(第6回)アシカが戦うし
寒くなると思い出すのが、湯気のたった温水プールである。中学一年の頃、僕は週に2、3度、スイミングスクールに通っていた。競泳には主に四種類の泳ぎがあるが、僕がもっとも得意としたのはブレスト(平泳ぎ)であった。なぜブレストが得意になったかというと、それにはこんな理由がある。
僕はスイミングスクールの中学生上級クラスにいた。練習は、25メートルプールを、動物園のアシカのように行ったり来たり、とにかく泳ぎまくる。一コースを半分に分けて往復するので、速い者から順にスタートする。競泳は戦いである。ライバルを追い抜き、実力が上がるほど前のポジションに移るのだが、当然前に行くほどしんどくなるので、クラス十数人中4~5番手というブレストポジションに、僕は甘んじていた。
そんなある時「ふっ」と気付いた。
ブレストというのは、足を鋭角に広げて水を蹴る。その光景を真後ろから見ると、けっこうHなのだ。
ブレストのトップにいたのは、中学三年のとても美人のおねぇさんだった。バルセロナ五輪ブレストで金メダルを取った岩崎恭子選手にちなんで、キョウさんと仮名をつけよう。キョウさんは男子スイマーどもの憧れの的であった。
ブレストH論に気付いた僕は、それから頑張りまくった。見る間に実力を上げ、自分の前にいた新田、楠木といった野郎どもを蹴散らし、ついにキョウに近付いた。
ご存じのように、ブレストは顔が正面を向いている。キョウさんの足がシュパッと開くタイミングに合わせ、自分の顔を水に入れると、ゴーグルの先には絶景が・・・鼻血ブー。なんとスケベな奴か、といわれるだろうが、これがブレストを得意になった理由であり、市の大会で準優勝したこともあるのだから、男の色欲というものはたいしたものだ。
ところが、受験シーズンが迫ったある日、三年生だったキョウさんはスクールを辞めてしまった。がっかり。
そんな時「はっ」と気付いた。
今までキョウさんの陰に隠れていたが、同じクラスに、けっこう可愛い同学年の女の子がいたのだ。岩崎恭子選手の崎をとり、サキちゃんと仮名をつけよう。
残念なことに、サキちゃんはブービー(ビリから2番目)のポジションであった。しかし、今やトップとなった僕が、サキちゃんの後ろにまわる方法がひとつあった。
同じ所を何度も往復するわけだから、周回遅れに追い付いてしまえばよいのだ。そしてベッタ(最後部)の野郎を追い抜けば、そこにはサキちゃんのおしりが待っている。
が、ブレストは足を広げ横幅をとるので、クロールなどと違って、追い抜きにくい。むきになってベッタの奴を抜こうとしたら、ガンッ!と、顔面を蹴られて鼻血ブー。
医務室でコーチがいった。
「ちゃんと前見て泳がんかい!」
「はぁ、先のサキを見てました」
チャンチャン。
2002年2月1日号掲載

足利尊氏
室町幕府初代将軍。在職1338~58。
| 追記・・・競泳選手をアシカに例え、スクールをその戦いの場としています。新田、楠木を破って『京』に入った尊氏をもじっている部分に気づいた人はかなりの歴史通!? 岩崎恭子選手からとった仮名、キョウさんとサキちゃんの名前がうまくいきていると、自画自賛のエッセイです(笑)。 |
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