担当している税理士さんから税務調査が入ることになったという連絡があったのは先月のことです。法人を設立してまだ2年ほどですし、所有する物件は2棟で売上も当然たいした規模ではありません。会計上のテクニックを使った決算もしておりませんし、もちろん不正などまったくありません。


それでなんで税務調査なのか私だけでなく長年税理士をしている先生も不思議がっていました。税務署は調査基準や目的を開示しておりませんので、藪の中です。


過去2年分の決算書類や物件購入の際の契約書などは事前に準備しました。サラリマン大家ですので、調査当日は会社を休みましたが、肝心の調査は半日ほどで終了し、結局何の問題もありませんでした。よく言われる「おみやげ」的な指摘もありませんでした。


もっと有効な税務調査があるように思いました。税理士さんが税務調査の立会いなどの費用として10万円を請求してきたのにはさらにびっくりしました。事前準備をしてわざわざ会社まで休んで、その上さらに10万円の支出です。最近大家業は何でこんなにコストがかかるのかと思うことばかりです。

10月9日(金)は10月限オプションの精算日(SQ)でした。今月はコールオプションを比較的大量に売りました。ヘッジをかけての売りです。このところ日経平均は弱含みでしたので、SQまでポジションを持ち越して、自動決済にしました。


株価が上がらなかったわけですから、コールの売りは利益になりました。いつもこんなように弱含みだといいんですが、上げたり下げたりで振りまわされることもあります。


ヘッジをかけると、株価の上昇に対して保険がかけられるし、精神的に楽でもあります。また、証拠金が安くなるメリットもあります。


11月物の取引は11月に入ってからです。それまでは取引はお休みです。取引をするのは1ヶ月のうち2週間程度の間だけです。それ以外は基本的に取引しません。それがルールです。


時々魔が差してルールを破って取引してしまい、大きく負けたこともあります。自分で決めたルールを毎月守っていくことは実は難しいのです。



台風18号が日本列島を下から縦断し、通勤電車が止まってしまいました。昨日も人身事故で大幅に遅れ会社に着いたのは昼頃でした。二日続けて痛めつけられました。


それにしても電車が動かなくなると鎌倉は陸の孤島状態です。横須賀線が止まる時はだいたい東海道線も止まってしまいますの、都内に出る交通手段がなくなってしまいます。


都内に出られないのはまだ良いんですが、逆に都内から帰れなくなった時のほうが大変だと思います。関東大震災クラスの地震があって会社から自宅まで帰れなくなったら、どうすればいいんでしょうか。歩いて帰るのも一つの方法ですが、橋が落ちたりしたら絶望的です。


夜中になって道もよくわからず、食べ物もなくなり、トイレにも行きたくなる。こんな可能性がないとはいえません。携帯電話は便利ではありますが、そんな時は回線が混んでつながらなかったりするとんです。バッテリーだってそんなに長く持ちません。


日ごろからそうしたときのことを考えておくことは必要です。

デスクトップのパソコンが起動しなくなってしまいました。ウインドウズの画面までは立ち上がるのですが、すぐに終了画面になってしまいます。会社のPCで故障の原因や対策を調べてみましたが、いまひとつよくわかりません。


このPCは買ってからもう7年ぐらい経ちますので、寿命といえばそれまでですが、去年ハードディスクを新しくしたばかりですので、まだ廃棄処分にするのは早すぎます。


ということで近所のPCレスキュー会社に修理を依頼しました。ハードディスクではなくプラットフォームがだめになっているとのことで、修理代が4万円もかかりました。


PCの中にはなくなってしまっては困る様々なデータが入っていますので、ほっとしています。小まめにバックアップを取っておけばいいんですが、いつの間にかサボってしまいます。


それにしてもPCが動かなくなるとものすごく不便を感じます。いつのまにかPCが生活の一部になっていることをいまさらながらに痛感いたしました。

小町大路が鎌倉街道と交差する東側に寶戒寺があります。萩の寺と言われるだけに寺の入り口から白い萩の花で埋め尽くされていました。花はまだ咲き始めで、これからが見ごろです。



大家になって晩年は鎌倉で優雅に暮らそう


新田義貞に攻め込まれた北条高時らが切腹したとされる東勝寺は滑川のすぐ向こうにあります。東勝寺跡は腹切やぐらとしても有名で、今ではハイキングコースになっています。しかし、鎌倉幕府滅亡時にここで北条高時をはじめ約800人の人間が自害したと聞くと、背筋が寒くなります。


日本では昔から戦に勝利した人間が敗れた者たちの魂を沈めるために寺を建立することがあります。この寶戒寺は後醍醐天皇が北条氏の魂を沈めるために建立したと言われています。



大家になって晩年は鎌倉で優雅に暮らそう