最低な週末
土曜の朝、僕の父親がやって来て、彼の探して病院に無理やり連れて行かれた。
親分の家を出る前からパニックで、家を出た記憶そのものが無い。
本当に突然のことだったので、気持ちにもなんの準備も無くて、気付いたら病院だったんだと思う。
僕は過呼吸とめまいと嘔吐の発作に襲われて、見たことも無い病院の待合室に引きずりこまれて床に放り出され、大勢の人が見ている前で嘔吐した。
過呼吸の最中だったから、かなり悲惨な状態になったのを、父親が連れてきた女が「最低」とか「気持ち悪い」とか「ドン引き」とか言う。
どうしてああいう声って聞こえるんだろう。
発作の最中は看護婦さんの声や親分の声も聞こえないのに、どうしてあんな聞きたくない声が聞こえちゃうんだろう。
その後はもう、記憶にも無いし、どうせ最低な事ばっかりだったと思う。
なんとなく診察室に移されたのは覚えてるけど、されたのはカウンセリングというよりも事情聴取に近かった。
先生は何度も僕を怒鳴りつけ、僕がどもったりくちごもったりする度に盛大なため息をついて机を叩く。
僕はそれが怖くてまたパニックを起こした。
帰り、何度も発作を起こしてドロドロな僕を車に乗せたくないと父親のツレが言い出した。
病院には風呂の設備は無くて、洗面所くらいではどうにもならない有様の僕を駐車場に座らせて、父親とそのツレはケンカをはじめた。
僕はもうそんな言葉を聞きたくなくて、二人から離れたかったけれど、もう体がどこも動かなくて、結局また発作が起きた。
その間にも、タクシーを呼んで僕を乗せようとしたけれど、あまりの汚さにタクシーの運転手さんにもひどく言われた。
結局、親分がどうしてか迎えにきてくれた。
僕は親分の顔をみた途端、安心したのと情けないのと、汚れてるのを見られたくなくて泣いた。
親分の車はオンボロの軽だけど、後部シートをフラットにして、そこに子供用のおねしょシートみたいなものが敷いてある。
親分は僕をそこへ押し込むようにして乗せると、僕の親と少しだけ話をして車を出してくれた。
僕は、親分にありがとうも言えなくて、ただ泣いたり息を詰まらせたりしながら小さく丸くなっていた。
親分はいつもラジオをつけるのに、今日は何もつけないで、ただ「ゾゾ、右に曲がるぞ」とか「ゾゾ、揺れるぞ」とか、呼びかけながら家まで運転してくれた。
日曜はもう指一本動かすのもいやでパソコンの電源も入れなかった。
いくら薬を飲んでも眠れなくて、結局親分が出て行った後、パソコンつけたら、またコメントを入れてくれた人が居た。
僕がペタを押してこなかった土曜と日曜も、こんなにペタを押してくれてる人がいた。
何だかそれがすごく嬉しくて元気がでてきた。
元気が出て、土曜のことを書いておこうと思えた。
思い出すのも嫌な事だけど、記憶の中だけにおいておいたら、どんどん嫌な部分が膨らんでいってしまいそうだと思うから。
親分が迎えに来てくれた。
帰り道に優しかった。
よかったことだってあったじゃないかって思い出せるようにしておきたい。
眠れない夜に、仕切りの向こうで親分の気配がずっとしてた。
それはすごく幸せな気持ちになれる気がした。
ちょっとだけ
お昼に親分がパチンコから帰ってきて、そうめんを茹でて食べさせてくれました。
久々に美味しいと思える食事だったような気がする。
でも親分はまたすぐに仕事に出かけていってしまいました。
本当は寝ててもいいからパチンコに行かないでいて欲しかったけど、さすがにそれは我侭だって分かってるから口にできない。
自分が段々欲張りになるのが怖い。
玉子かけごはん
僕が起きてきたら、夜勤から帰ってきた親分がもう起きてて、玉子かけご飯を食ってた。
僕はうつになってから食事もほとんどしなくなったので、いらないといったら、鰹節を少しくれた。
親分は「玉子ありがとうな」と言って、僕を褒めてくれた。
いつもの10個入りじゃないこととか、レシートの事とか何も言わない。
ただ、少しだけ僕を褒めてくれて、いつもより「玉子かけはやっぱり最高だ」と喜んで食べてくれた。
本当に親分は優しい。
この人に何か返せたらいいのに。
親分はこれからパチンコに行っちゃうらしい。
せめて大当たりするように祈ってる。
でも早く帰ってきて欲しい。
複雑な気持ち。