『どもる体』 伊藤 亜紗・著
「コントロールされた領域」のすぐそばには、「コントロールされていない領域」が横たわっています。
なにしろ生命の根幹である心臓の拍動すら、「勝手に」動いているのであって、私たちが自分でコントロールしているわけではありません。
消化だって勝手に行われているのであって、痛みでもない限りその働きが意識されることはありません。
では「歩く」や「食べる」のような運動はどうか。こうした運動はいわゆる「随意運動」ですから、内臓の動きとは違って、意識的にコントロールされているように見えます。
しかし随意運動とて、事情は変わりません。たしかに、歩く速度を上げたり、食べる量をセーブしたり、といった調節を行うことはできます。
大枠は「随意」です。
けれども、関節を曲げる角度や口の開き具合、あるいは体重のかけ方について、私たちは体の細部にわたって逐一命令を出しているわけではありません。
その多くは、体の物理的な構造と習慣の産物による自動化した動きであって、意識的にコントロールされたものではないのです。
そうした「体が勝手にやってくれていること」にかなりの部分を依存して、私たちは生活しています。
この本では、言葉を上手く喋れなくなる「吃音」をテーマに書かれている。
「話す」と言う普通にしている行動が、どのように行われているか知れて勉強になった。
身体は、当たり前のように凄いことをしてくれているんだなぁ![]()
<関連記事>





