BS 12月に放映される名作映画案内 Part3 | アラフォー世代が楽しめる音楽と映画

アラフォー世代が楽しめる音楽と映画

結婚、育児、人間関係、肌や身体の衰え、将来への不安...
ストレスを抱えるアラフォー世代が、聴いて楽しめる音楽、観て楽しめる映画を紹介します。
でも自分が好きな作品だけです!    

 ただ映画館やテレビ放映される映画を観て、一晩寝れば前日観た映画の話題など出ることのない通り一遍の鑑賞法と違い、趣味が昂じてそれなりの意志を持って最後まで観続け、その感想をブログに纏めるようになって5年近く経つ。ここまで永く続けられたのは、物語の面白さも勿論だが特定の俳優や監督に興味を持ったからであろう。そうなると彼(彼女)の別の作品も観てみたい欲求が湧き上がる。
 本格的に映画を観るようになった初期の段階で、ヴィスコンティとフェリーニに夢中になったのは幸いだった。両人ともイタリアの映画監督だが、ヴィスコンティは頽廃と破滅の美学を追求し、フェリーニは賑やかな幻想空間を映像化してきた。だがボクは後に“ヴィスコンティ映画”“フェリーニ映画”と謳われる独特の映像世界を確立していった後期の作品よりも、ネオ・レアリスモと呼ばれる初期の作品の方が馴染む。理由は至って簡単で、ボク等とそう変わらない庶民が登場し、内容が判り易いからだ。後期のヴィスコンティが執拗に問うた貴族家系の没落、またはフェリーニの唐突で物語性のないお伽噺を理解するのは理知と教養が幾らあっても足りない。
 1960年、先にフェリーニが飛び跳ねた。『甘い生活』はボク等の日常観念の遥か彼方を飛ぶ衛星になった。同年、ヴィスコンティはネオ・レアリスモの集大成と言うべき『若者のすべて』を公開した。63年、フェリーニは『8 1/2』という衛星2号を発射した。同時期、ヴィスコンティは『山 猫』でイタリア統一革命という時代の流れの中で、それまで支配階級であった公爵が古い価値観が一変する現実を受け止める運命を背負う心の葛藤や諦観を描いている。また2年後には姉弟の扇情的な禁断の愛を描いた『熊座の淡き星影』を発表し、世間を揺るがした。

 だがヴィスコンティがフェリーニの後塵を拝したという評価は正当ではない。ヴィスコンティは既に54年、『夏の嵐』で伯爵夫人が敵軍中尉との盲目的な情愛の果てに身を滅ぼしてしまう活劇を試験的に制作していたのだ。
 とりわけヴィスコンティ美学が極致に達したのは俗に“ドイツ3部作”と称される作品群だ。ここでは泰西名画のように重厚な映像が織り成す上流階級者の背徳と頽廃が、刹那性と陰翳の深さの視点で描写されている。その“ドイツ3部作”の第一作目が『地獄に堕ちた勇者ども』である。
 時代背景は1930年代初頭のドイツ。第一次世界大戦に敗北したドイツはヴェルサイユ条約により、巨額の賠償金を課せられて荒廃していた。不況とインフレに喘ぎ苦しむドイツ国民はやり場のない屈辱感と、捌け口を見つけられない絶望感に満ちていた。そこに人心を掴もうとするヒトラー率いるナチス・ドイツ軍の行進する靴音が日に日に高く響いてくる。
 この映画は暗雲忍び寄るナチス台頭期に、ある貴族系の鉄鋼企業(実在したクルップ一族がモデル)の当主殺害を機に、身内でもある突撃隊員と共謀して実権を掌握しようとする一族がいた。処が彼らの行動を尻目に当主の従兄であり、親衛隊の幹部が暗躍していた。ここで若干説明が必要だが、同じナチス軍組織である突撃隊と親衛隊は必ずしも友好ではなかったのだ。ドイツには歴とした国防軍があったが、親衛隊は将来的に起こるであろう戦争を念頭に国防軍との連携を模索していた。その国防軍は既に隊員数だけは自分達を遥かに凌ぐ突撃隊を警戒しており、武器を渡すのを拒んでいた。その微妙な関係につけ入った親衛隊が主導権を握っていくのだ。
 謂わば『地獄に堕ちた勇者ども』は軍部内での勢力争いの巻き添えになり、崩壊していく大企業の一族を描いたものである。

 おそらく『地獄に堕ちた勇者ども』はヴィスコンティの作品の中でも、最も暴力的、且つ目を覆いたくなる性的倒錯の姿態が顕現し、強烈な刺激に満ちている。
 エッセンベック男爵家の遺産の正統な相続者は孫のマルティンなのだが、この若者は白痴のような男で、欲望の赴くまま悪戯の限りを尽くす。マルティンはキャバレーに立つ踊り子のような女装をして卑猥な歌で煽ったり、いたいげな少女を暴力で蹂躙したり、果ては母親に愛されぬ憎悪から近親相姦に到る等、怠惰で退廃的な生活に浸っている。
 一方、当主ヨアヒムの甥コンスタンティン男爵は突撃隊将校の顔も持ち、遺産争いに乗じてエッセンベック家が所有する製鉄工場で造られる武器に狙いを定め、自らが所属する突撃隊に横流すことで、ナチスの私兵集団から正規の国防軍への昇格を目論んでいた。その為に彼はヨアヒム老の遺産を引き継ぐマルティンをお飾りの社長にして自分が実権を握ろうとしていた。だが既に実母ゾフィーとその愛人フリードリヒ、当主ヨアヒムの従兄アッシェンバッハ(ナチス親衛隊幹部)らに懐柔されていたマルティンはフリードリヒを次の社長に指名する。
 ある時、マルティンに陵辱された少女がショックで自殺する。地元の警察は証言等からマルティンに容疑を向けた。そこで警察に顔が利くコンスタンティンに相談した処、これを好機と判断した彼は逆にマルティンを脅迫し、会社の主導権掌握と突撃隊への武器供与を一気に推し進めようと動き始める。
 これでゾフィーとフリードリヒは窮地に陥った。ゾフィーはアッシェンバッハに相談し、そこで彼は一計を案じる。自分の計画を阻むコンスタンティン、膨張し続けてヒトラー批判を隠すことすらしない突撃隊、そしてその突撃隊を統制する幕僚長レーム。彼らを一網打尽にし、脅威と邪魔者を一気に片付けてしまう謀略を企てたのだ。
 そして1934年6月30日の朝。前夜から突撃隊幹部は隊員を集め、同性愛的な乱交パーティを開いていた。そこへ親衛隊が銃を押し寄せ、“血の粛清”を決行する。歴史書にも著述されている「長いナイフの夜」である。ホモ・セクシャルと血の匂いが充満した場面は如何にもヴィスコンティ的な妖美に溢れるが、ボクには理解し難い。
 アッシェンバッハの魔手は最後にゾフィーとフリードリヒに向けられた。この二人は権力を奪われた絶望感から今や廃人のようになっていた。娼婦を狩り集めた狂宴で二人は毒入りカプセルを口にする...。こうして一族を支配しようとした二人はマクベス的結末を迎えるのであった。

 野望、背徳、サディズム、頽廃、性的倒錯...この映画では正義や清潔感を振りかざす善人は殆どいない。僅かながらヨアヒム老の姪エリザベート、その夫で自由主義者のヘルベルトくらいである。だがヘルベルトは陰謀からヨアヒム殺害の容疑をかけられて国外逃亡せざるを得なく、その間にエリザベートとその愛娘はゾフィーとフリードリヒの狡猾な策略によって、二度と生きては戻れぬダッハウの強制収容所に連行されてしまう。
 このエリザベート役を演じたのがシャーロット・ランプリングである。汚濁に染まった一族において一輪の花のような存在であった。物語自体の凄みもあるが、ボクはひたすら境涯に振り回される悲劇の貴婦人を可憐に演じたシャーロット・ランプリングが印象的だった。
 その彼女がこれほどにまで豹変するのかと驚いたのが、4年後に公開された『愛の嵐』である。この映画はヴィスコンティの下で従事していたリリアーナ・カヴァーニという女流監督の作品だ。おそらく『地獄に堕ちた勇者ども』で描ききれなかった女(必然的にエリザベートと被る)のもう一つを生き方を、女性なりの視点でヴィスコンティの跡を継ぐ形で表現したかったのだと思う。設定は違えど、『愛の嵐』は『地獄に堕ちた勇者ども』のパラレル・ワールド的な続編である。

 ここでのランプリングは科白や演技よりも、眼とその表情だけで何かを語る。何もかも達観しているようだ。決して出会ってはならない男マクシミリンとの再会。20年前まで二人はナチス将校とその性的玩物という関係だった。ほどなくマクシミリンに忘れた過去が甦り、彼女の肉体に溺れる。
 今は有名な指揮者の妻という恵まれた境遇にいるルチアも逃れられない宿命を感じる。遠い昔、彼女はその美貌が卑猥なナチス高官の目に留まり、囚われの身となる。それからは毎夜、乱痴気騒ぎをする親衛隊員達の前でダブダブのズボンをサスペンダーで肩にかけ上半身裸で唄うようになる。その歌詞は「“何が欲しい?”と聞かれれば“幸せになりたい”と答えるけれど、たとえ幸せになれたとしても、すぐに悲しい昔が懐かしくなる...。」というものだ。自分には真っ当な人生が用意されていなかった諦めの境地が重なる。
 そして今、再びマクシミリンの求めに官能に打ち震える様は時には愛に潤み、時には淫らになる。だが自分の肉体に憑かれた男を、醒めた眼差しで見つめる。それはその先にある死を見据えているような青い炎が揺らめくようだった。
 彼女は戦後身分を偽り、人眼を憚るように生き永らえている元ナチス将校の存在を知る証人でもある。マクシミリンの仲間達は口を封じようと画策する。だがマクシミリンはアパートに彼女を匿う。常に監視される生活。街にも出られず、やがて電気を切られ、食料も底をつく。その中でも二人は愛を貪る。
 覚悟の夜、マクシミリンは十数年ぶりにナチスの制服を身に纏い、ルチアにはゲットー時代に着せていたコスチュームに似た服を着せて、車を走らせる。車がドナウの橋にさしかかると二人は車降りて、衰弱したルチアを支えるように歩いていく。後方から銃声が轟き、二人は崩れるように倒れた。

 ルチアには過去を蹂躙された恨みが消えていなかったと思う。マクシミリンが自分の肉体の虜になったことを逆手に取り、彼女は憎き男を支配し始め、やがて死の世界に導くサディスティックな堕天使に変わっていく。そしてわが身を犠牲にしてまでも、男に復讐を遂げたのである。そうまで徹せられたのは実はそこにマクシミリンへの愛があったからだ。
 生まれた時代に翻弄されたが故に萌芽してしまった異常な愛情表現。ルチアは愛の最終形と復讐劇を同時に成就したのだ。全く凄い映画で、ただただ圧倒される! 特に女性に観てもらいたい映画だが...。


『愛の嵐』/ダーク・ボガート&シャーロット・ランプリング、フィリップ・ルロワ [修正ノーカット完全版DVD] 

 男を自分の魅力で破滅させるには、燃えるような情熱と自らも地獄へ墜ちていく覚悟が必要である。換言すれば永遠の少女性と、それとは真逆になる現実を直視する醒めた眼が備わっていると全てが見透かせる。シャーロット・ランプリングのあの無愛想な表情と鋭い眼差しは、快楽に溺れながらも今後の二人の行く末まで見えている。
 喋らずとも悲痛な状況を感じ与えるランプリングの眼に一番最初に気づいたのがルキノ・ヴィスコンティである。当時の彼女はデビュー4年目で、これといった話題作も無く注目されていなかった。それにも拘らずヴィスコンティは『地獄に堕ちた勇者ども』の薄幸の美女エリザベート役をオファーしたのだ。処がまだ23歳の彼女は30歳で2人の子持ちの母親役に難を示した。そこでヴィスコンティは「君のその目。その目さえあれば充分だよ。何でも知り尽くした哀しい目だ。」と言いながら説得したのである。

 シャーロット・ランプリングは1946年2月、ロンドンから少し離れたケンブリッジ近郊のエセックス州スターナーで生を享けた。父ゴドフリー・ランプリングは36年ベルリンオリンピックでの陸上競技で金メダルを獲得する逸材だった。その後イギリス陸軍に入隊し、彼女が誕生した時は大佐に就いていた。
 父がNATO(北大西洋条約機構)の高官として活躍する仕事柄、彼女は基地から基地を転々とする軍人の父に連れられて、ヨーロッパ中を渡り歩く生活を送った。その怪我の功名というべきか、彼女は5ヶ国語を操る卓越した語学力を持つようになった。
 ランプリングが9歳の時、父がパリ郊外のNATOに配属され、パリに落ち着いてフランス式の伝統的教育を受けた。その頃の彼女は引越しの繰り返しで、ろくに友達も出来ずにまた新任地へ向かう生活に子供心が傷ついていた。言いようもない淋しさを押し隠していた少女期。この満たされぬ感情は漠然とした不安感となり、後に女優としての演技でもふと湧き上がってしまうのかと思う。
 やがて成長した彼女は聖ヒルダ高校とフランスの高校を卒業する。その後、ハーロー工業大学に進んだのだが、それからの彼女の行動については明らかにされていない。噂ではマドリード大学でスペイン語を学んでいた、バンド歌手をしていた、はたまたロンドンで秘書をしていた等、様々な説がある。
 でも64年、彼女が18歳の時にイギリスでモデル業に勤しんでいたのは確かである。痩身で長脚の彼女はそこそこ売れていたそうだが、その一方で所属先のエージェントからは「そんな目つきじゃ商売にならないから整形手術をしたらどうか?」と勧められたらしい。しかし彼女は従わなかった。そのお陰でランプリングは冷徹な眼差しで、女優として花開くのであった。

 どのような経緯があったかは定かではないが、いよいよ彼女はビートルズの主演映画『ビートルズがやってくる ヤア!ヤア!ヤア!』を撮り終えたばかりのリチャード・レスター監督の次回作『ナック』で映画初出演を果たす。この映画はカンヌ映画祭グランプリに輝いたほどの逸品だが、彼女の役はその他大勢の女の子の一人というエキストラに過ぎなかった。だが驚くなかれ、その中にはやはり当時無名だったジェーン・バーキンやジャクリーン・ビセットも一緒にいたのだ。
 続いて同年、コメディ映画『ロッテン・トゥ・ザ・コア』で本格デビューを飾るが、その後彼女は次の出演交渉を断ってまでロイヤル・コート・シアターに入学し、演技訓練を受けて本気で女優の道を目指そうとしたのだ。
 母国イギリスで何本かの映画に端役出演したランプリングの許に、イタリア映画界から声がかかった。先ずは60年代にニュー・イタリアン・シネマの旗手と謳われたジャン・フランコ・ミンゴッティ監督の『不法監禁』に出演し、その翌年にヴィスコンティの『地獄に堕ちた勇者ども』で、1930年代の豪華な衣装を身に纏いスクリーンに登場した彼女は如何にもヴィスコンティらしい大作に相応しい存在感を見せた。ヴィスコンティは彼女を気に入り、その後も何度か作品への起用を試みた。だが如何なる事情があったのか、結果的にヴィスコンティ作品への出演はこの一作で終わってしまう。
 イタリアでの仕事を終えた彼女はその後アメリカに渡り、“B級映画の神様”ロジャー・コーマン監督の作品に出演したり、アメリカ=フランス合作の『夏の日の体験』で好演したが、何れも小品だった。その後再びイタリアに招かれ、17世紀の異色作家ジョン・フォードの傑作「あわれ彼女は娼婦」の映画化である『さらば美しき人』に出演する。この映画は16世紀の北イタリアのマントバ地方の旧家を舞台に描かれる兄と妹の禁断の愛の物語で、彼女自身このアナベラ役に強く惹かれ、最後に壮絶な死を迎える場面まで25歳の美しい肢体を晒して熱演した。

 順調に女優業を歩んできた彼女に突如としてスキャンダルが降りかかった。71年夏、彼女はトリュフォーの『突然炎のごとく』さながらの女一人、男二人で共同生活をするな三角関係が新聞・雑誌に書き立てられたのだ。これに対し、彼女はその噂を否定するどころか、「私達は幼い頃から家族同様に育ったの。私の愛情を一人だけに捧げるなんて出来ないわ。不自然で反道徳的かも知れない。でも私にはごく自然なの。大騒ぎするのがおかしいくらい...。」と発言して世論に反駁した。この後、シャーロット・ランプリングは“スキャンダルの女王”と呼ばれるようになったのである。
 翌72年2月、彼女は当の二人のうちの一人マネージャーのブライアン・サウルコムとロンドンで結婚式を挙げるが、この時もう片割れのモデル業ランドール・ローレンスが花婿の介添人として終始二人の傍を離れず、しかも二人が新婚旅行から戻っても三人暮らしは変えないと面白可笑しく報道された。だがこれはメディアの作り話のようで、実際はブライアン、ランドールの
二人が借りていた部屋に彼女が居候をし、やがてブライアンと結婚。ランドールはモデル業が忙しくなり、そのうちに出て行ってしまったのが真相みたいだ。上記の発言もランドールを兄妹然とした感情で、わざわざ断る必要もないと思ってのことだったらしい。
 皮肉なことに、このスキャンダル騒動で“恋多き女”のレッテルを貼られた彼女に仕事のオファーが多く届くようになった。夫がいながら愛人と情欲に耽る女の魅力は、後の作品に活かされていく。それが74年の『愛の嵐』であった!

 ナチス統治時代、収容所で生き延びる為にマクシミリンの倒錯した性の玩具となり、上半身裸にサスペンダーでナチ帽を被って踊るユダヤの美少女ルチア。運命の悪戯で十数年後に再会して過去が甦り、破滅へと転ぶのを避けもせずに愛欲地獄を続けるショッキングな物語と艶やかなまでの映像美は全世界を震撼させた。
 だが制作国イタリアではあまりにも刺激的な内容に公開2週間で猥褻罪に問われ、全面上映禁止となる。これに対し、カヴァーニ監督の師匠ヴィスコンティらの著名なイタリアの映画作家達が猛然と抗議し、映倫に作品の釈放を要請する文書を送りつける騒ぎとなる。その行く末を見守った全世界の注目を浴び、各国で公開されるや大ヒットとなったのだ。またもや彼女はスキャンダルを見方に付け、国際的女優の地位を確立していったのである。
 74年のハードボイルド映画『さらば愛しき女よ』のファム・ファタール役ベルマは細く引いた眉、毒々しいまでに赤い唇とハスキー・ボイスで往年の名優ローレン・バコールを彷彿させ、優雅と淫蕩を併せ持つその魅力は妖婦(ヴァンプ)という装飾語を久々に蘇らせた。因みに本作は彼女初のハリウッド出演映画である。順調に経歴を重ねる彼女にニューズ・ウィーク誌は「今、最も金になる国際女優」と褒め讃えた。

 ボクは82年のポール・ニューマンと共演した『評 決』以来、シャーロット・ランプリングの新作は観ていない。今回、ウィキペディアで確認すると、1年に1本は堅実に映画やテレビドラマに出演しているようである。現在に到るまで映画史に残る様々な女性像を演技し続ける彼女には、大英帝国勲章“OBE”の称号が授与されている。
 シャーロット・ランプリングが最も輝いていたのは70年代である。当時は戦後社会の価値観が大きく変わった時期に重なり、スクリーンの華となる女優に対しても従来の明るくグラマラスな色気よりも、陰鬱で病的な個性が望まれるようになった。その典型が彼女だったのだ。彼女は繊細さと痩身の肉体でヨーロッパ的な頽廃、耽美を全身で表現していたのである。
 彼女の透き通るほどの透明感は、まるで今にも消えてなくなるような円山応挙の幽霊画のようだ。全てを知り尽くしている眼で見つめられたら、男は身動き出来ない。彼女が若かった頃、是非日本の怪談『雪 女』に出演してもらいたかった。


『評 決』/ポール・ニューマン&シャーロット・ランプリング,ジェームズ・メイスン [DVD]

 それではいつもに沿い、『BS映画の放送カレンダー』が掲載する放映予定リストの中から、作品の優劣は問わずにあくまでボクの嗜好に沿った映画をピックアップしてみた。従って下記に羅列した作品集は所謂お勧め映画の紹介ではなく、個人的な確認メモという位置付けであることをお断りしておく。
 尚、何処のBSデジタル放送局で放映されているか判り易くする為、作品名の接頭部に各放送局の略語を表記した。解説文は下記の各ホームページからの抜粋である。
         ・(N)=『NHK-BS』
         ・(日)=『BS日テレ』           ・(A)=『BS朝日』
         ・(T)=『BS-TBS』           ・(J)=『BSジャパン』
         ・(F)=『BSフジ』             ・(E)=『BSイレブン』
         ・(S)=『BSスカパー!』        ・(D)=『Dlife』
 アメリカでは毎年クリスマスが近づくと、『素晴らしき哉、人生!』がテレビ放映される。それを観た人々は「生まれてきて良かった。今の人生で良かった。」と改めて知り、心が温まるようだ。
 人は誰しも自分の人生を振り返り、「もし別の生き方があったなら...。」と考えることがある。先日BS-TBSで放映された『神様がくれた時間』は設定を現代に移した『素晴らしき哉、人生!』のリメイク版とも言える。殆どの人は自分の人生に足りないものを感じる。輝かしい時季もあった筈なのに、何故か不幸に遭ったことばかりが思い浮かび、悲観的に人生を捉えるものだ。
 『素晴らしき哉、人生!』の主人公ジョージは世界を股にかけて活躍する建築家になるつもりでいたが、住宅金融会社を経営していた父親の急死で図らずも後を引き継ぐことになる。彼の会社は街の貧しい人々に低利で住宅を提供して感謝されていた。途中、世界大恐慌に見舞われたりしたが、彼は新婚旅行に充てていた資金を預金者に払い戻し、信用を勝ち得る。
 会社は経営を立て直し、順風満帆に大きくなった。これを街の実力者が目の仇にし、支配しようと企む。ある日、ジョージの叔父が大切な運営資金を紛失してしまう。これに応じて街の実力者が圧迫を加える。絶望したジョージは橋の上から身投げしようとする。そこに一人の天使が現れる。失意のジョージは「自分など生まれてこなければ良かった!」と喚く。そこで天使ジョージに“彼が生まれて来なかった幻の世界”を見せる。
 第二次世界大戦で殊勲を立てた弟ハリーの墓が見えた。ジョージは少年時代、池の氷の上で滑って遊んでいるうち、冷たい池の中に溺れてしまった弟を助けたのだ。また後に彼の妻となる幼馴染みのメリーは、適齢期を過ぎても図書館を往復する冴えない日々を送っていた。勿論、4人の子供も生まれていない。そして多くの街の貧しい人々は家も建てられず、殺伐としていた。ジョージは居た堪らなくなって「元の世界へ戻してくれ。」と絶叫した。
 再び現実に戻ったジョージはクリスマス・イヴの祝いを待つ我が家に駆け戻った。中には逮捕状を持った銀行検査官がいた。しかしそこへジョージの窮状を知った街中の人々が、「日頃の感謝に!」と、寄付金を持って押しかけて来た。ジョージは今更ながら人の心の温かさを知り、妻や子供達を抱き締めて、人生の幸福を沁々感じるのであった。
 大概の人は平凡と思われる人生で一生を終えるだろう。失敗と苦労を繰り返しながら仕事に翻弄される。将来の伴侶と出会い、結婚して家庭を持つ。やがて子供を授かる。歳を取れば兄弟のことが気に懸かり、親は老いていく。成功者と自分を比べて、己の人生に疑問を持つ...。誰もが大なり小なり一度は抱くことだ。
 だが『素晴らしき哉、人生!』を観る度に、愚直ながら自分の存在が他人にどんなプラスの影響を与えたかということに気づく。「だからボクの人生は素晴らしい!」と感じるのだ。「貴方に会えて良かった。」と言われたら、ボクはとても幸せな気分になり、舞い上がってしまう。
 正直、初めて『素晴らしき哉、人生!』を観た時はさほど感動しなかった。しかし今では映画のラストで流れる「蛍の光」と嬌声を上げる人々の姿に胸が熱くなる...。

 ・(N)『ワイルド・レンジ 最後の銃撃』  12月17日(火) 13:00~15:20

   『ダンス・ウィズ・ウルブズ』でアカデミー監督賞に輝いたケビン・コスナーが、製作・監督・主演を兼ねて仕
  上げた本格西部劇大作。
   アメリカ開拓時代末期の1882年。放牧しながら旅を続ける4人のカウボーイ達は大自然の中で互いに助
  け合いながら生き抜いてきた。処が立ち寄った町でそこを牛耳る顔役の為に仲間が犠牲に。
   正義と名誉を欠けて戦う男達の物語が大迫力のガン・アクションと共に描かれる。

 ・(N)『歩いても 歩いても』         12月17日(火) 21:00~22:56

   夏の終わりのある日。横山良多は再婚した妻と小学生の連れ子を伴い実家に帰郷する。開業医だった父
  とそりの合わない良多は失業中のこともあり気が重い。陽気な長女・ちなみの一家も来て、久し振りに賑や
  かな食卓を囲む横山家。得意料理をせっせとこしらえる母と相変わらず無口で愛想のない父。ありふれた
  家族の風景だが、今日は15年前に亡くなった長男の命日だった。穏やかな団欒の中、其々の思いが滲み
  出す。

 ・(N)『真夜中まで』               12月18日(水) 13:00~14:50

   ジャズ・クラブの人気トランペッター守山は憧れのミュージシャンが今夜自分のライブを見に来ることを知
  り、落ち着かない。処が恋人が殺される現場を目撃してしまった外国人ホステスのリンダを偶然助けたこと
  から、犯人達に狙われ、夜の街を逃げ回ることに。ライブ開始まであと2時間、守山はリンダと共に事件の
  証拠を探り、夜の街を駆け回る。

 ・(N)『忠臣蔵 後編』             12月19日(木) 13:00~14:24

   吉良上野介側から放たれた間者らによる襲撃をかわし、いよいよ赤穂の士達は江戸に集合。上野介が越
  後へ旅に出るという噂が流れたが、これも赤穂浪士を一網打尽にする為の虚偽と内蔵助は看破し、逸る同
  士を抑える。やがて吉良屋敷の絵図面を手に入れた赤穂浪士47人は、12月14日、降りしきる雪を突い
  て、遂に本所吉良屋敷へ討ち入った―。

 ・(N)『素晴らしき哉、人生!』        12月20日(金) 13:00~15:12

   家族や周囲の人々の為、自分のことは後回しで働いてきた善人に起こる奇跡を描いたヒューマン・ドラマ
  の名作。
   父親が急逝し、夢を全て諦めて父の会社を継いだジョージ。悪徳実業家によって窮地に立たされた彼は
  絶望し命を絶とうとするが、そこへ現れた半人前の天使にジョージが存在しなかった場合の別の世界を見
  せられて...。
   監督は3度のアカデミー監督賞に輝く名匠フランク・キャプラ。

 ・(J)『愛情物語』                 12月20日(金) 20:00~21:45

   ピアニストを目指してニューヨークにやって来たエディ・デューチンは、有名なカジノのオーケストラを訪れ
  た。だが就職の口はなく、がっかりしてカジノを立ち去ろうとした時、ピアノが目に止まり弾くことに。偶然エデ
  ィのピアノを聴いた資産家の令嬢マージョリーは彼に事情を聞き同情、彼女の引き立てでエディはバンドの
  一員に加えられる。やがて2人は激しい恋に落ち結婚、息子ピーターも生まれ幸せな日々を送っていた
  が...。

 ・(T)『陰陽師Ⅱ』                 12月21日(土) 13:00~14:49

   時は平安時代。都に鬼が現れては人を食らう事件が相次ぐ中、陰陽師・安倍晴明は親友・源 博雅に頼
  まれ、藤原安麻呂の娘・日美子の夢遊病と鬼の事件との関係性を調べることに。一方、都では幻角という術
  師が次々奇跡を起こし、評判となっていた。果たして鬼の正体とは? また権力を握ろうとする一味が企て
  た晴明と幻角の対決の行方は?

 ・(J)『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』  12月21日(土) 18:54~20:47

   満男の為に「ピアノが欲しい。」と言う、さくらの願いを叶える為、寅次郎が手に入れてきたのは玩具のピア
  ノだった。それが大騒動となり、再び旅に出た寅次郎は北海道へ。そこで旅回りの歌手・リリーと出会い、意
  気投合する。
  そして地道に生きようと酪農家で働くことにするが三日と持たずに柴又へ帰ってきてしまう。そんなある日「と
  らや」にリリーが訪ねて来たことで再会を喜び合う二人だったが、何やら訳あり風の二人に周囲は...。

 ・(N)『ナショナル・トレジャー リンカーン暗殺者の日記』  12月21日(土) 20:45~22:48

   歴史考古学者であり、冒険家のベン・ゲイツの先祖に“リンカーン大統領暗殺の犯人”の汚名が着せられ
  る。ベンは先祖の無実を証明すべく、友人の天才ハッカー、ライリーに協力を依頼。更には別れていた恋人
  アビゲイル、暗号解読の専門家である父パトリックをも巻き込み真相究明へと乗り出す。しかしその一方
  で、謎の一味が彼らをつけ狙っていた...。
   大統領暗殺に隠された真実と、アメリカ合衆国を揺るがす秘密の暗号に挑む。

 ・(D)『天使にラブ・ソングを・・・』       12月22日(日)  0:00~1:53

   クラブ歌手のデロリスは殺人現場を目撃した為にギャングに命を狙われる。身を隠す為の場所は修道
  院! 彼女は聖歌隊のリーダーとなり本領発揮、たちまち街中の人気となるが...。

 ・(E)『天国の約束』               12月22日(日) 20:02~21:40

   大恐慌下の1930年代フィラデルフィア。12歳の少年ジェンナーロは貧しい家計を女手一つで支える母
  ルイザ、大好きな祖父ガエタノと暮らしていた。町に新装オープンした映画館に憧れを抱くジェンナーロは25
  セントの入場料を稼ぐ為に街で仕事を探すのだが、かなりタフな体験を重ねていくことに。そんな中、大好き
  なガエタノが倒れるというショッキングな事件が起きて...。

 ・(N)『駅 STATION』             12月23日(月) 13:00~15:13

   倉本 聰が高倉 健の為に書き下ろした脚本を、近作『あなたへ』でも高倉健と組んでいる降旗康男監督
  が映画化。雪深い北国を舞台に、射撃の名手である一人の刑事の10余年に渡る人生模様を、彼と宿命的
  に出会う女性達との関わりの中に描く。
   妻と幼い子供に別れを告げ、射撃のオリンピック代表選手としての重責を担いながら事件を追う三上。彼
  の孤独な人生が、犯人の妹や飲み屋を営む女将の悲しい人生と交錯していく。
 
 ・(N)『ロング・ライダーズ』           12月24日(火) 13:00~14:41

   南北戦争終結後の19世紀後半。南軍ゲリラだったフランクとジェシーのジェームズ兄弟は、ヤンガー3兄
  弟、ミラー兄弟と共にギャング団を結成し、銀行や列車の強盗を繰り返す。民衆の喝采を受けた彼らは州
  政府が雇った探偵社の追跡をかわしながら、無法の青春を謳歌するが...。
   ジェームズとステイシーのキーチ兄弟、デビッド、キース、ロバートのキャラダイン3兄弟、デニスとランデ
  ィのクエイド兄弟の配役が話題を呼んだ。

 ・(T)『チキ・チキ・バン・バン』         12月24日(火) 21:00~23:22

   『サウンド・オブ・ミュージック』『メリー・ポピンズ』と並ぶミュージカルの最高傑作!
   夢見る発明家のポッツはポンコツ自動車のチキ・チキ・バン・バンを救い出し、手を加えて走らせることに
  成功する。二人の子供ジェレミーとジェニファーを乗せて海辺へ遊びに出かけた3人は途中、美しい女性ト
  ルーリーと出会い楽しい時間を過ごす。処がポッツの空想癖が元で海上に浮かぶヨットが、暴君ボンバース
  ト男爵が乗るヨットに変身して...。


『 穴 』/ジャン・ケロディ、フィリップ・ルロワ、ミシェル・コンスタンタン [DVD]