やめるの。
一度こっぴどい目に遭ったら、きっぱりとやめる。
それが「学習」ってもんですよ。

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もう飽きた?
でも書きますね。

工房の仲間たちで、腹を割って原発の話をしました。
原発の再稼働是認を言う何人かのひとたちの話を聞いて、なるほど、と思ったのが、そのことごとくが「原発は動かさざるをえないから動かさねばならないのだ」というもの。
すなわち、原発を止めることによって、ある種の人々の生活が立ちゆかなくなったら、まずいじゃないか、というジレンマです(是認に「なるほど」したんじゃなく、考え方の構造を理解したのでした)。
だけどそれこそ原発さんたちの戦略で、その論調・世論誘導にはまりこんで、考え方をからめとられてます。
しかたなくホールドアップさせられてるに等しい、と解釈できます。
原発を地元に誘致する→お金(補助金)が入る→だけど「ハコモノしかつくってはならぬ」とお達しがある→立派な建物をじゃんじゃん建てる→維持費が大変→お金が必要→新しい原発の誘致→原発林立→お金は入る→だけどもう絶対に原発から足を洗えない・・・という、原発の郷のジレンマにシンクロします。
電気がないからしょうがない、と原発に執着するのは、本末が転倒してます。
そんなネガティヴ是認じゃなく、ここは事の本質を、すなわち、哲学を語らねばならん部分なんでは?
したいんか、したくないんか、って話です。
ぼくは、したくない。
ここはひとつ腹を据えてがまんしなきゃ、じゃ、いったいいつやめるの?
そこは知恵でクリアしなきゃでしょ。
「ドイツが原発二十基分の太陽光発電に成功」なんて記事を読んだら、ほんとに「置いてかれた感」でがく然とさせられます。
ひとたび原子力を放棄すれば、たちまち他の技術開発が進むもんなんですね。
日本もそうすればいいのにな。
そしてそれは、かつて日本が最も得意としてた分野のはずなのに。
一部の職種は衰滅しても、もっと多くの職種が立ち上がり、新しい未来モデルの構築がこの国を明るくしてくはず。
そうして苦境をバネに伸びてきた国だったでしょ。
そんな戦略っつーか夢のビジョンが失われたから、衰退の一途をたどってるんだよね、この国ときたら・・・
しかも、今なんだ?動かすの。
再稼働が決まった大飯原発は、揺れたら壊れる(免震補強まだ)、津波もかぶる(防水壁まだ)、壊れたら暴走する(放射能まき散らし防止機能まだ)、暴走してもどうしていいかわかんない(官邸側のシステム構築まだ)、というやばいシロモノとわかってるわけでしょ。
あのおためごかしのストレステストでさえ、30の項目のうち半分しかクリアできてないわけでしょ。
不見識にもほどがあるってもんでしょ。
だいいち、福島がまだ不安定なこのタイミングに。
あの大爆発でズタズタの柱だけになった四号機のプールの水が漏れはじめたら、もう日本はおしまいだって誰もが知ってるでしょ。
それだけで、ほんとにおしまいなんだよ、シャレ無しに。
なにしろ、それがはじまったら、もう絶対に近づけなくなるんだから。
ぼくは、原子力は誰もしあわせにしない技術、という信念だけで「やめろ」と言ってます、25年も前から。
「原子力は最も汚いエネルギー」と言ったひとがいるけど、汚してるのはひとの心なんじゃないかしらん。
相対悪じゃなく、絶対悪(いいところなし)。
電気をすこし多めに欲しい、ってだけで、こんな卑しいものを動かすのに加担したくないんだよう。

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報道ステーションは気骨あるなー。
つか、信頼できる唯一的まともなメディアです。
オレもね、新宿の「二万人」ってデモに参加したけど、どこの新聞も、どこのテレビ局も、断じて報じませんね。
「なかったこと」にしてるわけです。
知らしめると無明の凡夫が目覚めちゃう、とでも思ってるんでしょうかね。
徹頭徹尾、黙殺。
原発を動かしたいんですね、報道機関はどこも。

それにしても、四万人、なんて規模になってるんですね、官邸前の「毎週金曜デモ」。
報道ステーションが、報道機関で初めて全国ネットに載っけたんじゃないでしょうか、この手のデモの話題。
いますぐにでもいきたいよ。
つか、熱いです、フルタチ。
フジとか、日テレとか、ウソばっかの局を観てる場合じゃないでしょ。
読売とか産経読んでるひと、大丈夫ですかー?
ま、イロモノ新聞として面白いから垣間読んで、論調を検証してますけど。
それにしてもこの二紙のかたより方、気持ち悪いですね。
そんなわけで、7月16日、反原発集会。
一度、動いてみませんか?
毎週金曜日の官邸前のやつでもいいんだよ。
ひやかしでいいんだよ。
じっとしてたら、まったく身勝手に上のほうで決まっちゃうんだよ。
それでいいの?
行動しなくていいの?
いま自分にできることしてますか?
こんなこと言うオレのこと、バカだと思います?
かっこわりー?
だけどオレは、自尊心に賭けて、行動してます。
オレは左でもないし、無党派、無宗派です。
ただ、ひとりの人間。
日本人。
平和を願うひと。
清潔が好きなひと。
それだけ。
ただ傍観してる(沈黙してる)あなた、その態度は、許容してるのとおんなしだと思いません?
あなたのその態度が、あのやばいシロモノを動かしてるんだよ。
じっとしてて、平気?
ほんとに?

オレもよめはんもケンカっぱやい性格なんで、ちょいと乗り込んでたのしんできます。
7・16「さよなら原発、10万人集会」
よめはんが、なんでだかAKB48に異常な興味を覚えてまして。
ファン、つよりか、社会現象としてのこの子たちの存在を面白がってる、ってテイの興味らしい。
名前も性格もキャラ設定もよく知ってて、いろいろとレクチャーしてくれます、オレはあっちゃんにしか興味がないんだけど、うん、あっちゃん命。
んで、総選挙ですよ。
「録画しといて」というんで、「ハイハイ」と録っといたんです。
それを三夜がかりでチェックする40代夫婦、どうなのこののんき的風景。
で、ですよ、最初はバカバカしく思ってたんですが、しかし観てみるとこれがヒジョーに面白い。
オレの大好きな「選挙速報」に擬した構成で、ま、次から次へと投票結果が発表され、地位を得た子たちが壇上に上がり、スピーチをするわけです。
が、このスピーチがすごい!
誰もが、ものすごいスピーチをするの。
実に味わい深く、かつ説得力のある、それぞれにオリジナルな言葉なの。
驚愕しますよ。
この言葉の強さ、ひとの心を動かす力ね。
涙の画づらは見てるひとの情緒に訴えるけど、そんなもんとは質違いで、言葉そのもののほうに深く食い込んでくるものがあるよ。
こののほほんとした子がか?ここまで考えてるのか?と。
そぎ抜いた純粋さってのにも打たれるけど、それを方法論化する知性にまたドギモ抜かれます。
ライターでもいるのかな?とも考えたんだけど、絶対ちがうの。
実戦の場で相当に鍛えあげられられてるために人間性そのものを磨きあげられてて、その経験の結晶が放射されてるの。
いやー、おっそろしいです、AKB48。
ステージ上のどの人物もが「本物」のすごみを持ってます。
政治家は全員、これを見て勉強すべきだと思うなー。
学ばされました、マジで。

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この世の中でいちばんえらい仕事はなんだろう?とふと考えてみる。
総理大臣?国会議員?
たしかに「偉そう」だ。
だけど「えらい」を「尊い」と解釈したら、ぜんっぜんちがう。
さげすみこそすれ、たっとぶなんて、はっ、むーりむり。
弁護士?医者?教師?陶芸教室のしはん?
ま、先生と呼ばれるひとたちだけど、市井のヒトビトよりえらいのかな?
一流企業さん、株屋さん、ネット屋さん・・・は、お金をかせいでそうだけど、尊いとは思えない。
お百姓さんはえらいかも。
現場で肉体を使う仕事は、とても尊く思えるよね。
あと「お母ちゃん」。
なんたって、人間をつくり、はぐくんでるもんね。
あと、雨降りの朝の寝床のまどろみの中で聞くゴミ収集車の音には、本物の尊さを覚えるなー。
今朝もありがとね、と手を合わせたくなったり。
新聞も、どんな嵐の朝にも届いてる。
ほんとに「えらい」。
広大な市街地が震災でやられて、焼失した自宅の焼け跡に、郵便ポストがぽつんと残ってたらしい(神戸震災のときの話)。
土ぼこりとけむりの立ち込めるその場で茫然自失する被災者の目にとまったのは、ポストに放り込まれた真新しい朝刊だったんだと。
がれきの荒野を縫って新聞配達員たちは走り、この朝も配りつづけたのですよ。
すごい話でない?
日本人の几帳面はここまで極まってるのだねえ。
いや、「一刻もはやく、被災地に情報を届けねば」の一心だったにちがいない。
こういう話を聞くと、「尊い仕事」ってものがおぼろに理解できるね。
総理大臣や国会議員も、こういう尊い仕事したらいいのにね。
だけどなあ・・・
働かないからなあ、あいつら、すこっしも。

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