アメーバニュースに、「はるな愛がイチローの兄と一緒に仕事」というのがあった。


 ところで私は、イチローの先輩に会ったことがある。愛工大名電高校野球部の1年先輩の人で、イチローとは、野球部の寮で生活を共にしていた人である。だからかなり親しい。


 「鈴木はあの頃から凄かった」とその人は言っていた。(イチローのことを鈴木と呼ぶのだ)2年で既にレギュラーで、しかも3年の先輩より頭一つ抜けていた。「こいつはきっとプロに行くんだろうな」と、誰もが思っていたと言う。


 イチローは、シーズンオフには必ず名古屋に帰って来る(今年はWBCがあったから帰って来なかったと思うが)ので、今でもたまに連絡があったりするらしい。当時の野球部のメンバーで飲んだりするのだろうか。その先輩によると、イチローはかなり熱い男らしい。曰く「本当にいいヤツ」で、マスコミの前でクールに振舞ったりするのはポーズなんだそうだ。実際は明るくて面白くて、しかも礼儀正しいナイスガイだ。。WBC関連のニュースで、イチローが王様気取りなので周りが気を遣っているだとか、または逆にイチローが他のメンバーの皆に気を遣って焼き肉おごったりしてるだとか、週刊誌によって真反対の記事が載ったりしていたが、どうやら後者が本当だったようだ。


 携帯の中に一緒に撮った写真があり、見せてもらったが、イチロー、大きかった。その人も決して小さくないのだが、やはり一般人である。比べると、イチローはやっぱりガタイがいい。球場では細く見えるのに。


 余談だが、県営名古屋空港の、滑走路を見渡せるデッキからイチローの実家が見える。地元では「イチロー御殿」と呼ばれているが何の変哲もない、ちょっと大き目の3階建て住宅である。奇をてらわない名古屋人の性格がにじみ出ているデザインだ。但し隣にイチロー記念館が建っているので、片田舎の住宅街で浮きまくっている。

 今日のテレフォン人生相談で(好きだね私も 笑)夫と全く会話の無い59歳の主婦が相談していた。3年ほどまえから夫が自分の話に反応してくれなくなり、夫婦の会話が途絶えたそうだ。最近は一言も発しない日さえあり、子供たちも独立して夫婦二人の生活なのに、気まずくて将来が不安で仕方がないと言う。今更離婚もできないし、こんな愛情のない夫と一緒にやっていけるのかと。


 回答者の答えは「気にするな。趣味をみつけろ」というざっくりしたものだった。「あなたが愚痴っぽすぎるんじゃないの」とも言われていた。相談者は納得できない様子だったが、それしか答えようがないのかも知れない。私には相談者の不安がよく分かる。うちも子供がいないから既に夫婦二人きりだし、最近会話する時間が減っているような気がするからだ。熟年になって、まったく会話が無くなってしまったら一体どうなるんだろうと思う。


 結婚して15年、私たち夫婦は比較的会話が多いほうだ。私がよく喋るので・・・。しかし、私が話すことは日常のあれこれや今考えていること、映画や本や新聞、ラジオなどからの話題が多いが、夫の話題は90%仕事の話である。そしてその大部分が愚痴である。最近部署が変わり、残業や休日出勤が多いところに異動になってかなり不安だったらしく、始終そのことばかり口にしていた。なるべく聞いてあげなきゃ、と思い聞いていたのだが、よく事情の分からない職場の話に付き合うのも限界があり、ごく一般的な受け答えしかできない。きっと夫はそれじゃ物足りないだろうと思う。一方私は、ほとんど仕事の話しかしない夫を少々物足りなく感じている。働き盛りだから仕方がないかも知れないが。そんなわけで最近は夫との会話があまり盛り上がらない。


 夫婦は年月を経るごとに口数が少なくなって行くものだろうか。今日の相談の回答を聞いていると「どこの夫婦もそんなもの」らしいが・・・。本当にそうだろうか。子供のいる夫婦は子供が小さい内は子供の話で時間を稼げるだろうから、子供が大きくなるまでは比較的密にコミュニケーションが取れるのかも知れない。話すことは山ほどあるだろうから。しかし私たちのように、子供のいない夫婦の場合・・・いる夫婦より早く会話が無くなりはしないか。


 私は、まったく話をしない関係なんて耐えられない。会話が無ければお互いの気持ちは分からないし、気遣いもできなくなるだろう。「以心伝心」なんてほとんど嘘だと思っている。どんな関係であれ、コミュニケーションを取ってナンボではないだろうか。言葉による交流が無ければ気持ちは育たないし、スキンシップだって成立しなくなるだろう。何か決まった話題などなくてもいいから、おはようやお休みの挨拶、今どんな気持ちでいるか等、素直に話せる間柄でありたい。


 もし年を取るにつれ、夫とコミュニケーションが無くなって行くのが自然だとしたら・・・何のために結婚したのだろうと思う。アツアツとまで行かないまでも、一緒にいてほっとする関係でありたいものだ、いつまでも。私は不安が強過ぎるのか、もし会話が無くなれば夫との絆がいつか壊れてしまうのでは、とつい考えてしまう。だから夫婦の会話は何より大切なものだと思う。


 私と同じ意見の方、どれくらいいますか?また、私たちのように子供のいない夫婦の方、配偶者とどんな話題で会話してますか?

つい先頃、自治体発行の宝くじ(一枚100円のやつ)を購入していたのだが。


なんと…当たっていた!(◎o◎)


…500万円。

こんなことってあるんだなぁ。

投資額5000円だから499万5000円の儲けだ。

どうしよう。何に使おう…(-.-;)




















なんてことがあったらなと。

こんなサイトがあるようです。『初恋の人からの手紙』

noirさんの所から頂いて来ました。初恋の人から夏ばこに届いた手紙だそうです。いや~笑った笑った・・・(^^ゞ



夏ばこ、元気?
今でも血液型で性格が決まると思い込んでいますか?本気でB型はマイペースだと言っていた夏ばこがなつかしいです。

別れたくないおれに、夏ばこが「別れても連絡するから大丈夫だよ」と言いつつパッタリ連絡が来なくなったあの日から、もう25年が経ったんだね。月日が流れるのは早いものです。

あ、そうそう、手紙を書いたのは何か理由があるわけではないんだ。夏ばこに名前が似てる犬がいて、ふとなつかしくなったから、たまには思いついたままに何か書いてみようと思っただけ。ふふ。

あのころの付き合いを思い返してみると、かなり自分だけが空回りしていたなぁと思います。夏ばこのほうがだいたいいつも余裕があって、電話できなかったり会えなかったりすると、なんだかんだとおれのほうが不機嫌になっていたなぁと。「好きな人ができたら言ってね」と言う夏ばこの余裕が、やけに自分には痛かったものです。というか別れるのを推奨されていたような…。

そういえば、おれはともかく、夏ばこにとっては初恋でしたね。最初のころの夏ばこは、手をつないだときに手汗をびっしょりかいていたと思います。あれはなんだか、こっちも緊張しました(笑)。

まだ付き合い始めのラブラブだったころ、夏ばこは「もう彼氏は人生に一人いれば充分」などと言っていましたよね。嘘つけと思ったけど、嬉しかったなぁ・・・。ま、結果を見てみても、完全に嘘だったけど(笑)。

恋愛を総括して言えば、きっとおれは夏ばこと付き合うことができてよかったのだと思います。いつもどこかにいってしまいそうな夏ばこと付き合って、最終的には自分との戦いだということを学びました。

いろいろ書いたけど、おれは夏ばこのことがそれでも好きでした。これからも夏ばこらしくいられるよう、それと、そろそろゴキブリを素手で殺すのはやめて(笑)、幸せをふりまいてください。

またいつか会いましょう。では。

P.S. 夏ばこが誕生日にくれた日本人形、だいぶ髪が伸びました。




う~ん・・・。らしいと言えばそう、なんか違うと言えばそうとも言える(笑)「いつもどこかにいってしまいそうな」ってとこは、当たってるかも。惚れっぽかったからなぁ。「好きな人ができたら言ってね」って、実際言ったことがある。初恋の相手じゃないけど。付き合っている相手がいても、他に気になる異性が現れることは、自然なことだと思ってた。昔も今も。

…衝撃的だったなぁ。

なんか途中まで別のドラマみたいだったけど(笑)

でも、風太郎が死ぬ間際、最後の最後になって死ぬのが怖くなり、必死であがきながら爆死するところ…怖くて見ていられなかった。死にたくない人が死んで行くシーンは本当に辛い。ああいう場面をしっかり描写するあたり、やっぱりこのドラマは凄い。悪趣味と紙一重のリアリティ。

風太郎が死んで、その後の関係者の顛末を淡々と描いて、最後緑が風太郎の墓参りをして終わりかと思ったら…最後の最後で風太郎のあの台詞。ゾクッと来た。
色々考えさせられるラストだった。
名古屋栄に本店を置く、『上海湯包小館』。なんでも、台湾の名物料理『小龍湯包』を、初めて日本に紹介した店だと言う。

小龍湯包とは熱々のスープが入ったミニ肉まんのこと。一口サイズだが一口で食べようとすると熱いスープが流れ込んで口の中を火傷するので、食べるのは工夫が必要だ。刻みしょうがを載せて、黒酢と醤油を混ぜたタレで食べるのだが、肉汁とスープが口の中で渾然一体となってなんとも言えない風味を醸し出し、なかなか美味しい。(^w^)

以前横浜の中華街で小龍湯包を食べたことがあったが、『上海湯包小館』の方が美味しかった。日本人好みの味に作ってあるのだろう。

愛知県全域に何店舗かチェーン展開している。どの店で食べても同じ味だ。小龍湯包以外にも普通の中華メニューもあるのだが、どれも案外美味しい。特に炒飯がオススメだ。


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 「えらい」とは、名古屋弁で「辛い」「体がだるい」「大儀だ」とか言う意味だ。名古屋人が「でらえらいでかんわ」と言ったら「すごく疲れている」または「とても体調が悪い」という意味であって、決して「私はとても偉大である」と言っているのではない。


 しかし標準語で「えらい」とはあくまで「偉い」の意味であって、疲れたとか大儀だという意味はないらしいのだ。だから名古屋人が「俺今日風邪ひいてえらいんだわ」と言ったら、東京人が「お前何様だよ!」と突っ込みを入れる、というようなことは起こり得るのだ。だったらもし名古屋の会社に一人だけ東京人がいたとしたら、こんなドラマが展開するのではないだろうか。



東京人   「営業の鈴木さん、今日どうしたんですか?」

名古屋人1 「鈴木君?休んどるよ。風邪ひいたげな。」

名古屋人 2「そうそう、昨日から体調悪かったらしいわ。なんかめちゃめちゃえらそうにしとったよ。」

東京人   「えーそうですかぁ?普通にしてたように見えましたけど」

名古屋人2 「いやいやめちゃめちゃえらそうだったが。ねぇ?」

名古屋人1 「ほだほだ!こっちが気ぃつかってまったがね!」

東京人   「・・・そうなに偉そうだったんですか?」

名古屋人1 「ほだよーみんなして鈴木君に気ぃつかっとったんだわ」

名古屋人2 「あそこまでえらそうにしとるなら、いっそ休んどったらええんだわ」

東京人   「ほんとですよね~。迷惑な話ですね。(えー鈴木さんて感じ悪い)」



 名古屋人は鈴木が、体調不良をおして仕事をしている様子が「辛そうだった」と言っているのだが、東京人には鈴木という人物は、風邪を我慢して仕事をしているぐらいで「偉そうに振舞っていた」と伝わってしまったのである。名古屋人独特のぶっきらぼうな物言いも手伝って、みんなして鈴木を「とても偉そうだった」と非難しているように聞こえた。鈴木になんとなく好感を持っていた東京人の女子社員は、この一件ですっかり鈴木に幻滅してしまったのであった・・・。

夫が飲み会でいないので、今日は宅飲みです♪最近、『白ヱビス』にハマってます。


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 最近、暇である。何しろ週に一日しか働いていないのだ。それも、実働2時間。1ヶ月8時間である。


 私の仕事は派遣で、現在3社と契約し、内職もやっているのだが、不況のせいか、


 さっぱり仕事が来ない。


 かろうじて、1社から依頼が来て1月から続いているのがあるだけだ。しかしそれも、再来週には終わる。終わってしまったらいよいよ専業主婦状態である。(現在もほぼそうだが)


 時間がたっぷりあっても、家事を徹底的にやれるわけではないことが分かった。あれは、片手間でするものであって、一日中全身全霊をかけて没頭できるものではない。(少なくとも私にとっては)


 というわけで、毎日のんべんだらりと過ごしている。稼がないので自由になるお金が少ないから、ひたすら図書館で本を借りて読む日々だ。セレブマダムのように豪華なランチ三昧と行きたいが、カップラーメンをすすっている。現実はままならない。


 暇だと色々と考えてしまい、つい暗くなる。「自分の人生これでいいのか」とか、「親の老後をどうしよう」とか、埒もないことをあれこれ考えて、疲れる。そして考えていたらあっという間に夕方になってしまうという有様だ。


 あまりにも情けないので、考えるのはやめにして、とにかく何かやって体を動かすことにした。おもむろに雑巾がけなどしてみる。すると家の中の埃がすっかりなくなって、格段に居心地が良くなった。そうなるともう外に出る気がなくなって、一日中家の中でDVDを見たり、本を読んだり、ブログをしたりしている。これがけっこう楽しい。私は本来インドア派なので、家にいるのが楽しければ他に望むものは無いのだ。一人でいても苦にならないし。


 こうなると、ニート街道まっしぐらである。(どうやっても専業主婦にはなれない)


自宅警備がなかなか止められない人たちの気持ちが、少し分かるような気がした。実際、ラクなのだ。人間向上心を捨てたら何も怖いもんはないと思う。最低限衣食住に困らなければ、社会と関わらなくても楽しく暮らせるのだ。


 こんなんでいいのかなぁと思いつつ、あり余る暇を楽しんでいる。あくまで期間限定のつもりだが。

 ハワイでは、本当によく家族連れを見かけた。それも、ベビーカーを引いた乳幼児連れの家族が多かった。赤ん坊を連れて観光できるハワイは、ファミリーに優しいリゾートと言える。小さな子供向けのアクティビティもあり、託児所も充実している。しかし、あくまで私見だが、帰省や用事でもなく、単なる観光で歩けもしないような乳幼児を海外に連れ出すのは、一種の虐待だと思う。


 長時間のフライト、時差、気候の違い、全てが子供にとって大変なストレスとなる。グルメもショッピングも観光も、物心つかない子供には何の意味も無い。しかもツアーはスケジュールが過密なことが多く、子供は昼寝もできず、飛行機の時間によっては早朝に起こされるハメになる。大人にとっては文字通り「お荷物」で、一緒に旅を楽しむパートナーにはなり得ない。大体、物心つく前の子供に、日本と外国との違いを認識できるはずないのだ。「異国情緒」を楽しめないのだったら、海外旅行に行く意味などないだろう。


 滞在中、こんなことがあった。ガイドブックやいくつかの雑誌に必ず載る、有名どころの創作和食の店に、ディナーを食べに行った。6時に予約して行ったのだが、着いてみると隣のテーブルに、祖母、母、幼い娘の親子連れがいた。娘は4歳ぐらいである。お酒と一緒に料理を楽しむような店に、連れて来ていい年齢ではないと思う。子供が食べて美味しいと思えるような料理は、その店には無いのだ。案の定、娘は退屈らしく、ソファの上に寝そべって足を投げ出している。母親はそれを形ばかりなだめながら、料理に夢中になっている。母親と祖母はドレスアップしてこじゃれた格好をしているが、娘は普段着である。完全に「部外者」扱いだ。せめて娘にもいい服を着せてやればいいのにと思った。かわいいワンピースなんか着せれば、少なくとも足を投げ出したりしないだろう。


 しばらく経つと、もう一組家族連れがやって来た。こちらは大所帯である。祖母と、二人の母親(多分姉妹)に、幼い子供が5人。その中には、ベビーカーに乗った赤ん坊も含まれていた。大きな丸テーブル席をあてがわれ、まるで中華料理屋のようである。料理が来るまで待ちきれないらしく、子供たちはテーブルの周りをうろうろしている。こちらは全員、普段着だ。


 正直、何か実害があった訳ではない。隣のテーブルと言っても離れていたし、大所帯の方ははるか遠くの席だった。しかし、すこぶる興ざめだった。不愉快と言ってもいい。コース100ドルもするような、高級店なのだ。幼い子供を連れてファミレス感覚で来るような所ではない。店に対して失礼だと思わないのだろうか?幼い子供がいれば、店側も余計な気を遣う。それに子供連れはどうしても一人当たりの単価が安くなってしまうので、大した利益にならないのだ。おまけに無駄に長居をする。店側にとっていいことは一つもない。それでもお金を払っている以上、子供でさえも「お客様」と遇されてしかるべきなのだろうか。どうも納得が行かない。この手の店は、自分で働いてお金を稼ぐようになってから入ってもらいたい。


 私は、この種の高級レストランに子供を連れて来る親の神経と品性を疑う。結局親の精神年齢も子供並ということか。嫌なのは、最近こういうケースがとみに増えて来た事だ。日本では余程の高級店に入っても、小さい子供がいる。それが嫌で海外に逃げて来たのに、そこでも同じような目に遭うとは。理不尽過ぎる。


 親子連れは東京ネズミーランド辺りで我慢してもらいたい。あくまで個人的見解だが。