今日は、勉強へのモチベーションについて考えてみたいと思います。
子どもたちを見ていると、同じように授業を受け、同じように宿題を出され、同じようにテストを受けていても、学習に向かう姿勢は一人ひとりまったく違います。
こちらが細かく言わなくても、自分から机に向かう子がいます。
分からないところがあれば質問し、間違えた問題を解き直し、次はできるようになりたいと考える子がいます。
一方で、勉強しなければならないことは分かっているのに、なかなか気持ちが向かない子もいます。
机の前には座っている。
教材も開いている。
けれども、問題に向かう気持ちが出てこない。
少し難しいと感じると、すぐに手が止まってしまう。
宿題も、テスト勉強も、やらなければならないことは分かっている。
それでも、なぜか身体が動かない。
この違いは、いったいどこから生まれるのでしょうか。
よく言われるのは、「やる気の問題」です。
「本人にやる気がない」
「もっと本気になればできる」
「目標を持てば変わる」
「危機感が足りない」
「やればできるのに、やらないだけだ」
このような言葉は、家庭でも、学校でも、塾でもよく聞かれます。
もちろん、学力を伸ばすためには、本人の意欲が必要です。
受験に向かうためには、一定の努力も必要です。
何かを達成するためには、継続する力も必要です。
けれども、私は長く子どもたちを見てきて、いつも思うことがあります。
それは、強い意志というものは、最初からその子の中に完成された形で存在しているわけではない、ということです。
意志は、持っている子と持っていない子に、単純に分けられるものではありません。
意志は育つものです。
環境によって弱くもなります。
経験によって強くもなります。
そして、意志の根っこには、その子自身の感情、記憶、自己肯定感、未来への想像、周囲との関係が深く関わっています。
だからこそ、今日は単なる「勉強のやる気の出し方」ではなく、もう少し深いところから考えてみたいと思います。
強い意志は、どこから生まれるのか。
勉強へのモチベーションは、何によって支えられているのか。
目的を達成しようとする力は、人間のどこから湧き上がってくるのか。
そして、まだその原点を持てない子に対して、私たち大人は何ができるのか。
このことを、教育の現場から考えてみます。
勉強へのモチベーションは、正論だけでは生まれにくい
子どもに勉強をしてほしいとき、大人はつい正論を言いたくなります。
「今、勉強しておかないと後で困るよ」
「将来のために必要なんだよ」
「受験で苦労するよ」
「自分のためなんだから、ちゃんとやりなさい」
どれも間違った言葉ではありません。
むしろ、大人になった私たちには、その意味がよく分かります。
勉強は、将来の選択肢を広げます。
基礎学力は、社会に出てからの理解力や判断力にも関わります。
受験においても、日々の積み重ねが大切です。
今やらなければ、後で苦労することもあります。
しかし、子どもの心は、正論だけではなかなか動きません。
なぜなら、正論は頭では理解できても、心の奥に火をつけるとは限らないからです。
これは大人でも同じです。
健康のために運動した方がいい。
食生活を整えた方がいい。
早く寝た方がいい。
仕事を先延ばしにしない方がいい。
分かっていても、できないことはたくさんあります。
つまり、人は正しいことを知っただけでは動けません。
心が動いたときに、初めて行動が生まれます。
子どもが勉強に向かわないとき、それは単に「将来のために必要だ」と理解していないからではありません。
むしろ、その正論が、その子自身の内側の感情とまだ結びついていないことが多いのです。
「勉強しなければならない」
でも、やりたくない。
「やった方がいい」
でも、身体が動かない。
この状態にある子に、さらに正論を重ねても、あまり効果はありません。
むしろ、正論が重なれば重なるほど、子どもは自分を責めるようになります。
「分かっているのにできない」
「また怒られる」
「どうせ自分はダメだ」
「勉強の話になると苦しくなる」
こうなると、勉強は単なる学習ではなく、自己否定と結びついてしまいます。
ここに、教育の難しさがあります。
勉強へのモチベーションは、外から正論を注ぎ込むだけでは生まれません。
その子の内側にある感情と結びついたとき、初めて動き出します。
モチベーションの最初の火種は、きれいな目標とは限らない
勉強へのモチベーションというと、私たちは立派な目標を想像しがちです。
「将来、医者になりたい」
「難関高校に合格したい」
「大学で専門的な研究をしたい」
「社会に役立つ仕事がしたい」
「自分の夢を叶えたい」
もちろん、このような目標を持てる子は強いです。
目的が明確であれば、努力の意味も見えやすくなります。
しかし、最初からそんなに整った目標を持っている子ばかりではありません。
むしろ、モチベーションの最初の火種は、もっと人間的で、もっと生々しいものです。
悔しい。
負けたくない。
馬鹿にされたくない。
認められたい。
親を安心させたい。
先生に褒められたい。
友だちに追いつきたい。
このままではまずいと思う。
自分にもできると思いたい。
もう一度、自信を取り戻したい。
こうした感情が、最初の火種になることがあります。
それは、必ずしも美しい感情ばかりではありません。
不安や焦りがきっかけになることもあります。
劣等感がきっかけになることもあります。
悔しさがきっかけになることもあります。
けれども、人間の意志とは、最初からきれいな理念だけで動くものではありません。
心が揺れる。
何かを感じる。
このままでは嫌だと思う。
変わりたいと思う。
少しでもできるようになりたいと思う。
その感情が、行動の最初の一歩になります。
だから、子どものモチベーションを考えるとき、私たちは「目標を持ちなさい」と言う前に、その子の心が何に動くのかを見なければなりません。
その子は何に悔しさを感じているのか。
何に不安を感じているのか。
何に憧れているのか。
何ができるようになったら嬉しいのか。
誰に認められたいのか。
どんな自分になれたら安心できるのか。
ここを見ないまま、「目標を決めよう」と言っても、目標は紙の上の言葉で終わってしまいます。
たとえば、「次のテストで80点を取る」という目標があったとします。
それだけなら、ただの数字です。
しかし、その数字の奥に、
「前回の悔しさを取り返したい」
「自分にもできると証明したい」
「お母さんを安心させたい」
「苦手な数学から逃げたくない」
という感情があるなら、その目標は生きた目標になります。
モチベーションとは、単なる計画表の上にあるものではありません。
感情と目的が結びついたときに生まれる、内側からの動きなのです。
強い意志とは、未来の自分との約束である
では、強い意志とは何でしょうか。
私は、強い意志とは、未来の自分との約束を守ろうとする力ではないかと思っています。
今の自分は、楽をしたい。
今の自分は、面倒なことを避けたい。
今の自分は、スマートフォンを見たい。
今の自分は、眠りたい。
今の自分は、難しい問題から逃げたい。
これは自然なことです。
人間は、今すぐ得られる楽さや快適さに引っ張られます。
今の気分は強い。
今の欲求も強い。
今の疲れも強い。
一方で、勉強によって得られる成果は、すぐには見えません。
今日、英単語を10個覚えたからといって、明日人生が変わるわけではありません。
今日、計算問題を解いたからといって、すぐに偏差値が大きく上がるわけでもありません。
今日、読解問題に取り組んだからといって、その日のうちに国語が得意になるわけではありません。
勉強の成果は、時間差で現れます。
だから、勉強には未来を信じる力が必要になります。
今日の努力は、未来の自分を助ける。
今日の我慢は、未来の選択肢を広げる。
今日の一問は、未来の自信につながる。
今日の復習は、明日の理解を楽にする。
そう思えるとき、人は今の自分を少しだけ制御できます。
つまり、強い意志とは、今の気分にただ勝つ力ではありません。
未来の自分を、今の自分よりも少し大切にできる力です。
この力がある子は、目の前の誘惑に完全に振り回されません。
もちろん、疲れることもあります。
嫌になることもあります。
遊びたい日もあります。
休みたい日もあります。
しかし、どこかで未来の自分の姿が見えている。
だから、また戻ってこられる。
「今日はやりたくない。でも、ここで止まると後で困る」
「今は面倒だけれど、入試の日の自分を助けるためにやっておこう」
「できる自分になりたいから、少しだけ続けよう」
このように、今の自分と未来の自分がつながっていると、意志は強くなります。
反対に、未来の自分が見えない子は、今の気分に流されやすくなります。
未来がぼんやりしている。
目標が遠すぎる。
努力した先に何があるのか分からない。
自分が変われると思えない。
どうせやっても無理だと思っている。
この状態では、意志は生まれにくいのです。
だから、子どもに必要なのは、単に「頑張れ」と言われることではありません。
必要なのは、未来の自分を想像できるようになることです。
目的を持てない子には、目的を持てない理由がある
教育の現場では、「目的を持つことが大切だ」とよく言われます。
これは確かにその通りです。
目的がある子は強い。
目的がある子は、多少の困難に耐えることができます。
目的がある子は、勉強の意味を見失いにくい。
目的がある子は、何のために今これをやっているのかを理解しやすい。
しかし、ここで忘れてはいけないことがあります。
それは、すべての子が最初から目的を持てるわけではない、ということです。
「将来の夢は何ですか」
「志望校はどこですか」
「何のために勉強するのですか」
こう聞かれて、すぐに答えられる子もいます。
しかし、答えられない子もいます。
そのとき、大人はついこう思ってしまいます。
「この子は目的意識がない」
「まだ本気になっていない」
「将来のことを考えていない」
「危機感が足りない」
しかし、本当にそうでしょうか。
目的を持てない子の中には、将来を考えていない子だけでなく、将来を考えること自体が苦しい子もいます。
なぜなら、未来を考えるためには、ある程度、自分に対する信頼が必要だからです。
「自分は変われるかもしれない」
「自分には可能性があるかもしれない」
「努力すれば少しは前に進めるかもしれない」
「未来の自分は、今より良くなれるかもしれない」
こう思えるからこそ、人は未来を考えることができます。
反対に、失敗体験が多い子、叱られ続けてきた子、勉強で何度もつまずいてきた子、自分はできないと思い込んでいる子にとって、未来を考えることは簡単ではありません。
未来を考えようとすると、不安になる。
目標を立てようとすると、どうせ無理だと思う。
志望校を聞かれると、自分には関係ないと感じる。
夢を聞かれると、答えられない自分を責められているように感じる。
このような子に、いきなり「目的を持ちなさい」と言っても、それは重荷になることがあります。
目的とは、命令されて持つものではありません。
目的は、自分の中に少しずつ生まれてくるものです。
そして、そのためには、まず「自分にも少しはできるかもしれない」という感覚が必要です。
目的を持てる子と持てない子の違いは、単なる意識の高さの違いではありません。
その背景には、自己信頼の差があります。
成功体験の差があります。
未来を想像できるだけの心の余裕の差があります。
だから、目的を持てない子に必要なのは、説教ではありません。
まず必要なのは、安心です。
次に必要なのは、小さな成功体験です。
そして、その成功体験をもとに、自分の未来を少しだけ考えられるようにすることです。
目的は、その後に生まれてきます。
意志の原点を作るために必要な三つのこと
では、まだ強い意志の原点を持てない子に対して、私たちは何ができるのでしょうか。
私は、意志の原点を作るためには、少なくとも三つの段階が必要だと思っています。
一つ目は、安心して学べる状態を作ること。
二つ目は、小さな成功体験を積むこと。
三つ目は、その成功体験を未来の目標につなげることです。
まず、安心して学べる状態がなければ、子どもは勉強に向かえません。
勉強が苦手な子にとって、問題用紙はただの紙ではありません。
そこには、過去の失敗の記憶が貼りついています。
分からなかった記憶。
間違えて恥ずかしかった記憶。
怒られた記憶。
比べられた記憶。
自分だけできなかった記憶。
何度やっても覚えられなかった記憶。
そうした記憶がある子にとって、勉強は不安を呼び起こすものです。
だから、まず必要なのは、「ここでは間違えても大丈夫だ」という安心です。
間違いを責められない。
分からないことを馬鹿にされない。
質問しても嫌な顔をされない。
できないところから始めてもよい。
自分のペースで立て直せる。
この安心があると、子どもはようやく学習の入口に立つことができます。
次に必要なのは、小さな成功体験です。
ここで重要なのは、大きな成功ではありません。
いきなりテストで高得点を取る必要はありません。
いきなり偏差値を上げる必要もありません。
まずは、
「昨日できなかった問題が一問できた」
「前より計算ミスが減った」
「漢字を五個覚えられた」
「英文を一文読めた」
「授業中に一度質問できた」
「宿題を最後まで出せた」
「今日は逃げずに机に向かえた」
こうした小さな成功でよいのです。
大人から見ると、ほんの小さなことかもしれません。
しかし、自己否定感を持っている子にとっては、その一つが大きな意味を持ちます。
「自分にもできた」
「前より少し進んだ」
「完全にダメではなかった」
「もう一回やってみてもいいかもしれない」
この感覚が、意志の芽になります。
意志とは、ある日突然、燃え上がるものではありません。
小さな成功体験が積み重なり、自分に対する見方が少し変わり、未来への不安が少し減り、自分にもできるかもしれないと思えたとき、その子の中にようやく意志の原点が生まれます。
そして三つ目に、その成功体験を未来の目標につなげることが必要です。
ただ「できたね」で終わらせるのではなく、
「これが続けば、次のテストでここまで行けるかもしれない」
「この単元が分かると、次の学年の内容が楽になる」
「今の努力は、志望校に近づく一歩になる」
「このやり方なら、自分で勉強できるようになる」
このように、現在の小さな成功と未来の自分を結びつける。
すると、勉強は単なる作業ではなくなります。
その子自身の未来に関わる行動になります。
ここで初めて、意志は方向を持ちます。
「やる気がない」のではなく、やる気が生まれる条件が整っていない
子どもを見ていると、「やる気がない」と言われる子がいます。
しかし、私はいつも思います。
本当にその子には、やる気がないのでしょうか。
もしかすると、やる気がないのではなく、やる気が生まれる条件が整っていないだけではないでしょうか。
たとえば、何をすればよいのか分からない。
どこから分からなくなったのか分からない。
やってもできる気がしない。
頑張っても結果が出た経験がない。
勉強すると怒られる記憶ばかりがある。
自分に合った教材に出会っていない。
目標が遠すぎて現実感がない。
生活リズムが乱れていて、集中できる状態にない。
このような状態では、やる気は生まれにくい。
やる気とは、精神論だけで生まれるものではありません。
学習環境、教材の難易度、先生との関係、家庭での声かけ、本人の成功体験、生活リズム、身体の状態、心の状態。
そうしたものが複雑に絡み合って、初めて生まれます。
だから、「やる気がない」と決めつける前に、私たちは考えなければなりません。
この子は、何をすればよいか分かっているのか。
この子にとって、今の課題は難しすぎないか。
この子は、できた経験を持っているのか。
この子は、失敗しても大丈夫だと思えているのか。
この子は、自分の未来を少しでも肯定的に想像できているのか。
この子は、自分に合った学び方で学べているのか。
もし、これらの条件が整っていなければ、やる気が見えなくても当然です。
大人でも、できる見通しがまったくない仕事を、前向きに続けるのは難しいものです。
何をどうすればよいか分からない状況で、意欲を持つのは難しい。
失敗ばかりを責められる環境で、挑戦する気持ちを持つのは難しい。
子どもも同じです。
やる気は、叱って出させるものではありません。
やる気は、条件を整え、経験を積み、心が少しずつ動く中で生まれてくるものです。
強い意志を支えるのは「自分は変われる」という感覚
強い意志を持つために、最も大切なものは何でしょうか。
私は、「自分は変われる」という感覚だと思います。
これは、勉強において非常に大切です。
子どもが勉強をしないとき、その背景には「どうせやっても変わらない」という感覚があることがあります。
どうせ覚えられない。
どうせ点数は上がらない。
どうせまた間違える。
どうせ自分は数学が苦手だ。
どうせ英語は無理だ。
どうせ今さらやっても遅い。
この「どうせ」が強い子は、なかなか動けません。
なぜなら、努力の先に変化が見えないからです。
人間は、変化を信じられないことには努力できません。
努力とは、未来の変化に対する投資です。
今日の苦労が、明日の自分を変えると思えるから、人は努力できます。
しかし、「どうせ変わらない」と思っている子にとって、努力は無意味に感じられます。
だから、強い意志を育てるためには、まず「変われる」という感覚を取り戻す必要があります。
そのために必要なのが、具体的な変化の経験です。
前は解けなかった問題が解けるようになった。
前は読めなかった文章が読めるようになった。
前は覚えられなかった漢字が書けるようになった。
前はすぐ諦めていたけれど、今日は少し粘れた。
前は質問できなかったけれど、今日は聞けた。
こうした経験は、その子の中に小さな証拠を作ります。
「自分は変われるかもしれない」
この証拠が増えていくと、子どもは少しずつ努力を信じられるようになります。
努力を信じられるようになると、意志が生まれます。
つまり、意志とは、根性だけではありません。
意志の土台には、変化への信頼があります。
「やれば変わる」
「少しずつなら進める」
「前より良くなれる」
「自分は完全に止まっているわけではない」
この感覚があるから、子どもは次の一歩を踏み出せます。
教育とは、子どもにこの感覚を取り戻させる仕事でもあります。
大きすぎる目標は、かえって意志を弱くする
目標を持つことは大切です。
しかし、目標の立て方を間違えると、かえって意志を弱くしてしまうことがあります。
たとえば、今の学力から見てあまりにも遠い目標を、いきなり掲げた場合です。
もちろん、高い目標を持つこと自体は悪いことではありません。
夢や憧れは大切です。
大きな目標があるからこそ、人は成長することもあります。
しかし、その目標が現在の自分とまったくつながっていないとき、子どもは圧倒されます。
「無理だ」
「遠すぎる」
「何をしても届かない」
「どうせ自分には関係ない」
そう感じてしまうと、目標は励みではなく、重荷になります。
目標には、階段が必要です。
最終的な目標があるなら、その前に中間目標が必要です。
中間目標の前に、今週の目標が必要です。
今週の目標の前に、今日の一歩が必要です。
たとえば、志望校合格という大きな目標がある。
そのためには、次の模試で偏差値を少し上げる必要がある。
そのためには、苦手な単元を一つずつ潰す必要がある。
そのためには、今週はこの範囲を復習する必要がある。
そのためには、今日はこの問題を解く必要がある。
このように、大きな目標が今日の行動につながると、意志は働きやすくなります。
逆に、大きな目標だけが空に浮かんでいて、今日何をすればよいかが分からなければ、意志は続きません。
勉強が苦手な子ほど、目標を細かく分解する必要があります。
「頑張ろう」ではなく、何をするのか。
「本気を出そう」ではなく、今日どの問題に向かうのか。
「成績を上げよう」ではなく、どの単元をできるようにするのか。
具体化されていない目標は、子どもを動かしません。
意志は、抽象的なスローガンではなく、具体的な行動に宿ります。
勉強は、子どもの自由を広げるためにある
少し大きな話になりますが、勉強の本当の意味は、子どもの自由を広げることにあると思います。
子どもにとって、勉強は義務のように見えます。
学校に行き、授業を受け、宿題をし、テストを受ける。
そこには、どうしても「やらされている」という感覚が生まれやすい。
しかし、勉強の本当の意味は、子どもを縛ることではありません。
学力がつくと、選択肢が増えます。
読めるものが増える。
考えられることが増える。
表現できることが増える。
進める学校の幅が広がる。
将来選べる仕事の幅が広がる。
人の話を理解する力がつく。
社会の仕組みを見抜く力がつく。
自分の考えを言葉にする力がつく。
つまり、勉強は、本来、子どもの自由を広げるためのものです。
しかし、子どもはそのことをすぐには実感できません。
目の前にあるのは、計算問題であり、漢字練習であり、英文法であり、理科社会の暗記です。
そこから自由が広がるとは、なかなか感じられません。
だからこそ、大人は、勉強の意味を単なる義務としてではなく、未来の自由と結びつけて伝える必要があります。
「勉強しなさい」ではなく、
「勉強すると、あなたが選べるものが増える」
「分かることが増えると、世界が広がる」
「学力は、自分の人生を自分で選ぶための力になる」
このように伝えることが大切です。
意志は、押しつけられた義務からは生まれにくい。
しかし、自分の自由を広げるための行動だと感じられたとき、意志は生まれやすくなります。
強い意志は、才能ではなく構造でも支えられる
強い意志を持っている子を見ると、私たちはその子を特別だと思いがちです。
「あの子は意志が強い」
「あの子は努力できる」
「あの子は根性がある」
「あの子は自分で勉強できる」
確かに、性格的に粘り強い子はいます。
自己管理が得意な子もいます。
目標を持ちやすい子もいます。
しかし、意志の強さを才能だけで考えてしまうと、教育はそこで止まってしまいます。
「この子は意志が弱いから仕方ない」
「この子はやる気がないから無理だ」
「この子は自分で頑張れない」
そうなってしまいます。
でも、私はそうは思いません。
意志は、構造によって支えることができます。
学習する時間を決める。
やる教材を明確にする。
目標を小さくする。
進み具合を見える化する。
できたことを記録する。
質問できる環境を作る。
定期的に振り返る。
家庭と塾で情報を共有する。
生活リズムを整える。
集中しやすい場所を作る。
こうした構造があると、意志だけに頼らなくても学習を続けやすくなります。
これはとても大切です。
意志が弱い子に、「強い意志を持て」と言っても、簡単には変わりません。
しかし、意志が弱くても続けられる仕組みを作ることはできます。
そして、その仕組みの中で学習が続き、小さな成功体験が生まれると、結果的に意志も育っていきます。
つまり、意志を育てるためには、意志に頼りすぎないことも必要なのです。
最初から本人の根性だけに任せるのではなく、環境と仕組みで支える。
その中で、少しずつ本人の主体性を育てていく。
これが、現実的な教育だと思います。
家庭でできる、意志を育てる声かけ
家庭での声かけも、子どもの意志に大きな影響を与えます。
もちろん、保護者の方も大変です。
毎日忙しい中で、子どもの勉強を見守る。
宿題を確認する。
テストの結果を見る。
スマートフォンやゲームとの付き合い方を考える。
進路のことを心配する。
思うように勉強しない子どもを見ると、つい強い言葉が出てしまうこともあります。
「いつになったらやるの」
「何回言えば分かるの」
「このままで大丈夫なの」
「もっと本気になりなさい」
「どうしてできないの」
そう言いたくなる気持ちはよく分かります。
それは、子どもを心配しているからです。
しかし、子どもの意志を育てるという意味では、少し声かけの方向を変える必要があります。
まず大切なのは、結果だけでなく、行動を見ることです。
「何点だったの」だけではなく、
「どこが前よりできるようになった?」
「今回、頑張ったところはどこ?」
「次に直せそうなところはどこ?」
「塾で先生と何を確認した?」
「前より少し進んだところはある?」
このように聞くと、子どもは自分の学習を振り返りやすくなります。
次に大切なのは、できなかったことだけでなく、できたことを言語化することです。
「全部できていない」ではなく、
「ここまではできた」
「この問題は前より良くなった」
「計算の途中式は書けている」
「漢字はまだだけれど、読む力はついてきた」
「今回は準備が遅かったから、次は一週間前から始めよう」
このように、事実を整理して伝えることが大切です。
子どもは、できないところばかりを指摘されると、自分全体がダメだと感じてしまいます。
しかし、できているところと課題を分けて伝えると、次に向かいやすくなります。
また、目標を大きくしすぎないことも大切です。
「次は全部完璧にしよう」ではなく、
「次は数学の計算ミスを減らそう」
「英単語を毎日10個だけ確認しよう」
「学校のワークを一週間前に終わらせよう」
「まずは提出物をそろえよう」
このように、具体的で達成可能な目標にする。
家庭での声かけは、子どもを追い詰めるためではなく、次の一歩を見えるようにするためにあります。
意志は、責められて強くなるものではありません。
見通しが持てたときに、少しずつ強くなります。
聡生館が考える「学びの再生」と意志の教育
聡生館では、学力を伸ばすことを大切にしています。
学習塾である以上、成績を上げること、テストの点数を上げること、受験に向けた力をつけることは重要です。
しかし、私はそれだけでは十分ではないと思っています。
特に、学習につまずいている子、勉強への自信を失っている子、やる気が見えなくなっている子に対しては、単に問題を解かせるだけでは足りません。
必要なのは、学びの再生です。
学びの再生とは、もう一度、勉強に向かう力を取り戻すことです。
分からないところを整理する。
基礎に戻る。
自分に合った教材で学ぶ。
できるところから始める。
小さな成功体験を積む。
間違いを責めず、次につなげる。
学習の道筋を見えるようにする。
家庭と連携しながら、継続できる形を作る。
その中で、子どもは少しずつ変わっていきます。
最初は、勉強に後ろ向きだった子が、少しずつ問題に向かうようになる。
質問できなかった子が、分からないところを聞けるようになる。
すぐ諦めていた子が、もう一問だけやってみるようになる。
テストを避けていた子が、次は少し点を上げたいと言うようになる。
この変化は、単なる学力の変化ではありません。
意志の芽が出てきたということです。
私は、学習塾の役割は、知識を教えることだけではないと思っています。
もちろん、知識を教えることは大切です。
解き方を教えることも大切です。
入試情報を伝えることも大切です。
しかし、それ以上に大切なのは、子どもの中にある「自分は変われるかもしれない」という感覚を育てることです。
そこから、勉強へのモチベーションが生まれます。
そこから、目的を持つ力が生まれます。
そこから、強い意志が育っていきます。
聡生館が目指しているのは、ただ勉強を管理する場所ではありません。
子どもの中にある意志の原点を探し、それを育てる場所でありたい。
そう考えています。
強い意志の正体
最後に、もう一度、最初の問いに戻りたいと思います。
強い意志は、どこから生まれるのでしょうか。
それは、生まれつきの根性だけから生まれるのではありません。
単なる性格の強さだけでもありません。
叱られたから急に生まれるものでもありません。
正論を聞かされたから自動的に生まれるものでもありません。
強い意志は、いくつものものが重なって生まれます。
悔しさ。
憧れ。
不安。
安心。
成功体験。
自己信頼。
未来への想像。
他者からの承認。
学びの見通し。
自分は変われるという感覚。
自分の努力には意味があるという実感。
これらが少しずつ重なったとき、子どもの中に意志の原点が生まれます。
そして、その意志は、最初から大きくなくてよいのです。
今日は一問だけやってみよう。
少しだけ復習してみよう。
分からないところを聞いてみよう。
前より少し良くなりたい。
もう一度、やり直してみたい。
このままでは終わりたくない。
その小さな意志を、大人が見逃さず、つぶさず、育てていく。
それが教育の仕事です。
強い意志とは、子どもを叱って無理やり作るものではありません。
子どもの中にある小さな願いを見つけ、それを未来につなげ、成功体験によって育てていくものです。
勉強へのモチベーションも同じです。
外から押しつけるものではありません。
内側から生まれるものです。
しかし、その内側の火が灯るように、外側から支えることはできます。
聡生館は、そのための場所でありたいと思っています。
勉強を教える場所であると同時に、学び直しの場所であり、自信を取り戻す場所であり、目的を見つける場所であり、子どもの中にある意志の原点を育てる場所でありたい。
子どもが、自分の未来を少しでも信じられるようになること。
自分の努力には意味があると思えるようになること。
自分は変われると感じられるようになること。
そこから、勉強へのモチベーションは生まれます。
そこから、目的を達成する力は育ちます。
そこから、強い意志は静かに立ち上がってきます。
強い意志とは、特別な子だけが持つ才能ではありません。
それは、心の奥にある小さな願いが、未来への道筋を得たときに生まれる力です。
そして教育とは、その小さな願いを見つけ、守り、育て、未来へつなげていく営みなのだと思います。
聡生館は、これからも一人ひとりの子どもの中にある小さな意志の芽を大切にしながら、学びの再生を支えていきたいと思います。
Dr.Kazushige.O
一般社団法人自在能力開発研究所 代表理事
聡生館&スプラウツ 代表