えらい事になっていた。



 なにって、私の体重のことである。体脂肪も。



 昨日、新しい体重計を買ったのだ。体脂肪と基礎代謝と骨量と筋肉量、それに体内年齢が出るヤツ。



 何気に計って、愕然とした。



 \(゜□゜)/ ( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚ (-_\)(/_-)三( ゚Д゚) Σ(~∀~||;) (((( ;°Д°))))



 データは、とても公表できない。トップシークレットである。



 言えるのは、私の体が「シャレにならない状態」ということだけだ。体重も、体脂肪も、体年齢も。



 これはもう、死ぬ気でダイエットに励まなければならない。今までも「何となく」やっていたが、何となくじゃダメだ。最大限の効果を得るべく、徹底的にやるべきだ。そう、決死の覚悟で。



 どれだけシャレにならない状況かを説明するために、体内年齢だけ公表しようと思う。



 夏ばこの体内年齢、51歳。



 ・・・・・・・・・・・・・・・ひいたでしょ?私もひいたもん。自分で、自分を憎んだもん。



 ちなみに、一緒に計った夫の体内年齢は、17歳。くっそ!!!ヽ(`Д´)ノ




 とにかく、痩せるのみ、ダイエットあるのみである。ダイエット中の皆さん、一緒に頑張りましょ!


 



 

 マイケル・ジャクソンが一昨日急死し、世界は大騒ぎになった。そして、まだ騒いでいる。


 私は殊更ファンというわけでは無かったが、「スリラー」のミュージックビデオは死ぬほど見た。歌詞は分からなかったが、メロディーはすっかり脳裏に焼きついてしまった。


 マイケル・ジャクソンを初めて知ったのは、中学の体育祭だ。学年全体の出し物で、ダンスをすることになった。その音楽に選ばれたのが、マイケルの「Off the wall」と「Beat it」だった。だからこの2曲は嫌と言うほど聞いた。今でも「Beat it」のイントロを聞くと、自然に体が動いてしまうくらいだ。


 マイケルが一番輝いていたのは、80年代だったと思う。あの頃、黒人への偏見がまだまだ強かったが、マイケル・ジャクソンだけはそんな暗い部分の外にいるように見えた。彼の声は中性的で透明感があり、圧倒的な歌唱力にも関わらず、生々しさを感じさせない。黒人独特のパワフルだが泥臭い歌い方とは一線を画すものであり、だからこそ人種や国境を越えて、あれだけの人に支持されたのかも知れない。


 80年代、みんなマイケルになりたがった。白人も黒人も黄色人種も。世界は大きな、限りなく大きな財産を失った。


 「キング・オブ・ポップス」マイケル・ジャクソン享年50。若過ぎる死だったと思う。

 数日前に末弟の再手術が無事終わり、今日夫と見舞いに行って来た。


 弟は顔色も良く、案外元気そうだった。まだ微熱があるようだが、表情も明るいし普通に喋れる。手術直後は高熱が出て大変だったそうだが。


 病室には母、義父(母の夫)、義妹がいた。義妹はずっと病室に泊まりこんでいるそうだが、やつれた様子も見せず、健気だった。母も、手術後から毎日通っているという。


 手術で取った部分を今病理にかけていて、その結果が来週火曜日に出るという。結果次第では、放射線治療になるそうだ。(というより、その可能性が高い)病気が病気だけに、手術してもう安心、といかないのが辛い所だ。


 脳神経外科の病棟は痛ましい。他の患者をちらほら見かけたが、頭に包帯をぐるぐる巻きにし、大抵は体のどこかが麻痺するか、障害が出ている。車椅子で移動している人もいた。弟は幸いなことにどこにも障害は出ておらず、普通に動けるし話せるし、考えることができる。頭の包帯が無かったら、病気だとも気づかないくらいだ。弟はすごく幸運なのかも知れない。


 入院する一週間ほど前に、弟夫妻と私たちで、焼き肉を食べに行った。弟は旺盛に食べ、飲み、心から楽しそうな顔で笑った。


 あの笑顔がもう一度見たい。退院したら、また焼き肉を食べに行こう。

アラフォーブログを見ていると、みんな本当に多種多様な人生を送っていることに気付く。

専業主婦子有り、子無し、孫のいる人、シングルキャリアウーマン、ワーキングマザー、派遣、個人事業主、嫁の立場、姑の立場、ベビ待ち、婚活中の人、離活中の人、離婚したシングルマザー、不倫中の人…『アラフォー』の中に、みんないるのがすごい。(^_^;)


一体何故アラフォーの人生は、こんなに忙しいのか?アラフォーゆえか?それとも、1960年代後半生まれは、激動の星の元に生まれたのだろうか?

どっちにしてもアラフォーって面白い。

ところで『アラフォー』って言葉、誰が考えた?
昨日マンションのエレベーターで。

途中の階で、お父さんと小さい男の子二人が乗って来た。上の子が『閉』と『開』のボタンを同時にガチャガチャ押していたずら。

『そんなことしたら壊れるからやめな』と私が注意しても止めない。

『壊れたらエレベーター止まるんだよ。だからやめなさい』と言ったら、

『うるせーなー!そんなこと知ってるよ!』と言いながら、何故か弟の頭をゲンコでポカリ。

(-_-#)

父親は、申し訳程度に『こら』と言っただけ…。

(-_-#)


今日、買い物に行ったスーパーにて。


祖母と小学生ぐらいの孫娘が買い物に来ていて、レジ前で何か揉めている。

『うるさい!』経緯は分からないが孫娘が祖母を怒鳴りつけた。

(-_-#)

祖母、怒らず。注意もせず。


(-_-#)






世も末だと思う………

 歴史に翻弄された、一人の哀しい女の物語。


 ハンナはただ仕事をしていただけなのに・・・殺人罪で無期懲役ってのはひど過ぎないか?ただ、その職場がアウシュビッツ強制収容所で、彼女の仕事はそこの看守だったんだけど。


 しかし、彼女は冷酷なナチ党員ではなく、どこにでもいる普通の22歳の女だった。仕事を求めていたらたまたまSS(ナチ親衛隊)に採用されただけだ。そして「成り行きで」300人ものユダヤ人虐殺に関与してしまう。彼女に責任は確かにあった。だがその責任は、いわば押し付けられた責任であり、例えばコンビニの雇われ店長が、上からの命令で弁当の賞味期限を改ざんするようなものだ。コンビニの店長は後で糾弾されるだろうが・・・それよりも更に大きな力のとばっちりを食らったに過ぎない。


 戦争と言う極限状態の中、個人の主張や正義がどこまで通るのか?それは加害者のドイツ人だけでなく、被害者のユダヤ人とて同じこと。強制収容所の中で、自分が助かりたいために他の誰かを陥れたユダヤ人が、全くいなかったという訳ではないだろう。言っておくが私は、ナチのホロコーストを擁護している訳ではない。戦後何年も経ってから、末端の収容所看守まで虐殺の罪を問われるのは、ちょっと極端過ぎやしないかと言っているのだ。まるで日本のBC級戦犯を彷彿させる理不尽さだ。


 少年時代、ハンナと関係を持った法学生はハンナの秘密を知っていた。そしてその秘密が、彼女の罪を軽くするかも知れないことも。しかし、それはとても「恥ずかしい秘密」で、ハンナはそれを絶対に他人に知られたくなかった。法学生はハンナの名誉を守るため沈黙を守り、結果、彼女は無期懲役の刑に処せられ、22年もの間収監されることになる。


 法学生の判断は正しかったのだろうか?ハンナが釈放間近になって自殺したのは一体何故なのか?謎と余韻が残る映画である。「愛を読むひと」という題名から、究極の愛を描く映画かと思いきや、違った。観た後に、なんともいえない虚しさが残った。


 ケイト・ウインスレットは年増のドイツ女を上手く演じている。ダサさとエロさが上手い具合にブレンドされて、絶妙の生臭さ漂う熟女っぷりである。私は「熟女」という言葉から腐りかけの果実を連想してしまうのだが、正にドンピシャリ。


 そしてレイフ・ファインズ。大学生まで子役が演じてその10年後にレイフ・ファインズに交代するのだが・・・


 一気に老け込みすぎ。

松ケン見たさに何の事前情報もなく見に行ったのだが…けっこう面白かった。決して『ラブストーリー』として良くできていた、という訳でなく。


ラストシーンは、きょえーーー!(」゜□゜)」だった。ななななんで?あんなラスト?という感じ。度肝を抜かれたと言うより、『完全に置いてかれた』。


ストーリーは至って単純で、青森の子供のように無垢な青年(松ケン)が、東京から来た保育士に恋して、頑張ると言う話。その頑張ることと言うのが…。(ネタバレになるので言わない)


ほぼ全編が津軽弁なので、日本映画なのに半分ぐらいしか会話が聞き取れなかった。特に生粋の青森県人松ケンの発音の分かりにくいこと、自然過ぎて。やはりネイティヴ発音は違う(笑)


それにしても、松ケンやっぱり演技上手い。汗臭さまで感じるかのようなリアリティ。多分軽度の知的障害があるという設定なんだろうけど…そのことよりも『子供のように無垢』の方に焦点を当てて、無邪気に爽やかに演じてた。とんでもないことばっかりする主人公だが何故か憎めない。


前半はほのぼのとした恋物語と言えなくもないのだが、中盤以降一気にシュールな方向に転換する。それでもまだロマンチックな要素は残っていたのだが、最後の方でどんどんシュールになって行き、ラストはホラーである。

興味のある人は是非見てみるといい。一見の価値はある。通常料金の1800円で見たのだが、全然損した気がしなかった。少なくともこの間見た『I come with the rain』より100倍ましだ。


ちなみに、この映画で学んだ一番大事なことは、『やっぱり農薬は体に悪い』である。

 『2ちゃんねるの痛いニュース』に、夫の貯金1000万円を夫に内緒で使い込んだ妻のエピソードが載っていた。ワイドショーの企画で、夫へ内緒にしていることをカミングアウトする、というコーナーに出て来た妻らしいが。


 この妻37歳専業主婦は、結婚後財布を預かって、夫の給料と貯金を全て管理していたという。そして 夫に内緒で、夫の貯金を自分の贅沢に遣いまくり、とうとうその額が1000万を越えてしまったと言う。∑ヾ( ̄0 ̄;ノ


 一体どーゆう遣い方をしたら1000万も使えるのかと思ったが、使い道の説明見て納得。毎日高級フレンチで高額ランチ、エステ、ネイル三昧。そんな遣い方してたら、1000万くらいいつかは無くなる」わな。


 結婚するに当たって、互いの金銭感覚が合っていることは本当に大事だと思う。この夫は普通のサラリーマンである。なのに貯金が1000万あるということは、相当にケチで貯金が趣味のような男なのだろう。毎日の昼ごはんも、夫が自分で作った弁当だと言う。大してこの妻は・・・浪費命のような女だ。こんな妻に家計管理させたら絶対にいけない。よくまぁこんなどうでもいいことに1000万も遣えるものだ。恐らく身に付けるもの全て、ブランド品で固めてもいるのだろう。


 こういうことって離婚理由にならないか?多分ならないんだろうなぁ・・・。妻が家計を管理することは、結婚前の二人の話し合いで決めたという建前になっているだろう。それに、結婚したら夫の収入は妻の収入でもある。たとえ金額が多くても、夫の貯金を妻が遣うことに何の法的制限もないのだろうし。これは、常識の問題だろう。


 カミングアウトされた瞬間、夫は固まっていたが、妻のまったく悪びれてない様子に出鼻を挫かれ、何も言えないでいた。あまつさえ妻は、「また二人で貯めよう♪」とさえ言う始末。貯めようったって実際働くのは夫で、せっかく貯めた貯金をまた遣うのは妻のほうだろうに。


 夫も情けない。少しは怒れよ・・・(-""-;)

埒もない考えであることは十分分かっているのだが。

最近老後というか、年取った時のことをよく考える。

もし75歳過ぎて、夫も既に亡かったとしたら、一体私の周りには誰がいてくれるのだろう?と。

子供の無い私には、友達ぐらいしか思い当たらないけど…今付き合ってる友達の、何人ぐらいが残っているだろうか?

勿論、既に他界した人もいるだろう。(私は、とりあえず生きているという大前提で)それでも何人か存命だとして、私の友達のままでいてくれる人は、どれだけいるだろう…?

今すごく仲良くしている人でも、これから何かのきっかけで縁が切れてしまうかも知れない。今までだって仲良かった人と、喧嘩別れでなく付き合いが途絶えたこと、何度もあったし。

私自身、あまりオープンな性格とは言えないので、新しい友達はできにくいだろう。更に、みんなでワイワイという付き合いが苦手なので、増えにくいに違いない(笑)

今はまだ若いし、人付き合いもそれなりにあるから、こんなこと考えても仕方がないかも知れないが。

でも、時々ふと考える。電車に一人で乗っているお婆さんを見た時なんかに。