昨日立ち読みした「ゴー宣・暫」の中に、「日本も自衛のため核武装すべき」という巻があった。
( ̄Д ̄;; ・・・相変わらず過激な主張だな、小林よしのり。いくらなんでもそれは・・・と思いながら読み進めると・・・うーん。思わず納得してしまった。(笑)
小林の主張はこうだ。日本は今未曾有の安全保障上の危機にさらされている。狂気の独裁国家・北朝鮮が核兵器保有宣言をし、しかもわが国を敵対視している。核を搭載したミサイルがいつ飛んでくるとも知れず、危険度はキューバ危機の比ではない。
「日本はアメリカの核の傘に守られている」という人もあるが、アメリカはそこまで本気で日本を守る気はない。6ヶ国協議は北が核開発を進める時間稼ぎと化しており、日本以外の国はどこも拉致問題なんかに関心を示さず、朝鮮半島の非核化にも本腰を入れていない。米・中・ロ・韓を本気にさせるには、日本が核保有宣言をするしかない。もしこのまま手をこまねいていれば、最悪の場合日本は3度めの核攻撃を受け、壊滅する。世界中から同情されるが、これで諸外国は核保有の必要性を痛感し、核拡散に歯止めが効かなくなる・・・。
一見突拍子もなく見えるが、至極理にかなった、まっとうな主張だと思う。過激だが。小林の描くシナリオは、最悪も最悪だが、いざという時考えられる限りの最悪の事態を想定しておくのはどんなことでも基本中の基本だから、小林よしのりのような考え方があってもいいと思う。今まで誰も言わなかったのが、むしろ不思議なくらいだ。
「日本も核を持つべきかも知れない」という議論さえ封殺されてきた訳は、言うまでもなく世論の空気だろう。わが国には「作らず、持たず、持ち込ませず」という非核3原則がある。それをあまりにも堅持・崇拝するあまり、核武装の議論さえもできない雰囲気が跋扈しているのだ。
しかし、「可能性」すら考慮しないのは、一種の思考停止である。非核3原則は素晴らしいものだが、全ての国が堅持しているわけではない。守っているのは日本だけだ。ということは、他の国は核を持つ可能性を有する。実際いくつかの国は、既に持っているわけだし。日本は世界唯一の被爆国だから核は持たない、というのは言い古された理屈だが、長崎に原爆が落とされた時点で核兵器のあまりの悲惨さに気づいてアメリカが核を放棄し、この世界に核が無くなっていたなら、日本が人身御供となった意味はあろう。しかし現実は違うのだ。
第2次大戦の終結後、ソ連(当時)はいち早く核保有を表明し、米ソは核開発競争を始めた。このことが何を意味するかと言うと、世界にはいまだ弱肉強食の論理が働いているということだ。核兵器と言う最強の兵器を持った国に対抗するのは、自分も核兵器を持つしかない・・・何しろミサイル1発飛んで来たら、全て終わりなのだ。そうならないためにはこちらも核を持って、けん制するしかない。米国もソ連もお互いそう思っていたから、こぞって核兵器を開発し、その結果地球を7回破壊してもまだ余るほどの核兵器を作ってしまったのだろう。
その様子を世界の国々(日本以外の)はどう見ていたのか・・・超大国同士の軍拡競争を見て、「あんなえげつないことはわが国はやめよう」と思ったか。否。だからこそわが国も、と思い、その結果核保有国はどんどん増えていった。現在核保有を表明しているのは、米国、ロシア、中国、英国、フランス、インド、パキスタンである。それに今回北朝鮮が加わることになった。
先の6ヶ国協議で、米国はついに北朝鮮に譲歩し、金融制裁を一部解除してしまった。当初は2国間協議すらしないと頑張っていたのに、北朝鮮のねばり勝ちである。これは、「核を持った」という自信が、北を大胆にさせたのだろう。良くも悪くも、核保有は現在のところ、最強の外交カードである。核兵器に勝る兵器など存在しないのだから。北朝鮮はこの先、金正日体制が存続する限り、絶対に核を手放さないに違いない。たとえどんなに国内が荒廃し、人民が餓死し続けても。
この、「絶対個人崇拝国家」がすぐ隣に存在するという恐ろしさを、小林よしのりは力説している。キムジョンイルには国家元首としての責任感も、ポリシーも、理性もない。あるのは肥大した自尊感情と、果てしない欲望と保身だ。こんな人物をリーダーに頂く北朝鮮の人々には本当に同情を禁じえないのだが、そのとばっちりを最も受けやすいのは他ならぬわが国である。かの国とは拉致問題で関係が悪くなっているし、6ヶ国の中で唯一経済制裁を継続している日本に対し、これから更に悪感情を持たないとも限らない。「日本のくせに生意気だ」核を保有してそのジャイアンぶりに磨きがかかっている北朝鮮としては、頑なな態度を取る弱小国日本(=のび太)が、だんだん鼻について来るかも知れない。あ、「弱小国日本」ってのは北朝鮮独自の見解だが。
世界最恐のジャイアン男、キムジョンイルが暴走したら、止められる者は誰もいないだろう。何か一言でも意見したら、最高幹部でも収容所に送られるらしい。北朝鮮人民全体が、キムジョンイルの恐怖政治の元、奴隷化してしまっているのが北朝鮮という国なのだ。北朝鮮が実際に、日本に核ミサイルを撃って来る可能性は、0ではないかも知れない。実際、今まで何度かミサイル飛ばされてるし。
日本が核兵器を持つことは、技術的には可能らしい。既にたくさんの原発を稼動させているし、その気になれば明日にでも核ミサイルを作れるだけの、技術も資金もある。わが国は潜在的には軍事大国なのだ。だからこそ中国はじめ東アジアの国々が、何かあるとすぐに「日本は右傾化している、軍事大国化しつつある」と騒ぎ立てるのだ。わが国の経済力、潜在的な軍事力、米国との太いパイプを、恐れているからだという。過去の歴史についての反省云々・・・は、詭弁に過ぎない。もうそんなこと真に受けなくても、いいと思うのだが。
本当に本当に悲しいことだが、世界平和が人々の良識によってではなく、核兵器保有と言う軍事的バランスによってかろうじて守られているのだとしたら・・・日本も「核を持つ」という覚悟をした方がいいのかも知れない。少なくともそれに関する議論まで封殺するというのは、現実的ではないと思う。被爆国であるわが国が核を持つなんて、とんでもないブラックユーモアだが、それ以上に北朝鮮のようなキ○ガイ国家が核を既に持っているという、笑えない現実があるのだ。
もっとも、核を持つからにはそれなりの覚悟が要る。まず核不拡散条約からの脱退、そして日米安保条約の解消。米軍基地は撤退するだろうが、自衛隊は正式に自衛軍となり、防衛予算は倍増、大幅な人員の増員が必要となってくるため、徴兵制度が施行されるかも知れない。中国や韓国からは猛反発を食らうだろうし、北朝鮮からは正式に敵国として認識されるだろう。そればかりか、既に核を保有する他の国々からも敵対視されるかも知れない。ひょっとしたら、アメリカからも。それら全てのリスクを負いつつ、尚且つ自主防衛をするのだという覚悟を決めなければ、核武装などできるものではない。「核を持つ」という意見は、現在の日本では最も過激な主張だろう。世論はまっぷたつに分かれるだろうし、実現までには相当高いハードルがある。民主主義国家ではない、民意も世論も予め存在しなかった北朝鮮とは、事情が全く違う。
こうしてみると、日本が核武装するということはめちゃくちゃ難しいかも知れない。何も考えず今までどおり非核3原則を堅持し、国防は日米安保条約に任せた方が無難なのかも知れない。だがしかし・・・それでも・・・結果的に現状維持という結論に達したとしても・・・「議論することすらタブー」という現状に甘んじるよりは、核保有の可能性から逃げずに議論する方が、遥かにマシだと私は思う。何も考えず他人任せにするより、自分たちで一生懸命考えて出した結論の方が重みがあるし、またその姿勢を国際社会にアピールすることもできるだろう。「日本は世間知らずなわけじゃない」と。
人の本性を善だと信じ、他人の良識と良心をとことんまで信用しようとするのは性善説である。対して人の本性は悪なのだから、だからこそ教育や啓蒙が大事だと説いたのは性悪説である。私は性悪説を信じる。人類は未だに戦争ばかり繰り返しているからだ。しかし悪の中にも理性があり、とことんまで悪に徹しようとする者は、実は無いのではと思う。徹底した悪は自らも破滅に導くからだ。核兵器なんてものがあるのに、今まで人類が破滅せず何とかやってこれたのは、この理性のお陰だろうと思う。「理性ある悪」が必要悪の場合もある。だからって一旦悪を肯定したら、暴走してしまう場合もあり得る。核兵器はあまりに威力が物凄く、現時点で人類の手には到底終えない武器である。それを手にするということは、暴走する可能性のある悪を手にすることである。
ああ結論が出ない・・・困ったな。