朝起きて書き、工房で推敲し(みんな、ほったらかしでごめん)、夜書き、酒場では勉強し、休日はこもりきりで書き、風呂で勉強し、夢の中で書く。
って感じです。
どこでも気がついたときに書き進めたいんで、小型の「ワープロ」を手に入れた。
半分病気だなあ・・・
こんなにも勉強に没頭したことは、この生涯でないね。
これで出なかったら、どうしょっか?
でも、たのしい。
現在、109枚。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
イスラム国を見てると、大戦中の日本軍に瓜二つだと感じる。
大東亜共栄圏を築こう、って独善でアジア諸国の併呑に乗り出し、殺しまくり、奪いまくった。
どつきまくりの恐怖体制で新兵を教育し、捕虜を竹槍で突かせては度胸をつけさせる。
屈服させた諸国からひとをさらってきてはいいようにこき使い(性奴隷含む)、ウソ八百の大本営発表で国民を高揚させ、敵前逃亡となれば平気で昨日の仲間をも殺し、戦士への洗脳の挙げ句に、神(天皇)の名のもとに爆弾を抱えて敵に突っ込ませる。
こうして考えると、特攻ってのは美しく描かれすぎ。
今のイスラム国の自爆テロとおんなじだもの。
イスラム国を、ひでえやつらだな、と嫌悪するヒトビトは、同時に苦々しくかえりみるという作業が必要だと思う。
自虐史観?
いや、これは科学的考察ってもんだよ。

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ほとんどすべてのひとが知ってんだけど、ほとんどすべてのひとが中身を理解してない、って素材を書いてるとこ。
この「事件」については、古今東西、様々な科学者がいろんな本に書いてるけど、そして彼らが書いたかなりの册数を読み通したんだけど、ひとつとして納得のゆくもの(溜飲の下がるもの)がない。
なら、オレが書いてやろう、ってわけ。
科学者はアホなので、文章の編み方を知らず、ライターもまたアホなので、科学の効果的な伝え方を知らない。
科学の本は、このどっちかだ。
だったら、美術系のオレが科学を文章で、という訳のわからない挑戦なんだった。
全部ができるオレって、えらいよなあ。
ろくろ技術をマンガで表現してしまった、ってあの件と似てる。
さて、おびただしい科学本を読んで気づいたことは、なにを書いても科学者の文章はみんな同じアプローチになってしまうもんだな、という点。
彼らは殺人事件を題材にするミステリーものを書くわけだけど、事件現場が発見され、そこから犯人探しをスタートさせる、という作法しか知らないようだ。
しかしミステリーには、殺人の現場をまず見せておいて(最初から犯人を読者にさらしておく)、そこから謎解きで犯人を追いつめてく、という「コロンボ」的な「古畑」的な作法もあるのだ。
後者の方が時系列的にもすっきりするし、理解がしやすいという利点がある。
オレはそこに着目したんだった。
さらに科学者たちの書き物は、知識のひけらかし的脱線が多すぎ、事件をお話しとして語るには煩雑にさせすぎるきらいがある。
「ここでこの人物がこれを発見し、解明を試みたが、それは後に間違いであるとわかった」のくだりとかいらんやろ、って話。
物語の柱をいっこの事象に集中させて突き詰めれば、絶対に面白くなるのに。
・・・という作業をやってるとこなんだけど。
やっぱり素材が難しすぎるんで、相当のハードルがある。
いつまでかかんのかな、ピアノもずっと弾いてないよ。
頭が煮えたぎる。
お酒が足りない。

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ものすごくストレスのかかる書き物をしてるとこ。
量子力学の素粒子論で一冊書きたいんだけど、いっこいっこの文節に厳密な論理付けが求められるんで、ヘタなことが書けない。
いちいちものの本を読み返したり、「ヤフー知恵袋」でその道に明るい人物に意見を求めたりして、三歩進んで二歩下がるペースで書き進めてる。
でも、おかげでものすごく面白いものができそうな予感があるんだな。
しばらく陶芸関連の原稿にかかりきりだったけど、こっちの方を書きたくてうずうずしてた。
マンガの原作賞応募作も年末にやっつけたし、これでやっとクリアな身になって集中できる。
オレは研究者タイプなのかもしれないなー。
その上、オレには誰も着想できなかった視点を見つける才がある気がするんだ。
むつかしくても、きっといいものに仕上げるから、たのしみにしてて。
おそろしく面白い科学の本、なんて、ちょっとお目にかかったことなくない?
陶芸が趣味でマンガと文章がかけるピアニスト、ってのが目標だったけど、今年は、兼・物理学者、って肩書きを目指そう。

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フランス紙の風刺漫画、ちょっと見たけど、おもしろいね。
なかなかよいものがある。
だけど、いくらなんでもやりすぎ、ってものも少なくない。
相手を怒らせるのも無理はない。
暴力でその口を封じよう、ってテロルの手法は言語道断だけど、やっぱし新聞側にも自重の必要性は感じる。
なんでもかんでも「表現の自由」ですます欧米のアホ文化が、日本のヘイトスピーチなんかを増長させてるわけだけど、やはり配慮というか品位ね、これがない人間には、表現の自由をどうこう言う資格があるとは思えない。
振りかざしてる感は否めないよ。
自分の最も大切な存在がレイプされる画づら。
それを見せられたときの嫌悪感。
「表現の自由」の陶酔感の裏で、相手の気持ちにイマジネーションが行き届かないところに、問題の根がある。
フクシマの放射能と奇形との組み合わせはあっちでは古典みたいな扱われ方をされてるけど、吐き気がするよ。
それをやっていいなら、今回の新聞社襲撃(12人射殺)事件も、面白おかしく茶化して書いてみろよ。
それはしないんだろ?自重?それとも嫌悪感?
矛盾だ。
結局、品性とおもんぱかりがないから、相手を怒らせることになる。
新聞側、テロル側、どっちも悪い。
もちろん腕力に打って出た側ははるかに罪悪だけど、報道の絶大権力による侮辱って点を考えたら、双方の陰湿さはそこそこいい勝負って気もしなくはない。
風刺漫画という手法を使うなら、イスラム教をこき下ろすんじゃなく、本当にこき下ろすべき相手(テロリズム自体)をこき下ろせばいい。
それこそが「ペンで戦う」ってことだし、本物の表現というものだろう。

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ジェリ・アレンは、半分フリージャズに足を突っ込んでるひとで、要するに、用いる音の質と並びがガチャガチャしてます。
彼女が弾くピアノのほとんどの音は、理性じゃなく、野生の情動でつくられてます。
アドリブ芸術であるジャズは、もちろん感性の作業なんだけど、知識や経験で編んでく音とはまるで違う、天啓みたいなやつをピリピリっと引っぱってきてはつむいで、電気に打たれるその都度、あわてて五線譜上に配置してくのが、彼女のピアノ。
脳内のひらめきを指先からほとばしらせるって作業が、ほんとに、そそくさと、なの。
サラッと、ってスマートさじゃなく、大慌てでその作業は進められるんだけど、おかげで作意をまるで感じさせないんで、「今できましたよ~」ってほやほや新鮮な独特のメロディラインになり、それがドタバタしながらも不思議とリズム上にのっかってくのです。
フリーすぎない猥雑さで、鍵盤をひろびろと使った多彩な音を散りばめる彼女のスタイルは、まさに天真爛漫。
ガチャガチャしてるのにメロディアス、という、どこでも聴き覚えのない立体的な音は、心かき乱させながら、なぜか高揚させるのです。
ミスタッチはおびただしく、音の濁りや字余り字足らずの作法無視もはなはだしいんだけど、そんな無法を意に介さなくてすまさせるほどの、全体の世界感が最終的にできていきます。
ディテールで汗をかきまくって、なお総体の完成度を俯瞰できてる、ちょっと他に例を見ない才人です。
そんな奔放な音が、「タップ・パーカッション」という、つまりクツの底でリズムを取るタップダンサー・・・じゃなく、タップミュージシャンと組んだ一作。
ジェリのピアノももともとパーカッシブなんだけど、リズム刻みをタップ側に完全にゆだねてるんで、彼女は音のアクセントを効果的に放り込んでくって作業に集中できてて、たのしいつくりになってます。
それにしても、あの天衣無縫のひとが、こんなに正確なリズムを取れることができるんだなあ、と驚かされました。
あたりまえか。

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異物が混入、ってトラブルがあちこちで発生してはニュースになってるけど、苦言。
生産メーカー側に対してじゃないよ。
クレーマーたちに。
異物くらい混入するよ。
全部を排除なんて、ぜったい無理!
会社に「入ってたよ」と報告して、商品の1ダースでももらって、「お知らせいただき、ありがとうございます。申し訳ございませんでした。今後は気をつけます」「うん、わかった」でいいじゃん。
ほんとに不潔な企業なんて、勝手に淘汰されてくよ。
だけど、ちゃんとしてる会社まで叩き潰さんばかりにするのは、筋が違う。
品質管理を徹底してもやむを得ず発生することはあるし、異物が混じるなんてのはおそらくどのメーカーでも日常的に起きてることだと思う。
いちいち公表する必要なんかないのに、ネット(悪意あるやつ)が事態を深刻化させるんだな。
ゴキブリまで入ってたら、それは社会問題になりそうだけど、それもまた仕方なく入るって、どれだけ厳重に管理したって。
全品回収はやりすぎだし、おびえすぎだし、逆に言えば、ネットの声はでかすぎて、あまりにも容赦がない。
虫くらいいいじゃねっか。
昔からそんなのは入ってるもんだったよ。
そして、現代ではそれはものすごい精度で取り除かれてるはず。
だけど、それは入ってしまうもんなの!
商品を薬まみれにして無菌室で作業すりゃいいけど、それはそれで「気持ち悪い」って言いだすんでしょ?
そこそこで許してやってよ。
でなきゃ、スーパーの棚の端から端まで、すべての商品を撤去しなきゃなんなくなる。
賭けてもいいが、この世に出回ってるすべての銘柄の商品において、そのどれかには間違いなく異物は混入してるはず。
「なんだこれ?ぺっ」でいいんだよ。
それができない清潔命の日本国民は、ちょっとどうしょもない精神やみに落ち入ってると思うわ。
・・・ただ、本当に不潔な生産環境は許すべきじゃないとも思うけど。
中国製品は、もっと叩かれていいよ、うん。
そのへんにはわりと無頓着で「安いから買うわ」って日本人の気質も、オレには解せんのだ。

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朝日新聞の一連のやつは、日頃読んでるこっちが恥ずかしくなるって点で、ほんとに罪深い。
誤報もひどいが、その後の態度が最悪。
第三者委員会が「上から見下ろすような」と表現した検証記事も読んだけど、まったくその通りの尊大さだったし、さらに自己弁護するに至ってはみっともないことこの上なかった。
記事の誤りはしょうがないとしても、誤りがわかった時点で正さない態度は、すなわちウソと一緒。
ヒトビトの思想の骨格をつくる情報が新聞記事なんだから、それを提供する姿勢が間違ってたら、それは社会に害悪を垂れ流してるも同然。
日本全体の報道がデタラメになりつつある昨今、この事件をそれのピークとして後始末をつけるべき。
頭下げたからには、ちゃんと清潔さを取り戻してほしい。
ただ、この惨状でも朝日を取りつづけなきゃなんないのは、読売がもっとひどいから。
事実、ここんとこの部数を劇的に落としてるのは読売の方らしい。
ネットで社説を読み比べられる時代になったんで、両者の違いはよくわかる。
読売は、国家に仕えてるかのごとき政権追従の方針で塗り固められてて、よくもまあこんな見え見えのお世辞を、とあきれたくなる。
紙面が、日の丸に向かって土下座してる画づらに見えてくるの。
閣僚の失態なんかに関する記事の遠慮っぷり、サービスっぷりったら尋常じゃないし、ほんとにタイコ持ちだよ。
報道を名乗る資格あんのかな?この新聞。
つわけで、朝日と読売、どっちも読んでてうんざりさせられる(そこをもまた別の意味でたのしんでんだけど)今日この頃。
いっそニュースのない国に移り住みたい、と思い、書斎で音楽の世界に閉じこもるんだった。

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どこの夫婦間でも行われてる通り、わがしはん家においても、「ありがとう」と言ったら相方は必ず「いい薬です」と言わなければならない。
「イエス」と言ったらもちろん「高須クリニック」、「レッツ」と言ったら「バスロマン」で返さないと、その後は気まずい空気になるんである。

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期日前投票にいってきました。
くっだらない、ほとんどなんの意味もない選挙だけどね。
だけど、いくのです。
いろんな説教じみた言葉でオレも周囲に啓発してきたけど、いちばん率直に言ってみようかな。
選挙にいかないひとはね、それ(「投票にはいきませんでした」)を告白すると、相手をがっかりさせることになるのです。
タバコを吸う吸わないに似てるかもね。
「ああ、あなたはそっちのひとか」的な。
どんな好人物でも、とにかく評価は下がるのです、この一点で。
いったひとは、いかないひとをそういう目で見てます、おそらく100%に近い確度でしょ、これ。
するしないは自由なことなんだろうけど、とにかく、そういうことなのです。
オレはキヨシローの意見に全的に賛成します。
とにかく、投票にはいくことが大切だと思う。
うるせえ、ってひとは、それはそれでいい。
だけどそのスタンスを見せられると、なにしろどうしょもなくがっかりさせられるのですよ、投票にいった側の(おそらく大半の)人間としては。

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