今日は父の仕事関係の方が7人、お盆のお参りに来て下さった。
そして、今日は母が他界してちょうど1年目の命日だ。
みなさん、「Yさん(父)が亡くなってから半年も経ってなかったんだね」と驚く。
「いやあ、奥さんより(亡くなったのが)先でよかった」
父は母に頼り切っていたから、母より後だったら、自殺したかもしれないとは、
さびしがり屋の父を知っている人なら誰でも思うことだ。
線香が消えたあと、お寿司屋さんで会食。
ひとしきり父の話題で盛り上がる。
「あのアグレッシブさはどこからでてきていたのか」
「24時間、愛情いっぱいの人だったわよね」
「あの記憶力は凄い。どんな小さなことでも覚えている」
「みじめさみたいなものが、微塵もなかった」
「疲れたことなかったのかねえ」
「楽しかった。本当に面白かったなあ」
父の気質や性格だけでなく、さまざまな思い出を語って下さるが、
そのどれもが奇想天外で一般的にはめちゃくちゃ。
「あれなら悔いのない人生よね」
とは、至極ごもっともな感想。
自分の意のままに自由奔放に生きた父。
その反面、母や私は父に振り回され、いろいろな意味で尻拭いばかりで大変だった。
さまざまなストレスで母も悪性腫瘍になり、後を追うように、というより、
父に引っ張られて、去年の今日、あの世へ旅立った。
みなさん、父をよく知っているからこそ、その妻がどれだけ大変かを理解してくれている。
ある人が、「奥さんがずっと支えてきたというのも、愛情なのよね」
う~ん、なるほど。
そういう見方もあるのかあ。
私は「母は父の犠牲者」だと長年思っていたが、ああいうハチャメチャな人と夫婦であり続けたということは、
確かに何か1本芯があったのかも。そうでないと、46年も一緒にいられないよね。
それも愛情の1つの形なのかもしれない…。
お盆+母の命日、いろいろと人生勉強になる話を聞かせてもらい、とてもためになった。
このような素晴らしい人たちに囲まれて過ごせた父は、幸せ者だとつくづく思う。
父も、かつての二人の部下が社長になったという報告を受けて、あの世で喜んでいるだろう。
それと、最年長の大正15年生まれTさんの一言が印象的だった。
「最近の日本人は“民主主義”と“利己主義”の違いをわかっていない」
今日も暑かったが、内容の濃い素晴らしく楽しい一日だった。
みなさん、遠路はるばる父のために、どうも有難うございました。
本日の教訓:民主主義と利己主義の違いを理解する。