色々あった2008年、いくらなんでももうないだろうと思っていたら、最後の最後に爆弾が落ちてきた。



 今さっき紅白を見ていたら、父から電話がかかって来たのである。およそ2年ぶりだ。正直、ここ最近父のことが気になって仕方がなかったので、びっくりした。私の所にかける前に、弟たちの所にもかけたらしい。


 体は元気か、仕事はリストラされてないか、病気の具合はどうか、借金は・・・矢継ぎ早に色々と質問した。父の声は張りがあってとても元気そうで、若干ハイな様子だった。少々飲んでいるらしい。


 父の状態は私が思うより悪くなかった。仕事は首にもならず順調で、体も元気、狭心症も再発の兆しは無く、すこぶる調子が良いと言う。300万以上あった借金は、債務整理をして全額チャラになった。おまけに100万円の貯金までできたと言う。なんとも幸運なことである。これで父は借金地獄から解放されたのだ。


 今まで放っておいてすまなかった、俺は本当に馬鹿な父親だった、今まで会えなかった分これからは毎日でも電話したいと、思いがけないほど父親らしいことを言って来たので、私もつい情にほだされて「いつでも会いに来ていいよ。お父さんももう年だし、何かあったら私が世話するからね」など、殊勝なことを言ってしまった。父ももう68、借金で散々苦しんでやっと分かったのだろう、これからはきっと真面目に生きてくれるだろうと思った。これで一安心だと・・・ここまでは良かったのだ。



  ところが。


 なんとまた父は株に手を出していたのである。(@ ̄Д ̄@;)


 しかも、なけなしの100万を全部つぎ込んだらしい。(ノ゚ο゚)ノ


 更には、既にその株が大暴落、価値が10分の1に下がったらしい。

 (((( ;°Д°))))


 父は、学習しない男である。


 あれだけ痛い目にあったのにまだ分からないのだろうか。株は二度としないで欲しい、あれはお金が余ってる人のすることで、お父さんみたいに非正規社員の貧しい高齢者がやることじゃない、またもとの木阿弥になったらどうする気だ・・・と散々説得した。終いには夫にも出てきてもらって、株はおやめになった方がよろしいですよお義父さん、と言ってもらったが、全く聞く耳持たずである。この100万がじきに1000万になるはずだから、などど世迷言をほざいている。


 ついに私も切れた。


 ヾ(。`Д´。)ノ いい加減にしろー!株やるんなら一切会わないからな!この期に及んでまだそんなバカなこと言ってるのか!もう連絡してくんな!娘が本気で心配してるってのに、アンタは最低の父親だよ!\(*`∧´)/ もう知らん!


 と、暴言を吐いた。すると父は


 父親に向かってその言い草はなんだー!ヽ(`Д´)ノ


 と逆ギレし、プツリと電話を切った。


 私はすぐさまかけ直し、


 年取ったら子供の言うことは聞くもんだよ!これからは地道に貯金しなさいよ!ちょっとでも蓄えがなかったらこっちだって面倒みられないよ!株やるな!貯金しろ!貯金!ヾ(。`Д´。)ノ


 とダメ押しした。父は


 オマエに面倒みてもらいたいなんて言ってないわ!ヾ(▼ヘ▼;)


 と言ってまた切った。


 私も私だが父も父である。せっかく久し振りに電話をくれて、ちょっと嬉しかったのに、最後はとてつもなく嫌な気分で終わってしまった。もうあの父は、心配するだけ損である。


 今ものすごくイライラしながら記事を書いている。大晦日ぐらいは穏やかな気分で終えたかったのに、どうやら無理みたいだ。全く今年は最後の最後まで、波乱の年だった。





 でも、父の借金が無くなってよかった。それだけでも、まぁ良しとしよう。


 


 

 やっと大掃除が終了して、今日は割とゆっくり過ごせている。あ、まだおせちの仕込が残ってるけど。ともあれ、夕方までちょっと時間ができたので、こうやってのんびりブログなどしている訳である。こんなにゆっくりブログをするのも何日ぶりだろうか。( ̄▽+ ̄*) 明日の元日は夜、夫の両親が来訪するので、 (´Д`;) 嫁稼業にいそしまねばならない。私にとってはつかのまの(?)自由である。


 これからブログ更新、みんなの所を巡回してコメントを書き、その後はWii Fitをやってから紅白を見つつすき焼きを食べる予定だ。大晦日の夕食は何故かすき焼きと昔から決まっている。紅白が終わったら近所の氏神様へ二年参り。混んで来るので早めに家を出なければならない。おそらく就寝は午前1時ごろになるだろうが、明朝は早起きして初日の出を見たい。そのまま郵便受けに年賀状を取りに行き、(元旦に来るのが年々少なくなる)お雑煮を食べながら(あ、その前に神棚の世話!)「お笑いヒットパレード」を見て初笑いする。・・・こうやって書いてみると何の変哲も、面白みも無い正月の過ごし方だ。きっと私と同じように正月を過ごす人は日本全国に5000万人くらいいるものと思われる。しかし、これが私にとっての王道で、正月はこうやって過ごさねば年が明けた気がしないのだ。何年か前、オーストラリアで年越ししたことがあったが、クリスマスツリーは出しっぱなしだわ、真夏だわでまったく正月と言う気がせず、勝手が違うこと甚だしかった。それ以来、正月に海外に行くのは止めている。


 去年まではここで今年の10大ニュース、なんてやってた気がするが、今年はどうもそんな気にならない。重大なことが起こりすぎた。重大ニュースなんて、年に1つか2つで十分である。それも明るいのが望ましい。まぁ、とにもかくにも無事で、こうして生きていられるのだから、まだ運が良かった。


 ともあれ、2008年もあと数時間で終わりである。0時の時報と共に、何もかもリセットしてしまいたい。来年はどうか平穏な年になりますように・・・。

 すっかり更新をさぼっていたが・・・




 そこそこ元気にしている。(^~^)


 ここ最近は、大掃除や大掃除や、大掃除なんかをしていた。毎年大晦日ギリギリに大慌てでやるので、今年は12月半ばからすこしずつ、ぼちぼち済ませるように計画していたのだ。おかげで・・・来る日も来る日も掃除をする羽目になった。(T_T)


 立て続けに起こっていたトラブルは、終息に向かいつつある。まず、母の借金は返済のメドが立った。一部私が肩代わりすることになったが、まあ良い。お金はまた稼げばいいのだ。後は、母のメンタル面のサポートだ。「お母さん、心の病気じゃないかと思ったんだよ」と言う私の問いに、「うん、私もそうじゃないかって思ってた」と答えた母。まだまだ課題は多そうである。


 それから、帯状疱疹はほとんど良くなった。依然薬は飲んでいるものの、顔の腫れはすっかり引いた。もうお岩さんではなく、顔を洗う時もおっかなびっくりでなくて良い。(^_^)v 目の周りに塗っていた軟膏が意外に保湿効果が高く、目じりと目のキワの小じわが消えたのは、怪我の功名か。5000円出して買った目元専用保湿クリームよりも、680円の塗り薬の方が効くとは皮肉だが。


 帯状疱疹が快方に向かいつつあった頃、風邪をひいてしまった。で、未だに治らない。(ノω・、) 大した風邪ではないのだが、鼻水、咳が止まらず難儀している。お陰で年末の用事がはかどらない。まだ掃除の仕上げと、おせち作りが残っているのだが、イマイチ気が乗らない。風引きで年の瀬を迎えたくはなかったなぁ。何だか今年は最後までついてない。


この間、夫がどういうわけか神棚を購入して来た。彼は厄年を迎えてから妙に迷信深くなり、お札なんかも買ったりしていたのだが、神棚が無いことがずっと気になっていたらしい。神棚は一旦上げてしまったが最後、丁寧にお世話しなければならないのに、夫にはその認識がまったくなかった。神棚はお札の収納場所ぐらいにしか考えていなかったのだ。これから毎日水と米と塩を取替え、榊を生けてお神酒をお供えするのはどうやら私の役目となりそうである。ヤレヤレ┐( ̄ヘ ̄)┌・・・まぁいいか。神様を大事にすれば何かいいことがあるだろう。



 思い返せば2008年は、波乱の年だった。2009年は良いことばかり起こりますように!

 冷蔵庫にはいつも玉ねぎが入っている。



 財布の中のクーポン、割引券の類は、使おうと思った時には大抵期限が切れている。



 気がつくと携帯の通話機能をここ最近全く使っていない。



 ガソリンスタンドで、金髪ピアスのにいちゃんは、水を得た魚のように生き生きと働いている。そしてやたら感じが良い。



 日曜日にイオンをたむろする家族連れに、楽しそうなのは一人も居ない。父と母は仏頂面、子供は泣き喚いている。



 子供が乗れる車タイプのショッピングカートを最近どこのスーパーでもみかけるようになったが、あれは百害あって一利なしだと思う。



 白い衣裳に日焼けした肌、サングラスをかけたりドレッドヘアだったり無精ひげに坊主頭だったりの3~4人の男たちが、歌いながら踊っていたらそれはEXILEである。

 今、顔の左半分が腫れて、お岩さんのような顔になっている。(w_-;


 「帯状疱疹」が、顔に発症してしまったのだ。ちょうど左まぶたから眉にかけて腫れあがり、赤くなってあちこち水泡が出ている。時々チクチクと痛む。鏡を見るたび、落ち込んでいる。


 先週水曜日あたりから左眉に違和感を感じ、ぼこっとおでき状に腫れて来たのでおでき用の軟膏を塗った。しかしちっともよくならず、腫れは左まぶたにまで広がった。同じように軟膏を塗ったが効果は無く、ものもらいかも知れないと思い、ものもらい用の目薬を差してみた。そうしたら効果が無いどころか、逆に悪化した。


 このまま放っておこうか、医者へ行こうか迷ったが、暇だったので金曜日に目医者へ行くことにした。最初は雑菌が入ったんでしょう、軟膏を処方しましょうと言われ、やれやれと思ったが念のため眉のできものとの関連性はあるのかどうか聞いてみた。ついでに左側の首の付け根のリンパの所にしこりのようなものがあることも告げた。そうすると医師の表情が変わり、「帯状疱疹かもしれないから念のため皮膚科に行って下さい」と言われた。


 まさかなぁと思いつつ、その足で皮膚科に行ってみた。すると開口一番「帯状疱疹だね」と言われた。これからもっとひどくなる、治癒には長くかかる、後遺症で神経痛が残るかも知れない等、絶望的なことを次々言われ、落ち込んで帰って来た。今、内服薬と塗り薬で様子を見ている段階である。


 ネットで調べてみたが、帯状疱疹は免疫力が低下した時に出て来る、水疱瘡のウイルスが原因で起こる湿疹だそうだ。大抵は一生に一度しか出ないが、免疫力が低下し過ぎるとまれに2回出ることもあると言う。一週間から10日で治り、ほとんど完治するが、神経痛が残ってしまうこともたまにある、らしい。それほど心配するものでもないのかも知れない。


 しかし私の場合、できた場所が問題だ。よりにもよってなんで顔なのか。(T_T) しっかり薬を飲み、熱心に軟膏を塗っているが今の所目立った変化は現れていない。左目周辺がボワーンと腫れてチクチク痛む。顔を洗う時に不自由する。化粧もできない。(クリーム状の軟膏なので保湿効果を期待する)医師の見立てどおり、しばらくはこのままなのだろう。一体いつになったら治るのか。今年後半本当に色々あった。流産、母の借金と来て、とどめが帯状疱疹である。泣き面にハチ、踏んだり蹴ったりとは正にこのこと。

 私は、実年齢より少々若く見られる。というより、年相応に見られたことが一度も無い。大抵は5~7歳ほど若く年齢を予想される。今40だが、傍からは30代前半ぐらいに見えるらしい。


 ちょっと前までは若く見られることを手放しで喜んでいた。しかし、最近「これで良いのか?」と思うようになった。「若々しい」と「子供っぽい」は紙一重である。年より若く見られるということは、言い換えれば未成熟ということではないのか。


 内面の成熟度、教養、知性は全部顔に出ると思う。若くても内面が老成した人は落ち着いて見えるように、年はいっていても内面が未成熟で、たまたま顔に皺が少なかったりしたら、妙に若く見えてしまうのだと思う。私の場合、どうもこのケースのような気がするのだ。


 感情の起伏が激しく情緒不安定だし、一つのことを心配し出すとずっと考えてしまうし、人からどう見られるかを異常に気にするし、つい自分の状況と他人を比べてしまい、勝手に落ち込む。私のブログをずっと読んで下さっている皆さんはとうにお気づきかと思うが、私の内面は未成熟の権化である。時々自分が40という年齢になってしまったことが信じられない。こんな40でいいのだろうか・・・。


 「50歳が30歳に見えることには何の価値も無い。変に外見だけ若いよりも、年相応の落ち着きを兼ね備えた、年相応の若々しさを備えた人の方が遥かに魅力的だ。50歳には50歳の若々しさがある。」そんなことが、最近読んだ本に書いてあった。外見の若さにだけこだわって中身を磨かず、いたずらに年だけ取って顔だけ若いままを保って喜んでいるのは愚かだと言いたいのだろう。私には耳の痛い言葉だった。


 アンチエイジングと共に内面の研鑽が、これからは不可欠なのだ。だが具体的にどうすればいいのか分からない。この年になってこんなことを言っている時点でダメだろうか・・・。


 余談だが、黒木瞳は何故いつまでもあんなに若いんだろうか。

 昨日、母に400万の借金があることが判明した。全てカードローン、理由はパチンコのやり過ぎである。ガーン


 金額の多さにさすがに引いた。母は以前にもパチンコが原因で40万のローンをこさえたことがあるのだが、その時は私の夫に立て替えてもらい、決済した。だが今我が家に400万もの現金はない。4年前にマンションを買ってしまったからだ。だから今回は立て替えてあげることはできない。


 パチンコをやりすぎた原因は主に姑との関係から来るストレスだという。現在母は再婚相手の実家を建て替えた家に、夫、80歳の姑、次男(私の末弟)夫婦と一緒に暮らしている。姑の家は別棟だが、渡り廊下で繋がっているので、一つ屋根の下にいるのと同じである。この姑がちょっと曲のある人で、一緒に暮らし始めてから10年、母はずっと姑との関係に悩まされて来た。


 加えて去年はずっと一緒に暮らしていた末息子が結婚し、嫁を連れて来たので母自身も姑になった。この嫁がまだ若く、色んな意味で「イマドキの女の子」なので感覚が違って時々疲れるらしい。(いい子なのだが)母もいい格好しいの所があるので、嫁に対しては一生懸命気を遣って「良い姑」であろうとする。姑に対しても、愚痴を言いつつも甲斐甲斐しく仕える。完全な板ばさみ状態で、そりゃストレスも溜まるだろう。そしてとどめを刺すように、息子が脳腫瘍にかかってしまった。母親としての苦しみ、悲しみはいかばかりだっただろうか。ここしばらく、母は大変だったのだ。ストレスのせいで喘息になってしまったくらいだ。少しぐらい心のタガが外れてもしょうがないのかも知れない。


 だがしかし、400万という金額は尋常ではない。私はパチンコを一切やらないのでよく分からないが、そんな大金、使いきれるものなんだろうか?もっとも、初めから400万だった訳ではなく、利息が積もり積もってその金額になったらしいが。それでも、250万くらいは使ったのだろう。まったく信じられない。完全なパチンコ依存症である。母は私が思っていたより、ずっと心の弱い人だった。


 離婚してから、私たちきょうだい3人を食べさせるために、仕事を二つも三つも掛け持ちして母はがむしゃらに働いた。私の父は無責任な男でろくに養育費を支払わなかったばかりか、自分の借金までも母に押し付けた。だから母がどんなに一生懸命働いても、足りなかったのである。仕方なくカードローンで生活費を補填し、高い利息のせいでちっとも借金が減らなかった。私は高校を卒業して就職してから、まとまったお金が貯まるとすぐ母に渡していた。


 私たちのために作った借金で母が苦しむのは本当に辛かった。だから結婚してからも経済的援助はしたし、何年か前にやっと完済できたと知った時、本当に嬉しかったのだ。しかし母の夫の商売が倒産し、新たな借金を抱え込むことになってしまった。それでも頑張って2年前ようやく全部返したと思っていたら・・・またまたカードローン400万である。もうかける言葉もない。正直、途方に暮れている。


 以前もブログに書いたが、父も300万の多重債務者である。私の親は二人とも借金大王だ。これから一体どうするのだろうか。母は借金のことを考えると不安で夜も眠れないという。だったら何故そんな大きな借金を作ったのかと言いたいところだが、今更それを言っても仕方がない。母は一度400万を一括返済したいらしいが、利息の低い銀行で借りようとしても、母の立場では貸してもらえないし、母の夫も正社員ではなく派遣なので、銀行のローンを組むには年収が足らない。末弟も重病を患っているので高額のローンは組めず、私の夫も既に住宅ローンと車のローンを持っているのでこれ以上は無理である。400万一度に借りて一括返済しなければ意味がないのだ。


 唯一、400万の現金をポンと出せる人物がいる。義祖母である。しかし母は姑に頭を下げて借金を申し込むのは気が進まず、躊躇しているという。母の夫も同じ意見だそうである。だがそんなことを言っている場合ではないと思う。嫌いな相手でも、背に腹は代えられない。ここは母が涙を飲んで折れるべきだろう。


 とりあえず弁護士に相談し、債務整理できるところまでして、残ったら義祖母に借りればいいと進言した。今回の借金は言ってみれば母の身から出た錆だ。どこかで我慢して、割り切らなければならないのだ。母は本当は私に甘えたかったのだと思う。それでも無い袖は振れないし、私にも生活がある。ちょっと可哀想かなと思ったが、敢えて突き放した。


 母は見栄を張り過ぎた。もう少し自分に正直になれば良かったのに、「いい人」になろうとしなければ良かったのにと思う。そうすればストレスをパチンコで発散させる必要も無かっただろう。結局は自分の首を締めることになるのだ。


 母はもうすぐ65になる。この年でこんな借金を背負ったら、さぞかし辛いだろう。自業自得とは言え、見ていて正直胸が痛む。100万以下ならなんとかしてやれるのだが、と思う。しかし400万という大金では・・・何ともならない。

しょぼん

【21世界】/逆位置
適当にごまかしちゃダメー。
すべては自信のなさからくるみたい。
あきらめないで努力すれば達成できるはずよ。




40回シャッフルした結果がこれかい!…己の未熟さを痛感しました。

 昨日、久し振りに会う友達と会った。まだ1歳の子供がいる人なので、当初は彼女の家にお邪魔する予定だったのだが、前々日にメールが来て、外で会いましょうという話になった。託児つきのカフェである。


 わざわざ子供を預けてまでというのは悪いから、家まで行くよと言ったのだが・・・彼女は構わないと言う。なのでそのカフェで会うことにした。彼女には最近流産したことを話してある。ひょっとして気を遣ったのか?


 私を「かわいそうな女」だと、彼女は思ったのだろうか。40になって流産し、この先子供は望めない・・・子供のいない人生をこれから生きなければならない、女としてとてもかわいそうな人だと。流産したばっかりで、小さい子供を見るのは辛いだろう、だから気を遣わなきゃ・・・そう彼女は思ったのかも知れない。私の考え過ぎだろうか。


 私はかわいそうな女なんかじゃない。2度流産したことで、吹っ切れて子供のいない人生を積極的に楽しもうという気になって来た。やりがいがあって報酬も悪くない仕事を持ち、夫は定職について経済的にも安定しており、体も健康。しかもまだ40で、人生これから。子供が居ないから制約もないし、どんなことにも新しく挑戦できる。これ以上ないくらい幸せな状態だと思う。不妊、流産なんてのは、人生にたまたま起こった小さなアクシデントに過ぎない。


 ・・・と私は思っていたのだが。傍から見ると、この上なく不幸な女に見えるのだろうか。「せっかくできた子供をまた流産してしまった夏ばこさん。もう年だし、子供は持てないかも。なんてかわいそう。子供を見せるなんてあてつけみたいかも。」そんな風に気遣われてしまったのだろうか。もしそうだとしたら、余計な気遣いだし、正直微妙な上から目線を感じる(笑)


 友達の「気遣い」はとことん裏目に出た。店内は混んでおり、おまけに他の客が幼い子を連れて来ていたのでそのお陰でうるさく、ゆっくり話ができなかった。予定どおり彼女の家に行っていたなら、流産した経緯と今の心境を、もっとはっきりとこだわりなく話せただろうに。流産して云々なんて公共の場所では適切な話題ではないので、なんとなく気まずい空気が流れたまま当たり障りのない話をしてしまった。心配してくれた彼女の心はありがたく、だからこそ私はもう大丈夫だと笑顔で言いたかったのに、結局言えずに分かれてしまった。


 自意識過剰な私が悪いのか、それとも友達の気遣いの方向が間違っているのか、分からない。かわいそうなのは私かその友達のどちらだろうか?