映画「愛ルケ」の封切りが、いよいよ明日に迫った。


 愛ルケといえば・・・いわずと知れたにっけいさんの超人気ブログの、「今日の愛ルケ」である。ちなみに「愛ルケ」という略称を考え出したのはにっけいさんらしい。


 私がブログにはまったきっかけは、このにっけいさんの「今日の愛ルケ」である。雑誌アエラが渡辺淳一の特集を組んだ時、「愛の流刑地」に突っ込み倒している面白いブログがあると、にっけいさんの「にっけいしんぶん新聞」 が紹介されていたのだ。記事を読んでみてあまりの面白さにすっかりはまってしまい、一日何時間もかけて、数日かかって「今日の愛ルケ」の過去記事を読破してしまった。


 それ以降も更新を心待ちにし、にっけいさんの鋭い突っ込みと読者のみなさんの秀逸なコメントに、手を叩いて大爆笑する日々が続いた。その内自分でもコメントを入れるようになり、たまに自分のコメントに他の人から反応が返って来ると嬉しくて、更にはまっていった。あの頃は幸せだったなぁ・・・。


 愛ルケ連載中から、その小説のあまりのヘッポコぶりを、にっけいさんのブログを通して突っ込んだり爆笑したりしてきたから、その映画がいよいよ公開されるとなると感慨深い。(色んな意味で)「今日の愛ルケ」上で、映画化されるとしたら主演は誰、監督は誰などと、みんなで予想したりした。大半の読者は映画化に反対で、私もその一人だったのだが、どうせ渡辺淳一の圧力とメディアの商業主義で、ほっといても映画化・テレビ化されてしまうんだろうな~なんて思っていたら、ほんとにそうなった(笑)。


 一体誰が菊冶と冬香をやるのか、と思っていたら、トヨエツと寺島しのぶだという。しかも菊冶の年齢が10も若返って、45歳になっているという・・・。この時点で原作とは別物と考えるべきだろうな。原作ではセコくて情けなくて幼稚で貧乏な50過ぎのオヤジだった菊爺が、セクシーでミステリアスな男盛りに・・・。そして同じく頭がちょっと弱くて主体性がまったく無くて何の面白みもない主婦だった冬香が、道ならぬ恋に命をかける情念の女に・・・なるのか?


 原作通り映画化したら、間違いなく俳優が尻ごみするような魅力の無い登場人物たちを、監督と脚本家のアイデアで作り変えたのだろうか。もし映画が感動的だったら、ズンは「原作者」と名乗る資格は無いな(笑)。


 私は豊川悦司が好きなので、実は映画にはちょっと期待している。寺島しのぶも、原作と違って血の通った女性として演じてくれそうだ。原作の冬香はとことん魅力のない女だった。連載当時私は冬香と同じ36歳だったのだが、「こんな女、おらんわ!」と突っ込み倒しながら読んでいたものだ。渡辺作品のヒロインは大体人格が無いんだけれども、この冬香は特にひどかった。「爺さんの脳内妄想が生んだ生身のダッチワイフ」だった。菊冶にしても、作者が自分を投影しているのが丸分かりで、50代の男にしては言動や考え方がじじむさく、(そのくせ性欲だけは人並み以上)どうみても単なるエロジジイだった。


 40代のトヨエツが演じたなら、会う度にすぐセックスになだれ込む二人のただれた関係も、激しい行為の延長線上で冬香の首を絞めて殺してしまうのも、拘置所の中で「国家への反逆」と称して耽る自慰も、「究極愛」の末の行動として映るのだろうか。あの「三文エロ小説」が、「相手を殺したいほど愛し合った男女の、激しくも美しい恋の物語」に変換されるのだろうか。


 連載中は、冗長で退屈な文章と小松久子画伯の低体温なテイストの挿絵のおかげで、いまいち盛り上がりにかける話だと思っていたが、予告編を見ると、ものすごく波乱万丈な感じに仕上がっている。「その手で その手で 私を汚して~」と平井堅が半裸で熱唱してるし。ひょっとしたら泣ける映画になってるかも知れないなぁ。


 トヨエツファンとして、一応、観に行く予定だが・・・どうしよう、感動して泣いちゃったら。


追記: 「にっけいしんぶん新聞」リンクさせていただきました。

 あの人と、久し振りに会話をした。




愛情と決意って、どっちが先に来ると思う?


決意。


え~そうかなぁ。まず愛があって、それから付き合おうとか結婚しようとか思うわけでしょ?


違うな。まず「この人を愛そう」って決意してから始めるんだよ。


愛情って、自然に湧いてくる気持ちなんじゃないの?


自然に湧いたもんは自然に消えるでしょ(笑)


う~ん・・・ (あるかも知れない)


自然に湧いた気持ちを維持してくのってやっぱり意志の力でしょ。


そうかも知れないねぇ。


だったら最初に決意しとかないと。覚悟もないまま誰かを好きになったらダメでしょ。


そっかぁ・・・。


「何があってもこの人を愛し続けよう」って決めたら、その決意を守ろうって努力するんじゃない?人の気持ちが変わるのはとめられないけど、自分の気持ちが変わるのは止められるでしょ。


それって時々辛くない?


辛いよ。でも自分で決めたことだからね。


自分で決めたことかぁ・・・潔いセリフだね。


俺、嫁にもそう言ってある。「何があっても好きでいるって決めたから」って。


奥さん、幸せ者だね・・・


どうだろう?とんでもなくしつこいストーカーかもよ、俺。(笑)



 

彼の奥さんがストーカー被害者になるか日本一の幸せ者になるかは、今後の彼の愛情にかかっているだろう。

 

 最近の若い人は、携帯でメールして1分以内に返信が来ないと、「友達じゃない」とか思っちゃうらしい。だから片時も携帯を手放せず、いつでもメールが打てるようにスタンバイしてるのだそうだ。そんなこと言ったら私なんて何人友達失くしてるか。( ̄ー ̄;

私なんて友達から来たメール、丸1日放置なんてざらだ。友達に送ったメールも、すぐに返信が来るとは限らない。3日くらい経ってようやく返事くれる人もいる。だからたまにソッコーで返事くれる人に会うと「はやっ!」と面食らってしまう。


 相手の都合をあまり気にせず送れるのがメールのいい所ではないのか。送る方も返信する方も、自分の都合のいい時に送ればいい。だって急ぎの用事なら、電話をかければ済むのだから。緊急の件は普通メールでなんか送らんわな、というのが私の世代の感覚だと思う。

 

 私は、メールの返信が来なくてもあまり気にしない方だ。「返信してね」と書いたメールの場合は気になるが。それ以外は、特に返信がなくてもあまり不都合のない内容だから、かまわない。気が向いたらメール送ってくるかな、くらいにしか思っていない。しかし、メールの返信がないと不安で不安で、返信が来るまでずっと携帯を握り締めてしまう人もいるらしい。特に彼氏からのメールを、ずっと待ってしまうという若い女性が最近多いと言う。私の若い頃は携帯なんて無かったから、そんな悩みなど存在しなかったが、不毛な悩みだよなぁ、と思う。受信ボックスの中に彼氏がいるわけじゃないのに。彼が好きなのか、彼がくれるメールが好きなのか、どっちなんだか。


 便利になった分、余計な葛藤が増えたというか、逆にややこしい世の中になったような気がする。私が夫と付き合っていた時、夫は一日置きに必ず電話をくれたのだが、夜遊びの好きな私は、かかって来る時間にいなくて電話に出られなかったこともけっこうあった。夫も出かけているなら仕方がない、と伝言を残して切った。翌日私の方から「昨日はごめんね」と言ってかければ済む話だった。今時のカップルは携帯があるから、いらん疑念や不安が多いだろうな。当然つかまるものと思って電話をかけたのに、本人が出ないと、一体どうしたのだと思ってしまうだろう。あらぬ疑いをかけたり、心変わりかと不安になったりして、関係にヒビが入ることもあったりして。実際はただ単に電波の届かない所にいるとか、携帯を家に忘れただけなのに。


 携帯さえあれば、メールさえあれば、いつも誰かとつながっていられる、という安心感が生まれるのかも知れない。しかしそれはどうだろう。「いつもつながっているという安心」は、「いつもつながっていなければという不安」に、簡単に取って変わるのではないだろうか。それはもうメールでつながっているというより、メールにしばられていると言った方が正しいだろう。


 コミュニケーションのメインはやっぱり会って話すことだと思う。電話やらメールやらは、あくまでサブ。補助的な位置だ。そうでなければいけない。だってせっかく会って話してるのに、相手が携帯の向こうの相手とのメール交換に夢中になっていたら、興ざめだもの。

じゃあ~~~ん! 我が家の昨夜の夕食!





 MOKOねえさん、桜子さんのご指導により・・・作ってみました!キッシュ!(*^o^*) 

具材はほうれんそう、ベーコン、ブラウンマッシュルームです。ソースは、桜子レシピを採用しました。加熱温度と時間は、MOKOレシピを参考に・・・。うん、初めてにしては上出来?(自画自賛)


 味は・・・キッシュの味がしました。(≧▽≦) あ~あたしでもキッシュ作れるんだ~って、感動しましたよ!夫も気に入ってくれたようで、「おいしい おいしい」と、食べてくれました。我が家の定番メニューになりそうです。


 具材は、色々工夫できそうですね~・・・じゃがいもとか玉ねぎで作ってもおいしそう~。具材を変えて、たくさん作ってみたいです。


 MOKOねえさん、桜子さん、ありがとうございました!(*^ー^)ノ

 

 昨日の「2ちゃんねるニュース」で、「最近旅行や映画など、一人で行動する女性が増えた」というトピックがあった。それに対する2ちゃんねるの皆さんの反応は、「自分もそう」という人が圧倒的に多かった。皆さん一人旅、一人メシ、一人映画鑑賞は普通、一人カラオケ、一人ボウリングもOKといツワモノもいた。


 もう一人で行動することは、男女問わず当たり前の世の中になっているようだ。ちょっと前までは、女性が一人で旅行したり映画を見たりすることに、かなり偏見があったものだが。女一人の予約は取らないというのが、ホテル・旅館の暗黙の了解だったりしたのだ。理由は、「自殺されたら困るから」(笑)女が一人で旅に出るイコール自殺、という偏見が、まかり通っていた。女は常に男と一緒か、集団で行動するものというのが、一般常識(?)だったのだ。


 私は10代の頃から一人行動を好んでいたので、昨今の風潮はありがたい。高校生の頃から一人で喫茶店に入ってコーヒーを飲むような娘だった。今でも一人で飲食店に行くのは全然平気だ。(居酒屋も含めて)映画も、たいがい一人で見る。趣味が合ってたまたま互いの予定が合ったら、友人と行くこともあるのだが、この年になると、「友人と予定を合わせる」ことがそもそも難しい。私は不規則な仕事をしているし、同世代の友人はほとんどが子育ての真っ最中だ。メールで、1ヶ月前から予定を調整し合って、ようやく「いついつランチしようね」と約束する有様だ。その約束だって、用事が入ってドタキャンになったりする。こんな状態だから、上映期間が限られている映画などは、一人で行くしかないのだ。また、近所に新しいカフェがオープンしたとして、明日お茶でも、と言ったところですぐに友達がつかまるという保証はどこにもなく、めんどくさいので一人で行ってしまう。


 私たちの年代って、誰でもこんな感じなのではないだろうか。決して友達がいないわけではないんだけれども(笑)とにかく忙しいのだ。結婚している人は家庭の色んなことで、仕事をしている人は仕事で。2ちゃんねるニュースで「最近一人で行動することが多い」と答えていたのは、大半が30代の女性だという。今時の30代は結婚して子供のいる人もいれば、私の様に既婚だが子供のない人、または仕事をしている人と、状況は様々だ。自分は独身だけど友達は子持ち、というケースもたくさんあるだろう。友達と足並みが合わないのでどこへも出かけられない、なんて寂しいし、一人でもけっこう楽しめると気づいた女性が増えてきたのだろうか。また、「女一人」に対する世間の偏見も、無くなってきた。良いことだと思う。


 ちなみに私は「一人旅」、「一人居酒屋」、「一人メシ」、「一人映画」、「一人スポーツジム」、は平気だが・・・「一人カラオケ」「一人ケーキバイキング」は、ちょっとムリ。

 今日は朝から大雪だった。この地方にしては珍しい。風がとても強くて、吹雪のようだった。しかし元々温かい地方なので、間もなく雪は止み、薄日が射して来た。やっぱり積もるまではいかない。


 私は雪の日がけっこう好きだ。普段より寒いのだが、湿気が出るせいか、どこか「あたたかく」感じる。不思議だが。この地域は冬になるとひどく乾燥して、強い風がびゅーびゅー吹き付ける。そのせいで体感温度は実際より寒い。風のものすごく強い日などは外へ出る気にもなれない。しかし、雪の日はたとえ普段より寒くても、何故だか外出したくなってしまう。冷たい空気も気にならない。しんしん降る雪の中を歩いていると、何故だかほっこりと温かい気持ちになる。これも私が雪の少ない地域に住んでいるからで、豪雪地帯に住む人々はこんな呑気なこと言っていられないだろう。


 雪から連想した訳ではないが、ふと中島みゆきの書いたある詩を思い出した。そういえば彼女は北海道出身だった・・・北海道は、豪雪地帯だ。



  「あたし時々おもうの」



あたし時々おもうの

命は いったいどれだけ

どれだけのことを できるものかしら


いつのまにか いつのまにか 命の終わり

あたしたちが 若くなくなったとき

あたしたちは まだ

いつか いつかと

声をかけあうことがあるかしら

命は 命は

なんにもしないうちに 終わってしまうから


「若い時」なんて あたしたちにも もうないの


いつのまにか いつのまにか 命の終わり

あたしたちが 若くなくなったとき

あたしたちは まだ

いつか いつかと

声をかけあうことがあるかしら

命は 命は

なんにもしないうちに 終わってしまうから

「若い時」なんて あたしたちにも もうないの


若くなくなったあたしたちは

いったい どんな顔をして

行きかえばいいの

いったい どんな顔をして


あたし 時々 おもうの



 この詩を初めて目にしたのは、確か高校1年の時。中島みゆきばかり、漁るようにして聞いていた頃だ。あの時は「深いなぁ」と思ったきり、それで終わってしまったが、38歳の今読み返してみると、より切実に胸に突き刺さる。私は、あの時より確実に「若くなくなった」。「いったいどんな顔をして行きかえばいいの」という年齢に、もはやなってしまった。そのことが殊更に、実感される。


 若い時は、好きなだけムダにできる時間があった。無限にあるかに思われる時間に甘えて、私は何一つ、成し遂げて来なかった気がする。成し遂げないまま、この年になってしまった。まだ、「いつかいつか」と声を掛け合うことができるのだろうか?


 命は「なんにもしないうちに」終わってしまうものかも知れない。徒に迷ったり、悩んだりしているうちに、人に誇れるようなことを何一つできないまま、一生を終えてしまうのだろうか?


 「若いときなんて もうない」のだから、そんな暇は無いのかもしれないなぁ、と思ってしまった。


 普段考えないことを色々考えてしまうのは、正月の特徴か?

 今日の正午から2時近くまで、35回ほど電話して、やっとつながった!美輪さんの「双頭の鷲」の名古屋公演のチケットセンター!о(ж>▽<)y ☆ 見事S席2枚、ゲット致しました!♪(*^ ・^)ノ⌒☆


 生美輪さんに会える!o(゜∇゜*o)(o*゜∇゜)o~♪ 4月下旬の愛知厚生年金会館♪(*゜▽゜ノノ゛☆


 楽しみっっ!(´0ノ`*)


 他にも行く人いますか?もしいたら、当日会場でお会いできたらいいですね!   (^-^)/


 あ、ちなみに最終日です。

 私にとってのブログってなんだろうなぁ・・・突然考えてみる。


 最近、「ウェブ人間論」という本を読んだのだが、その中に「ブログは分身。もう一人の自分」というくだりがあった。分身かぁ、なるほど・・・と思った。言いえて妙だ。分身、そうなのだ。ブログ「雑想三昧」の管理人である「夏ばこ」は、もう一人の私だ。


 本名で生きているリアルの世界がある。そして、HNで生きているネットの世界がある。どちらもその人にとって重要で、「その二つが合わさって初めてその人の人生を形成する」と、「ウェブ人間論」は言っている。今までそんな風に考えたことがなかった私は、目からウロコが落ちた思いがした。それまでは、ブログとは自分の言いたいことを書く場所だとしか思っていなかったからだ。


 ブログに出会ったきっかけは、雑誌「アエラ」である。近所の喫茶店で読んでいたアエラが、渡辺淳一特集を組んでいて、当時連載中だった「愛の流刑地」を取り上げたのだ。そして記事中に1行だけ、「にっけいしんぶん新聞」というブログの存在に触れてあった。何日か後、たまたまパソコンをいじっていて、妙に印象に残っていた「にっけいしんぶん新聞」を検索したら・・・あのにっけいさんの人気ブログに行き当たった、というわけだ。それが、私とブログとの出会いである。多分あの時アエラを読まなかったら、「夏ばこ」は生まれなかった。夏ばこがあるのは朝日新聞社のおかげである。


 考えてみるとパソコンに疎い私がこうしてネットの世界にいるのも、不思議な「縁」に導かれたような気がしてならない。それまでパソコンなど、ほとんど触ったことがなかったのだ。仕事で使うワード以外はほとんど未知の領域で、知りたいとも思わなかった。そんな私がブログを開設して、たくさんの人とコメント欄を通じてコミュニケーションを取っているのだ。自分に人生にこういうことが起こるなど、全く予想外だった。リアルの私はとても狭い世界に生きていて、決して社交的な質ではない。大人になると、新しい人と出会う機会は極端に減る。子供のいない私はママ友なども無く、昔の友人たちとも年を経るごとに疎遠になり、どんどん世間が狭くなっていた。


 もしかすると、自分からコミュニケーションを求めた部分があったのかも知れない。そういう気持ちが、ブログとの「縁」をつないだのだろうか?元々人と話すのは好きなのだ。色んな人と出会い、話してみたいが、現実の世界では様々な制約や、しがらみが付きまとう。既婚の女である私があまり積極的に出歩いて、出会いを求めるわけにも行かない。しかしブログ上では、たくさんの「出会い」がある。



 リアルでは、言葉を使って自分の気持ちを表現する。ブログでは、文章を使って自分の気持ちを表現する。リアルではなかなか自分の言いたいことを率直に表現できない。周りの視線とか、人間関係とか、しがらみとか、自意識とか、様々なものに邪魔されて、本当の気持ちが言えないことの方が多い。対してブログでは、好きなだけ本音がぶつけられる。基本的に匿名の独り言だからだ。そしてその独白に反応した人が、コメントを書いてくれる。それらのコメントに対してコメレスをつけ、交流が生まれて行く。コメントをくれた人がブログを持っていたら、そのブログにも訪問して、コメントをつけることもある。ブログには、その管理人の人となりが如実に表れる。記事を読んでいるとその人がどういう人かだいたい分かって来る。人柄が気に入ると、もっと色々話したくなる。コメント欄を通して、「対話」してみたくなる・・・


 私の場合はそんな風にして、どんどんブログ友が増えていった。ネット上の付き合いとはいえ、リアルの友人よりも遥かに私の内面を知っているような気がする。お互い顔も本名も知らないのに、本当に不思議だ。今の私にとってはネットで知り合った仲間たちが、かけがえのない存在になりつつある。皆さんからどれだけ元気をもらったか知れない。


 最近本名の私とネット上の「夏ばこ」と、どちらが本当の私?と悩むことがある。リアルの友人には(夫も含めて)、私がブログをやっていることは内緒にしている。つまりネット上の「夏ばこ」は、本名の私となんら接点が無く、完全に独立した存在である。逆にネット上では、「夏ばこ」としての私から入ってリアルな私を知っている人もいるのだから、リアルとネット、どちらが私の人生でウェイトが重いのか、分からなくなって来た。


 去年はほとんどブログ中毒といってもいいような状態で、一日にとんでもなく長い間パソコンの前に座っていた。おかげで寝不足にはなるし、他のことはあまりやれないし、生活がブログ一色とでもいうような有様だった。リアルの人間関係もおろそかになり、疎遠になってしまった友人もいる。正直、少々ヤバイ状態だった。元来友達が少ないので、これ以上減ったら困るのだ。

 

 ブログ初心者にありがちな現象なのかも知れない。他のブロガーさんを見ていると、実生活もけっこう忙しく充実させ、ブログも楽しんでいるという人がけっこう多い。私みたいにブログ三昧というのは、(私の周りでは)意外と少ない。皆さんとても健全に、リアルとブログを両立させている。


 やっぱり中毒はまずいだろう。今年は私ももう少し、リアルのウェイトを上げて行こうと思っている。ブログという「もう一つの世界」に出会えたことは、本当に素晴らしいことだと思ってはいるが。そう、ブログは私の「もう一つの世界」だ。


 なんだかまとまりのない記事になってしまったが・・・要するに「ブログはかけがえのない存在だから、うまく付き合って行きたい」と言いたかったのだ。


 

 今年の私の抱負の一つに、「料理をもう少し頑張る」というのがあったが・・・早速実現させたいと思う。


 私は、オーブン料理のレパートリーが無い。今のマンションに移った際に、オーブンレンジを購入したのだが、未だにレンジ機能しか使ったことがない。( ̄ー ̄; せっかくある機能なのだから使いこなしたいのだが、どう使っていいのか分からない。温度設定とか余熱とか、なんだかめんどくさいイメージがあって。私には「お菓子を作る」という趣味が無いので、オーブンとは無縁なのだ。料理は全部ガスレンジで作っている。結婚してから10年間は、オーブンが無くても一向に困らなかった。しかし、せっかく今はオーブンレンジがあるのだし、オーブンでしか作れない料理も作ってみたい。


 そこで、みなさんにお願いです。オーブンを使って作る料理のレシピを、教えていただきたい!(。-人-。) オーブンレンジに付いてる「クッキングガイド」には、あんまり色々載ってなかったのです。私、「キッシュ」っていうのを一度作ってみたいのです・・・あの甘みのないパイみたいな料理。あれを作れるようになったら、オーブン使うのも楽しくなりそうな気がします。どなたか、簡単なキッシュの作り方、ご存知ないでしょうか?


 オーブン使いこなしてる人って、「料理上手」なイメージがすごくあるよな~・・・(@ ̄ρ ̄@) 料理自慢のブロガーさん、夏ばこのこのワガママな願いを、どうか聞いてやってくださいまし!よろしくお願いします!☆-( ^-゚)v

 昨日は夫の両親と、私の母と母の夫(私の父ではない)が我が家に来た。恒例の「正月の親戚集まりイベント」なのだが、2年前から私たちが親の家に行くのではなく、来てもらうことにしている。去年は夫の両親、私の親と、別々の日に来たので、正月休みが2日つぶれた。なので今年は両家いっぺんに来てもらうことにしたのだが、これが裏目に出る結果となってしまった・・・ヽ(;´Д`)ノ


 お昼を一緒に食べるつもりで、家に来てもらう時間を「1時から2時の間」と、双方の親には連絡しておいた。正月だし、昼の12時だとちょっと早いかなと思ったのだ。それに「1時きっかり」「2時きっかり」とするよりは、幅を持たせた方が、年配者には都合がいいかなと思った。(なにせ時間の観念が若者とは違うので)早くて1時過ぎ、遅くとも2時前には全員集合できるから、それに合わせて支度をすればいいと、私は思っていたのだ。なのに・・・


 私の母たちが来たのは12時45分。( ̄Д ̄;; 前日メールで、「1時ごろ行くから♪」と確認の連絡があった際、「あちらのご両親は2時ごろみえるからそのつもりでいてね」と返信した。そうしたら、「了解♪初詣に行くから多分1時過ぎになるよ」と言ったのに・・・「混んでたから初詣中止した♪(=⌒▽⌒=)」だそうだ。ちょうど支度にかかったすぐで、段取りが早くも狂ってしまった。夫も慌てている。娘の家という、「世界で一番くつろげる場所」に来て、母は上機嫌だ。勝手にテレビをつけて箱根駅伝を見ながら、一人でしゃべりまくっている。私は料理を作りながら、母のおしゃべりの相手をしなければならない。夫は自分の家だというのに、影が薄くなっている。私の母は元々すごく元気な人で、常にテンション高めなのだ。母が一人来ただけで、家の空気が一気に変わってしまった。ちなみにしゃべる割合は、母90%、私5%、母の夫2.5%、私の夫2.5%である。


 1時45分ごろになり、そろそろ夫の両親も来る頃だと思い、私は準備のラストスパートにかかった。注文しておいた寿司も届き、さぁこれでいつでも始められるぞ、という段になって、夫の両親がちっとも来ない。2時になっても、2時15分になっても、一向に来る気配がない。たまりかねて夫が電話したら、義母が出た。Σ(~∀~||;) 「3時だと思ってた~」・・・のだそうだ。( ̄ー ̄; たしか、1時から2時って言ったと思うんだけどなぁ・・・2回も確認したんだけどなぁ・・・3時なんて時間、どこから出て来たんだろう・・・


 「あんたがしっかり時間を言っとかなかったのが悪い!」母から散々小言を言われた。多分、待たされてお腹が空いて、気が立ってるんだろう・・・。義両親たちがようやく来たのは、2時45分だった。ヽ(;´ω`)ノ おまけに昼食を食べて来たという。・・・そりゃ、はっきり「ウチでごはん食べましょう」とは言わなかったけどさ・・・正月だし、昼の時間帯だし、去年も一昨年も正月にウチでご飯食べてるんだし・・・変な遠慮はしないで欲しかったなぁ。嫁いで12年なんだし・・・気になるなら「ご飯どうするの?」って聞いてくれれば良かったのに。(;´Д`)ノ


 私の母たちは結局「用事がある」と言って4時には帰ってしまった。義両親もそれから間もなく「帰る」と言い出した。義父がお酒を飲んでいたので気になって、「もう少しゆっくりしていって下さい」と言ったのだが、「すぐそこだで」と固辞し、帰って行った。せっかく作った料理も余ってしまい、何だか徒労感だけが残った。


 それからしばらく、言いようのない感情に襲われて、凹んでしまった。良かれと思ってやったことが、ことごとく裏目に出る・・・こういうことってあるんだなぁ。親を招くのって、ある意味友達を招くより難しい。友達ならちゃんと確認するところを、身内だと変な甘えがあって、(または気を回しすぎて)なぁなぁにしてしまったりする。子供でもいたなら場が和んで、こういう手違いがあってもまぁまぁ楽しく過ごせたのかもしれないが・・・あいにくウチに子供はいないのだ。


 ・・・来年からは招待状でも出そうか。