まず、ぼくの話からします。

僕は歌が好きです。

小学生以来久々に同窓会で会った友達に、「歌ってるイメージしかない」って言われたぐらい、小さいときから歌が好きだったんだと思います。

大学生になってからも、実習のたびに何か口ずさんでいるらしく、実習を休んだ次の日に「昨日は静かだったよ」、って皮肉を言われるくらいです。

三つ子の魂は云々とはよく言ったものです。



そんな僕はミュージカルも好きです。

歌や音楽で自分を表現したり、相手に気持ちを伝えたり出来ることは、とても素晴らしいことだと思います。


明るい気持ちは明るく。

寂しい気持ちは寂しく。

激しい気持ちは激しく。

静かな気持ちは静かに。

楽しい気持ちは楽しく。

悲しい気持ちは悲しく。




このような音楽による表現方法を考え出した人はすごいと思います。

いや、もしかしたら考え出したのではなく、自然と現れたのかもしれません。



ふと、人類の歴史を振り返ってみると、そこに音楽は付き物でした。

歓迎。

祝い。

哀悼。

さまざまな場面で、その場の人々の気持ちを代弁する音楽が用いられてきました。

そして現在もミュージカルは人々に好まれています。

自分の気持ちを音楽で表現するということが、人類のDNAに組み込まれているといるのではないかと考えてしまいたくなります。

いうなれば、「ミュージカル遺伝子」です。



僕はその「ミュージカル遺伝子」の発現が顕著なんだと思います。

なんせもう、なんなら普段の会話も歌いたいぐらいです。

「お腹が~空いた~よ~♪」ってな具合に。


それはちょっと言い過ぎました。




でも、世の中には「ミュージカル遺伝子」の発現がみられない人も多々いるようですね。

ミュージカルの話をすると、

「てか、何で歌ってるのか意味分からない」

とか言われたりします。

カチンときます。

そして、どうにかしてこいつの「ミュージカル遺伝子」発現してやりたいなと思います。

でもそういう人は往々にして頑固なんでどうにも出来ません…涙




まあ、そんな「ミュージカル遺伝子」を発現していない人も、している人も、ぜひ見てほしい作品があります。

映画なんで気軽に楽しめると思います。



①ムーランルージュ
②High school musical
③サウンドオブミュージック


①ムーランルージュ
ニコール・キッドマン、ユアン・マクレガーが出演する本作は、喜怒哀楽すべてを表現したミュージカルオブミュージカル。
聞きなじみのある音楽に乗せて、表現される愛の世界をお楽しみください。
あと、ニコール・キッドマンがすごく可愛いです。


②High school musical(HSM)
体が自然とうずうずしてくる音楽とダンスが魅力。こんな高校生活を送ってみたいと思わず思ってしまいます!!
主役の2人、ザック・エフェロンとヴァネッサ・ハジェンズは本作がきっかけで、公私共に恋人同士になっちゃいました。
HSM1、HSM2、HSM the movieの3作があるので、必ずHSM1から順番にみてください。でないと楽しみが半減します。

③サウンドオブミュージック
もはや語る必要はないでしょう。見てください。名曲たちが優しくあなたを包んでくれます。



てなわけで、皆さんもミュージカルをもっと見てみてください。

舞台とか映画とかお勧めがあったら教えてください。

「ミュージカル遺伝子」をどんどん発現していきましょう♪♪♪



チクタク。チクタク。




ゆっくりと時間が過ぎていく。




チクタク。チクタク。



周期的に訪れてくる眠気は、いつの間にか時計の短針と長針のワルツによってかき消されていた。


そういえば最近上手に眠れていないな。いつからだろう。


思考回路が「off」から「on」へと入れ替えられる。




チクタク。チクタク。ボーン。




教会の鐘の音が街全体に響き渡った。


教会?この街に教会なんてあっただろうか。そもそもこんな夜中に鐘など鳴るのだろうか。


ゆっくりとまぶたを開けてみると、部屋は闇で満たされていた。


白い壁も、青いベッドカバーも、僕の手も一切の光を浴びず、くすんだ色をしていた。


体をだんだんと闇になじませていく。




始めはゆっくりゆっくりと。しっかりと。確実に。




ベットを降りてカーテンを開けてみる。


窓から見える景色はいつもと変わりなかった。


窓の下の道路はのっぺりと厳かに横たわり、傍を走る白線は永遠に続いているかのように真っ直ぐと伸びていた。


その周りには、街灯がぽつぽつと等間隔で立ち、育ち盛りの木々はさわさわと何かを囁いている。


きっと自己主張したい年頃なのだろう。





教会は見当たらなかった。


鐘の音からすれば、街の中心にそびえ立っているような印象だったが。








どうやらこの街はいつもと変わらないようだ。










その事実に少し安心してベットに戻り、再びまぶたを閉じた。


どうやら夜明けはまだのようだ。その事実にうんざりした。






チクタク。チクタク。






















草食系と肉食系。

ここ数年で出てきた概念でしょうか。

Wikipediaによると、



「草食系男子(そうしょくけいだんし)または草食男子(そうしょくだんし)とは、恋愛やセックスに消極的な若い男性の様子を草食動物に例えた用語であり、2000年代後半に流行語となった。対義語に「肉食系男子」(もしくは「雑食系男子」)がある。」



だそうです。

そして、多くの女性にとっては、

草食系男子は「マジありえない」らしいです。









オーケー、認めよう。

僕は、草食系男子だ。





草食系で何が悪い!

というか、肉食系の方々の思考回路が理解できません。



例えば、よくご飯を食べに行くレストランに、可愛いウエイトレスの女の子が働いていたとします。

肉食系の人は、なんの恥じらいもなく話し掛けちゃいます。

草食系の僕は、まー話し掛けられないですわね。ごちそうさまと笑顔で言うぐらいが関の山。



可愛いスタバのお姉さんが働いていたとします。

肉食系は、年齢を聞き出します。

草食系は、まードリップコーヒーの注文しかできないですわ。



マクドナルドで女子高生が勉強していたとします。

肉食は、女子高生に話しかけて盛り上がります。

草食には、その状況を想像だにできません。



この違いは何なんでしょう?

草食の僕も、話しかけてみようかなぁ…って思うこともありますよ。たまには。

でもね、そう思っても次の瞬間に、心の中でもう一人の自分が止めにかかります。



「待て!お前は今自分が何しようとしているか分かってるのか?
下手に話しかけるなんてやめた方がいい。そんな話しかけたところで、
相手はお前になんか興味はないし、冷たくあしらわれるだけなんだぞ。」


「わかるよ、君の言わんとするところは。でも、そうやって人と出会っていくのって僕はわりと好きな方なんだ。」



「君は分かっちゃいないよ。世界は意外とシビアなんだぜ。向こうだって話しかけられたら困るよ。」




…さながら、天使と悪魔の押し問答のような状況が続き、結局は誰にも話しかけられません。


この過程と結果はある意味では、相手の立場を考えた対応かもしれませんが、


本当は自分が傷つくのを恐れ、消極的になっているだけなのかもしれません。


一方、肉食の方は、「別に相手にどう思われてもいいじゃん」的なスタンスなので、どんどん話しかけていきます。



僕もおじいちゃんとかおばあちゃん、おじさんとかおばさんになら全然話しかけられます。むしろ、各地でそういう人と会って、お話しするのはわりと好きなほうなんです。


だけど、若い人、特に女性になるとまるっきりダメなんです。

友達なら全然大丈夫だけど…

クラスの同級生を好きになってもまーーーーったく告白できなかったし。




この違いはなんなんでしょう?

昔々に何か傷つくようなことがあって、そのトラウマのために潜在的にそういうことが苦手になってしまったんですかね?

例えば、若い女性に誘惑されて、誘拐されて、殺されかけたとか?



ただただ、肉食系がうらやましいです。